なぜこの本を読むことにしたか
なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。
①世界の見方を根底からひっくり返す書物、
②世界の見方の解像度をあげる書物、
③好きだから読む書物
この本は②。トランプ政権下のアメリカが中国に仕掛けた貿易戦争や、ファーウェイをめぐる攻防の背景事情を解説する。
本書の位置付け
本書は、2019年1月19日に放送したNHKスペシャル「アメリカvs.中国〝未来の覇権〟争いが始まった」と、4月7日に放送したBS1スペシャル「アメリカvs.中国〝情報・金融・ハイテク覇権〟に挑む中国」を取材・制作したスタッフが、追加取材を加えて書き下ろしたもの。先端技術で躍進する中国企業の実態や、それを支える国家戦略、それに対して警戒を強めるアメリカ国防総省の研究施設や司法省など、攻防の最前線を紹介している。
本書で述べていること
「躍進する中国」
「反撃のアメリカ」
「次世代通信「5G」攻防戦」
「ブロックチェーンがすべてを変える」
この4つの副題から、国家戦略のもと、AIなどの先端技術分野で世界最強のアメリカに挑戦状を突きつける中国や、中国に対するアメリカの反撃について、現状を取材している。
中国では、いままさに進行中の北京冬季オリンピックで、アメリカ育ちの中国選手が本番で失敗したら激しいブーイングを浴びせるなど、海外帰国子女への態度は歓迎一辺倒とはいえないものの、高度技術を身につけた優秀な技術者を惹きつけ、帰国させることに力を注いできた。
優秀な技術者を惹きつけているのが、中国の潤沢な研究開発費だ。総務省の「平成30年科学技術研究調査結果」によれば、中国の科学技術の研究費は4512億ドル(2016年)で、10年前の約4倍に急拡大している。これは日本の2.36倍に達し、アメリカの8割あまり(88%)に迫る水準だ。海外で先進技術研究の経験を積んだ人材が、中国の豊富な研究開発費を活用することで、中国の急速なイノベーションを可能にしていたのだ。
国際政治学者イアン・ブレマー氏は本書巻末のインタビューで、アメリカが世界的な技術基準を主導する時代が終わろうとしていること、世界がいま中国陣営とアメリカ陣営に分裂しつつあるということ、ハイテク覇権争いが世界を揺るがすリスクになりうることを指摘している。
感想いろいろ
アメリカでは国家戦略と経済的実情がかみあわず、中国への警戒心を強める政府機関と、アメリカ国内での資金調達や市場開発に満足出来ず、潤沢なチャイナマネー、人材、市場に魅力を感じる民間企業とのあいだは必ずしも意見一致していない。一方、中国では国家戦略のもとに民間企業の足並みがそろっている(そろうように国家情報法などの法整備がなされている)ため、強気に仕掛けることができている。
本書ではこのような印象を受けた。
数百年かけて欧米諸国がめざしてきたのは、国民が意にそわないことを政府に強制されることがない社会のはずだ。だが、このような社会制度こそが枷になることもある。古いことわざにいわく、船頭多くして船山に登る、である。それでも欧米諸国は国民に与えた言論の自由、法の下の平等、経済活動の自由をとりあげることはできないし、すべきではない。ただ、異なる行動原理をもつ相手とどのように競争するべきかという難題に立ち向かわなければならない。
本書で紹介されていたベンチャー企業等について、2022年2月の現状を調べてみた。
①自動運転のスタートアップ企業「ROADSTAR.AI(中国名:深圳星行科技有限公司)」
⇨深圳に本社をかまえる、自動車の、自動運転システムのスタートアップ企業。Google、Tesla、Apple、NVIDIA、Baidu USAなどの有名企業出身のエンジニアをはじめ、優秀な人材が集まっていたが、本書によれば2019年3月には潰れていたという。原因は共同創業者の間で経営主導権をめぐって争いが起きたこと。社内が分裂状態になり、投資家が資金の回収を求める訴えを起こして会社の資産が凍結され、資金繰りがショートしたという。
中国自動運転パイオニア「RoadStar.ai」の終了を考える - ZDNet Japan
②ポニー・ai(中国語表記:小馬智行)
⇨2016年にシリコンバレーで設立された、自動運転システムの開発会社。自動運転システムにより90%の道路交通状況に対応可能であるものの、残り10%に対応出来るシステム開発に時間がかかること、法規制により完全無人運転の実現が難しいことなどから、まだまだ商業化には苦難がともなう。人材流出などの事情もあり、2021年に予定していたアメリカでの株式上場は見送られた。現在ではRobotaxi(無人タクシー)とRobotruck(無人トラック)の二大領域でシステム開発を続けている。
③滴滴の「交通大脳」プロジェクト
⇨「交通大脳」は2018年に発表されたスマート交通管理システム。本業の配車システムで蓄積した交通状況をトラッキングしたビッグデータをもとに、AIによって都市全体の交通管理を行うという構想。
④太一クラウド(中国語表記: 太一雲科技)
⇨ブロックチェーンを利用した情報基盤としてのプラットフォーム構築を手がける会社。従来のサーバを利用したやり方よりも安価でプラットフォームを構築でき、世界で熾烈な競争が繰り広げられている。
太一クラウドが目指すのは、社会や行政の公共サービスシステムをはじめ、市民生活のあらゆる情報をブロックチェーンで管理するシステムを構築すること、その技術を世界に輸出することである。2020年に太一クラウドのCEOである鄧氏は、政府主導の国家インターネット金融安全技術専門家委員会に最年少委員として参加。2021年4月には中国国内の大手旅行会社・中青旅と合弁会社を立ちあげることをプレスリリース。旅行分野におけるビッグデータをブロックチェーン技術と融合させ、これまでにない旅行体験を実現するとうたうなど、企業活動は活発だ。
この記事を作成している頃、ちょうどFBIが、2016年に仮想通貨交換所に不正ハッキングをしてビットコインを取得し、資金洗浄を行なった罪で夫婦を逮捕したことを発表した。ニュースリリースの中で司法省は、ブロックチェーンなどのデジタル情報を追跡出来ること、仮想通貨は金融システムの一部として無法地帯たりえないことを強調した。
米司法省が36億ドル分の仮想通貨を押収 過去最大級のハッキング事件で2人を逮捕 | Cointelegraph | コインテレグラフ ジャパン
本ではないけれど、本件についてのアメリカ側の報告書。
① 米国の製造業及び防衛産業の基盤並びにサプライチェーンの強靭性評価及び強化(Assessing and Strengthening the Manufacturing and Defense Industrial Base and Supply Chain Resiliency of the United States)
原文はこちら。
この内容についてはさまざまなレポートが日本語で出ている。以下一例。
② 米中経済・安全保障検討委員会(U.S.-China Economic and Security Review Commission, 以下、USCC)の年次報告書
公開報告書は以下の公式サイトで入手可能。
Homepage | U.S.- CHINA | ECONOMIC and SECURITY REVIEW COMMISSION
以下のリンクで紹介(日本語)。
「経済安全保障」に対する米中二カ国における認識と政策に関する調査レポート | NTTデータ経営研究所
③ 米国の中国に対する戦略的アプローチ (United States Strategic Approach to People's Republic of China)
原文はこちら。
以下のリンクで紹介(日本語)。
アメリカの対中強硬姿勢の基盤である「国家安全保障戦略報告書」の概要 | SBI FXトレード
④ 中国の技術移転戦略 (China’s Technology Transfer Strategy: How Chinese Investments in Emerging Technology Enable A Strategic Competitor to Access the Crown Jewels of U.S. Innovation)
原文はこちら。