コーヒータイム -Learning Optimism-

18歳のわが子に読書をすすめるために、まずわたしが多読乱読しながらおすすめを探しています。英語書や中国語書もときどき。

ファイナンス基礎用語のおさらい〜山澤光太郎『ビジネスマンのためのファイナンス入門ー55のキーワードで基礎からわかる』

 


なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。ファイナンスで必ず出てくるキーワードを限られたページ数でわかりやすく説明してくれる入門書。

 

本書の位置付け

ファイナンス理論は戦後アメリカで発達した学問であり、資金を「現在」と「将来」に自由に分配する資本市場の存在を前提にしている。

なぜファイナンス理論をいま日本で学ばなければならないか、著者は理由を3つあげている。

  1. ますます速まるビジネス環境変化のスピードについていくために、従来の会計指標(当期純利益など)に着目した意思決定に代わり、ファイナンス理論に基づき、キャッシュ・フロー(資金流れまたは資金の受払いのこと)を経営目標とした意思決定が必要。
  2. これまでの日本型経営では株主、従業員、地域社会などの多様なステークホルダーの利益を考慮してきたが、株式市場で資金調達することを考えれば株主価値を最大化する必要があり、ファイナンス理論はそのために有用。
  3. 会計指標はすでにある会社活動を評価した、いわば「後ろ向き評価」の手法であるが、ファイナンス理論は将来発生しうる損失額の評価、企業価値増加分の評価など、いわゆる「前向き評価」の手法を提供してくれるため、企業の意思決定の幅が広がる。

本書は、アメリカで使用されている本格的教科書と、日本で出版されているファイナンス理論の結論部分を簡潔に示しているだけの入門書の中間を狙い、ビジネスマンが実務に応用できる形で、ファイナンス理論をはじめ、日本の資本市場の特徴点や制度的枠組みなどについて説明している。

ただし、初版発行が2004年度であるため、2008年に金融危機をはじめとする最近の知見が反映されていない可能性があることに、注意を払う必要がある。

 

本書で述べていること

ファイナンス理論には、投資に関する理論(インベストメント)、企業財務に関する理論(コーポレート・ファイナンス)、資本市場に関する理論(キャピタル・マーケット)の三分野があり、本書ではそれぞれの分野についての基本事項を55のキーワードにまとめ、それぞれのキーワードについて4頁ずつ割いて解説している。ただし、著者によれば、これらは独立した別々の理論体系をもつものではなく、基本的には同じ理論をそれぞれの対象領域で発展させたものである。

最も重要な考え方は、ある金利水準(または割引率)を設定することで、将来のキャッシュフローを現在における価値に換算する「現在価値 (Present Value) の考え方である。

キャッシュフローが発生するタイミングについて見ると、現在手元にあって自由に使える100万円、1年後に手に入る100万円、10年後に手に入る100万円を比べると、その経済的価値は同じではありません。

この3つのキャッシュフローの経済的価値を比べると、現在手元にある100万円の価値が最も高く、10年後に手に入る100万円の価値が最も低いと考えられます。なぜかというと、預金金利が5%だとすると、現在手元にある100万円を銀行に預金することにより、1年後には105万円に増やすことが可能だからです(したがって、現在の100万円は1年後の105万円と等価であると考えられます)。

 

感想いろいろ

ウォール街の実務とともに発展してきただけあって、ファイナンス理論は株式投資の意思決定に使用されることを前提に、キャッシュフロー(資金流れ)をもとに組み立てられているものだと考えれば理解しやすい。

企業価値とはすなわち企業の将来にわたるフリーキャッシュフロー(営業活動によるキャッシュインフローと投資活動によるキャッシュアウトフローの合計)を現在価値 (Present Value, PV) に換算したものだから、企業価値を高める経営をするためには、キャッシュ・フローに着目しなくてはならない。株式投資企業価値が高い株式(あるいはこれから企業価値が伸びると期待される株式)をターゲットとするのであり、それをもっともうまくやっているのがかの有名なウォーレン・バフェットである。

とはいえ、株式市場で資金調達する必要がなければファイナンス理論をまったく学ばなくてもよいかというと、そんなこともない。キャッシュ・フローに注目するファイナンス理論は、企業経営そのもののやり方を改善するにも役立つと思う。なにしろ現金流れが断たれれば倒産するのが資本主義社会の企業というもので、企業経営をしたことがなくても、どんぶり勘定、自転車操業などの言葉はよく使われているのだから。

 

あわせて読みたい

企業経営の評価指標を会計指標からキャッシュ・フローに変えるということは、企業経営そのもののやり方を変えることだ。なぜなら人は、組織は、評価指標に従うようにやり方を変えるものだから。このことについては『測りすぎ』という本が参考になる。ブログ記事も参照。

【おすすめ】パフォーマンス評価をうまく使いこなせば改善につながるが、使い方を間違えると機能不全になる〜Jerry Z. Muller 『The Tyranny of Metrics』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

実際のマーケットを相手取るときには、ファイナンス理論を発展させて、リスクコントロールなどの実践的手法を編み出さなければならず、また、恐怖、不安、欲望などの心理的要素により判断を誤ることも考慮しなければならない。

本書は、優れた相場師であるジェシー・リバモアが、彼の相場における失敗と成功の記録、それぞれの経験から得た教訓をつづった本。投機とは価格変動を予測することにほかならないが、市場の実際の動きによってその反応が裏付けられるまで、賭けに出てはいけない、というのが著者の主張。この本にはないが、リバモアの名言を置いておく。

It is not so much greed made blind by eagerness as it is hope bandaged by the unwillingness to do anything. (Jessy Livermore)

 

ファイナンス理論のうち、先物取引について、実際のマーケットを相手取るトレーダーが書いたノンフィクション。

『十年一夢』は、1993年から中国国内株式市場、1994年から先物取引市場でトレードを行ってきたトレーダーが書いたもの(”操盘手” は中国語でトレーダーのこと)。哲学専攻であった著者がたまたま株式取引に手を染め、やがて先物取引市場で活動するプロトレーダーとなる成長記録であり、初心者トレーダーがやりがちな間違いを明らかにするケーススタディであり、先物取引が、中国市場でどのように発展していったかについての歴史記録である。

中国の株式市場は国有企業の資金調達を主目的としているため、巨額の資金を動かすことができるマーケットメーカー(国有企業、地方有力企業など)の動向をつかむこと、彼らが意図的に市場価格変動を仕掛けてきたときにしがみつくことなど、国内政治・経済情勢をふまえた戦略が必要となる。さまざまな取引規制が未熟であることから、初期のころは市場操作、自社株売買、インサイダー取引が横行し、政府介入もしばしばであった。

著者は最初、国債先物取引から始め、1995年2月23日の「327国債先物事件 (*1) 」で巨額の利益を得た。1995年5月18日に政府が過熱する市場を規制するため国債先物取引を停止したあと、著者は商品先物取引に手を出した。これまでの株式市場でのデイトレードで培った投資感覚をもとに、いわゆるモメンタム・トレード(トレンドの勢いを見ながら取引すること)に近いやり方で取引しつつ、3日間含み損が続けばポジションを閉じるなどのシンプルなリスク管理方法を取り入れた。本書の中で著者は、自分が経験してきたトレードの成功例と失敗例、人間関係への影響、精神面で変化したことなどをふり返っている。

(*1) 1992年発行、1995年6月に満期償還される3年物国債先物取引。327は本商品が上海証券取引所で取引される際の識別番号。背景として、1992年から始まる中国国内でのインフレ圧力により、インフレ保障が付与されるとの予測のもと、国債先物取引が活発化していたことがある。1995年2月22日夜、中国政府財務部は1995年6月満期償還3年物国債にインフレ保障を付与すると発表した。1995年2月23日、それまでほぼ一定価格を保っていた国債先物が高騰し、空売りのショート・ポジションを大量に保有していた機関投資家の万国証券は巨額の含み損失を抱えた。万国証券は市場取引終了直前、保証金が充分でない状況で大量の取引を行い、市場操作を試みたが、上海証券取引所は緊急会議を経てこれを無効と宣言し、万国証券は倒産の危機に瀕した。ちなみに当時国債先物のロング・ポジションを大量に保有し、市場で万国証券と熾烈なトレード競争を繰り広げ、結果として国債先物価格をほぼ一定に保持する立役者となっていた中国経済開発信託投資会社は、中国財務部の管轄下にある国有企業であった。

Treasury Bond Incident, Lessons - Chinese securities companies