コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

英国発ドタバタラブコメディで笑いころげる〜ヘレン・フィールディング『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ

シリーズ全3冊。ロンドンに住む "ごくふつうの" 独身女性ブリジット・ジョーンズとその家族友人たちのドタバタラブ・コメディ。

イギリスのコメディは軽快なタッチでブラックなお題目を笑いとばすのが得意。本作も女性のキャリア、フェミニズム、職場恋愛、浮気、熟年離婚危機など、シリアスになりそうなテーマが山盛りながら、恋に仕事にダイエットに悩みつつも根が楽天的なブリジットを主人公に据えることで、本人は大真面目ながら読者からするとおかしくてたまらない、けれどふとページをめくる手を止めて考えこんでしまう瞬間がある、そんな日常小説に仕立てている。

原作者ヘレン・フィールディング女史によれば、1990年代はシングルトンの女性たちの社会進出が進む一方、ミス・ハヴィシャム (*1) に代表される古い女性像と現実の自分自身のあり方の狭間で葛藤していた時代だという。フィールディング女史はーー完璧でも最良でもないし、一部のフェミニストには憤慨さえされているがーー新時代のシングルトンの女性像をつくりあげるのに一役買った。

I suspected that what Bridget had unwittingly tapped into was the gap between how people feel they are expected to be on the outside and how they actually feel inside.

(意訳)ブリジットが無意識のうちに触れたのは、女性たちがまわりから期待されていると感じる在り方と、彼女たちが心の内に実際に感じる在り方との食い違いではないでしょうか。

The Bridget Jones effect: how life has changed for the single woman | Helen Fielding | The Guardian

(*1) チャールズ・ディケンズ『大いなる遺産』の登場人物。莫大な遺産目当てで近づいてきた男に騙され、結婚寸前で捨てられ、傷心を抱えたままウェディングドレスを着て生活している。

 

シリーズ1作目 "Bridget Jones's Diary" (邦題「ブリジット・ジョーンズの日記」)

ブリジット・ジョーンズ、30代女性、独身、出版社勤め、彼氏なし(上司ダニエル・クリーヴァーが気になる)、ロンドンのフラットに一人暮らし、ダイエットに挑戦するも失敗ばかり。新年早々母親の友人のパーティに出席させられ、母親の知人の息子で離婚したばかりの弁護士マーク・ダーシーに無理矢理引き合わせられるも、全然会話がはずまないという最悪のスタートを切る。ブリジット本人は母親のお膳立てに腹を立て、マークのファッションセンスを心の中でこきおろしながら、相手にされなかったことがやはり悔しく、友人のシャロンやジュードと憂さ晴らしに飲みに行く。彼女自身が立てた新年の決意に「アルコールをとりすぎない」という項目があるのだがーー。

イギリスのみならず、日本の女性読者が読んでも「あるある!」と膝を打ちたくなるのが、ブリジットと彼女をめぐるあれこれの日常生活。職場恋愛、母親によるおせっかいなお見合い、ダイエットを考えながらチョコレートを食べてしまうなどなど。等身大のロンドンのキャリアウーマン(を目指す)ブリジットの悪戦苦闘は共感を呼ぶ。

私が「ないわー」と感じたのはブリジットの母親。35年間連れ添った夫を突然置いてテレビ局で働きはじめるのはいいとして、年下の、それもポルトガル人の恋人をつくり、あげく詐欺共謀罪で逮捕されかける。家庭にささげた人生をもう一度生き直そうとするふるまいはフェミニストには絶賛物かもしれないが、その実傍迷惑極まり、ブリジットに怒り呆れられる。

 

シリーズ2作目 "Bridget Jones: The Edge of Season" (邦題「ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12ヶ月」)

ブリジット・ジョーンズ、30代女性、独身、出版社勤め、マーク・ダーシーと恋人になったばかり、相変わらず禁煙や断酒やダイエットに挑戦するも失敗ばかり。お馴染みの女友達たちと自由奔放すぎる母親にふりまわされながらリア充生活を楽しんでいたが、ブリジットいわく「キリンのように足が細い」恋のライバル、毒舌家の事務弁護士レベッカが登場。素直になれないブリジットと強気になりきれないマークはすれ違い、レベッカの画策もあって、とうとう別れてしまうーー。

前作はコラム連載から人気がでて小説として出版されたけれど、今作は最初から映像化を念頭に、なかなかアップダウンの激しいコメディになっていると思う。映像化に際してマークとダニエル・クリーヴァーが殴りあう場面は「中産階級の男達の殴りあいは例がない」と監督に頭を抱えさせるも、できあがったシーンはなかなか好評だったとか。

 

シリーズ3作目 "Bridget Jones: Mad About the Boy " (邦題「ブリジット・ジョーンズの日記 恋に仕事にSNSにてんやわんやの12ヶ月」)

ブリジット・ジョーンズ・ダーシー、50代女性、5年前に不慮の事故で夫と死別した未亡人、7歳と5歳の2人の子持ち。Twitterで知りあった29歳の恋人あり。1年前に友人のトムやタリサ(3回結婚してなお恋多き59歳)に説得され、子育てにてんやわんやするしながら肥満解消のためにクリニックに通い、慣れないSNSで悪戦苦闘し、中年呼ばわりされて憤慨しながらあらたな恋をさがし始める。マークの急逝後落ち込んでいたブリジットが、ささいなことでくすくす笑えるようになったとき、息子ビリーが “You’re laughing again, Mummy?” (「ママ、また笑うようになったの?」)とつぶやく場面がすごく印象的。

ブリジットの友人たちが「女性は年齢を重ねてなお魅力的であることができる」「マークのことが忘れられないのはわかるが君には自分の人生が必要」「男性と交際すれば精神的に安定でき、母親が安定すれば子どもたちにもよい影響がある」と説得するところは、日本の(というよりアジアの)社会的価値観とすべて真逆で面白い。美魔女なんぞという言葉がはやり、母親は自分自身のキャリアや趣味をすべて後回しにして子どものために生きることを賛美され、シングルマザーの恋が母親失格だと罵倒される社会では、このような発想はさかさにふっても出てこなさそう。

けれど、いつかどこかで読んだ「フランスではミニスカートをはかなければならないの。それが女性の自由の象徴だと考えられているから。女性がボーイッシュな格好をすることは許されない。魅力的でセクシーでなければならないという同調圧力がある」という在仏邦人の愚痴と同類のポリコレを感じさせる。

ブリジット自身、年齢差問題を "It mattered to him, and with that came the elephant in the room." と表現している。"the elephant in the room" は直訳すると「部屋の中の象」で、明らかにそこにいてだれの目にも入っているのに、あえて話題にしない、見て見ぬふりをすること。サイバー空間で知りあって浮かれていたけれど、我に帰ると、彼氏は20歳以上年下なのだと考えずにはいられない。

ブリジットの葛藤は、第1作『ブリジット・ジョーンズの日記』で、60代の母親が年下のポルトガル人と恋愛関係を楽しんでいることに抱いた感情と表裏一体だと思う。嫌悪感とともに羨ましさもたしかにあったから、友人たちにすすめられるままに出会いを求め、女性として魅力的で在ろうとするが、母親ほど厚顔無恥にはなれず、亡き夫への罪悪感をふりきれない。第3作はブリジットと友人たちが考える「こうあるべき」姿と、ブリジットの「ありのままでいたい」内心との、最後にして最大の戦いの物語。