コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

【おすすめ】ウクライナ紛争の今こそ読む〜スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ《戦争は女の顔をしていない》

 

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は残酷なまでに①。

たぶん、私たちはいま、人類史上類をみないほどに鮮烈に、即時的に、戦争犯罪というものを見せつけられているのだと思う。

ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊の小村ブチャからロシア軍が撤退したのち、現地入りした西側諸国のジャーナリストたちが見たものが、日々配信されてきている。道路脇に打ち捨てられた戦車(戦車は燃えるのだ、中にいる人間もろとも)のそば、400人を越える民間人犠牲者の遺体は、ある者は後ろ手に縛られて頭を撃たれ、ある者は戦車に轢かれ、ある者は浅い井戸の中に打ち捨てられ、ある者は間にあわせの共同墓地の中に埋められていた。噂によれば、地雷を仕掛けられた遺体まであったという。

戦争開始初期には日本で早期投降論が主張されたこともあったようだけれど、戦争開始翌日に占領されたブチャでのできごとは、ロシアによる占領がなにを意味するのか、改めて、目を逸らすことを許さない形で突きつけてきた。こうなりたくないからこそウクライナ人たちは生命をかけて戦い、キーウを守り通したのだと。

そのロシアがナチスドイツ相手に戦争をしたときのことを書いているのが本書。本書の中では傷つけ殺されるのはロシア側の人々になる。ファシストに目をえぐられ、腹に銃剣を突き立てられ、機関銃掃射を受けるのは戦闘員たち、従軍した女の子たち、パルチザンたち、そしてその中には巻き添えにされた民間人たちもいたかもしれない。

本書を読むことは、いま流れてくるウクライナ紛争報道とあわせて、戦争というものの残虐さを思い知らされ、心に刻みつけられることだ。

本書の位置付け

本書は第二次世界大戦における独ソ戦に従軍した女性たちが見聞きしたものをまとめたノンフィクション。著者にの祖父母世代と親世代にとって戦争は身近であり、身内が戦死することは決して珍しいことではなかった。著者はまえがきでこう書いている。

母の父親であるウクライナ人の祖父は戦死して、ハンガリーのどこかに葬られており、ベラルーシ人の祖母、つまり、父の母親はパルチザン活動に加わり、チフスで亡くなっている。その息子のうち二人は戦争が始まったばかりの数ヶ月で行方不明になり、三人兄弟の一人だけが戻ってきた。それがわたしの父だ。どこでもおなじだった。誰のところでも。死のことを考えないではいられなかった。いたるところに暗い影がつきまとっていた……

本書で述べていること

何百人もの女性たちに会い、自分自身が経験した英雄的でもなければ崇高でもないことを話してもいいものなのか迷いながら口にする話を辛抱強く聞きとり、ふっ、ところがり出てきた彼女たちの生の体験談を逃さず拾いあげる。そうして集められた体験談を、この本はひたすらに紹介していく。

ある程度テーマが決められて章分けされているとはいえ、とりとめのない、断片的な話の寄せ集めというのが一番しっくりくる。まずは話者の名前と戦争中の階級・職業、それから体験談。長いものもあれば、ほんの数行のものもある。家族、負傷者、友人についての話から、戦場で耳にした小麦畑のざわめき、飛びこんだ川の水の冷たさ、機関銃の重さなど、五感にうったえかける話までさまざまで、功績だの昇進だのはほとんどでてこない(女性はそういったことが少なかったのだろう)。しかしどの言葉の背後にも語られなかった何百もの言葉、光景、記憶があることが伝わってくる。

今はクリミヤに住んでいます……花が咲き乱れています。私は毎日窓から海をながめています。でも、全身の痛みであえいでいます。私は今でも、女の顔をしていません。よく泣きます。毎日呻いています。思い出しては。

そして有名なスターリンの命令二二七号があったんです。「一歩もひいてはならない!」後退したら銃殺だ! その場で銃殺。でなければ軍事法廷か特設の懲罰大隊に入れられる。そこに入れられた人は死刑囚と呼ばれていた。包囲から脱出した者や捕虜で脱走したものは選別収容所行き。私たちの後は阻止分遣隊で退路が断たれていたんです。味方が味方を撃ち殺す……

戦闘は夜中に終わりました。朝になって雪が降りました。亡くなった人たちの身体が雪に覆われました……その多くが手を上に上げていました……空の方に……。「幸せって何か」と訊かれるんですか? 私はこう答えるの。殺された人ばっかりが横たわっている中に生きている人が見つかること……

感想いろいろ

私にとって戦争譚とは小学校の国語教科書で読んだ『一つの花』であり、学級文庫で読んだ松谷みよ子作の〈直樹とゆう子の物語シリーズ〉や『戦争中の暮しの記録』であり、テレビや映画館で観た『火垂るの墓』や『この世界の片隅に』である。戦争の悲惨さを強調したものがたりこそが私の慣れ親しんだものであり、だから戦争体験談は英雄談に仕上げられて愛国心教育に利用されることもあると知ってはいたものの、本書のこの一文に、あらためて違和感を覚えずにはいられなかった。

最近手紙をもらった。

「娘はあたしのことをとても好きなんです、娘にとってあたしは英雄なんです、あの子があなたの本を読んだら、とてもがっかりするでしょう。きたならしく、シラミだらけで、果てしなく血が流された。こういうことはすべて真実です。否定しません。でも、こういうことを思い出すことによって崇高な感情を生み出すことができるんでしょうか? 英雄的な行為を行えるような?」

このように一人の人間の中にある二つの真実にたびたび出くわすことになる。心の奥底に追いやられているそのひとの真実と、現代の時代の精神の染みついた、新聞の匂いのする他人の真実が。第一の真実は二つ目の圧力に耐えきれない。(……)聞き手が多いほど、話は無味乾燥で消毒済みになっていった。かくあるべしという話になった。恐ろしいことは偉大なことになり、人間の内にある理解しがたい暗いものが、たちどころに説明のつくことになってしまった。

日本の戦争体験談は、戦争の悲惨さを刷りこみ、二度と戦争をしてはならないと心に刻みこむためのものだ。一方、ロシアの母親たちにとって、戦争体験談は、若い世代がーー息子たちと娘たちがーーいざとなれば自分たちの故郷を守るために戦争に身を投じることをためらわないよう、戦争行為と崇高な愛国感情、英雄的な行為とを結びつけるためのものだ。世界的に見れば、日本のやり方の方が少数派なのだろうと思う。

たとえ悲惨な戦争体験談でも、美談に仕上げることはできる。私はかつて「敵にパンを贈る」というタイトルのお話を読んだ。独ソ戦で捕らえられてモスクワに送られたドイツ人捕虜のお話。見せしめのために戦勝パレードに駆り出され、モスクワの住民たちの憎しみの視線にさらされたドイツ人捕虜たちの一人ーー両足を失ったまだ二十歳になるかならないかの若者ーーに、同年代の息子を戦場で失ったばかりの老女が殴りかかるが、結局若者のあまりの哀れな様子に殴ることができず、ひときれのパンをさしだしたという。これこそ求められている美談だ。哀れみをさそう捕虜の様子、老女の気高さ、広場にこだまする老女の泣き声、彼女につづいて捕虜たちに食糧を分け与えたモスクワ市民の慈悲深さが強調されているものがたりだ。

だがこの本はそうではない。著者は生々しい感情がこめられた体験談をとりとめのない語りからすくいあげ、女たちの視点から見た戦争というものをありのままにとらえようとした。

実はこの本にもドイツ人捕虜の少年にパンを分け与える話があるのだけれど、少年は両足を失って担架に寝転がっているわけではないし、崇高な行いを目撃して衝撃を受ける民衆もいない。終始淡々としていて、「その子は受け取った……。受け取ったけど、信じられないの……。信じられない……信じられないのよ……」という言葉がつづく。ただ、結びの言葉だけは同じかもしれない。

私は嬉しかった…… 憎むことができないということが嬉しかった。自分でも驚いたわ……

この本は著者の狙い通り、戦争のことを考えるだけで胸糞悪くなるような本に仕上がったと思う。戦争は吐き気がするほどに残酷だと。

私はこういう戦争譚にそれなりに耐性がある方だと思うけれど、この本には一つだけ、この先二度と読み返したくないものがたりがある。パルチザンに参加した少女の話。少女の母親はドイツ兵に捕らえられ、娘の行き先を聞き出すために拷問されたあと、ほかの捕虜たちーーパルチザンの家族たちーーとともにドイツ兵の前を歩かされた。地雷や敵襲などに対する人間の盾として。その人々に流れ弾があたるかもしれないことを知りつつ、少女はドイツ兵を攻撃するために銃を撃つ。母親の白いスカーフが人の群れの中にあることを、あるいは人伝てに聞き、あるいは己の目で見ながら。

あわせて読みたい

戦場にこそ出ていないものの、いわゆる銃後を守った女性たちの視点からまとめた戦争体験談としては『戦争中の暮しの記録』が一押し。読んだときのブログ記事も参考までに。

苦労や工夫を重ねて生きていたあの頃〜暮しの手帖社『戦争中の暮しの記録』 - コーヒータイム -Learning Optimism-