コーヒータイム -Learning Optimism-

18歳のわが子に読書をすすめるために、まずわたしが多読乱読しながらおすすめを探しています。英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 18 / 365> S. Coll “Private Empire: ExxonMobil and American Power”(邦題『石油の帝国ーエクソンモービルとアメリカのスーパーパワー』)

思いつきで英語の本365冊読破にチャレンジ。ページ数100以上、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日

本書は『石油の帝国―エクソンモービルアメリカのスーパーパワー』という邦題で翻訳されている。私は2019年1月31日から読み始めたが、重厚長大本でなんども挫折したり積読したりしてようやく読み終えた。

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。石油帝国と呼ばれるエクソンモービルの歴史、現状、背後にある石油業界そのものの成長をまとめた、いわば偉人伝記の企業版というべきものであり、非常に読み応えがある。

 

本書の位置付け

本書は敏腕ジャーナリストが書きあげたドキュメント。石油帝国と呼ばれるエクソンモービルの社史はエネルギーの世紀と呼ばれる20世紀現代史と分かち難くからみあい、その浮き沈みを臨場感たっぷりにまとめあげている。

 

本書で述べていること

本書のタイトル "Private Empire" は次の一文から来ている。

He did not manage the corporation as a subordinate instrument of American foreign policy; his was a private empire.

ーー彼(1989年当時のエクソンモービルのCEOであるリー・レイモンド)は、アメリカの外交政策の従属物としてエクソンモービルを経営しているわけではなかった。エクソンモービルは彼が所有する帝国であったのだ。

エクソンモービルの伝記は、1989年のエクソンバルディーズ号石油流出事故と、1992年に起きた従業員誘拐事件ーー身代金目当ての犯行で、誘拐犯は逮捕されたが従業員は死亡したーーから始まる。この二つの事件後にエクソンモービルは従業員の安全をはじめとするリスク管理に力を入れ、とくに情報管理体制は著者にいわせれば「諜報機関なみ」。安全教育や従業員管理はあらゆる場面に浸透し、エクソンモービル社員は無慈悲でなにを考えているかわからない一方、いやにきちょうめんで長老派教会の助祭のようだとも言われる。ようするに保守的なのだ。著者は多少皮肉をこめて「南部出身で、白人で、息子をもつ父親」が出世していると書く。

本書は最初の章でエクソンモービルの企業体質、社風、歴史にふれたあと、各章でエクソンモービルとさまざまな組織とのかかわりを紹介する。アメリカの政府機関や産油国政府機関、環境保護団体、発展途上国における反政府活動組織(インドネシアアチェ州紛争など)、人権団体など。もちろんエクソンモービル自身の社内政治闘争やリー・レイモンドの後継者探しも外せない。

圧倒的石油埋蔵量をほこるのはサウジアラビア、イラン、イラク、ロシアの4ヵ国。アメリカは「石油目当てではない」と強調しつつイラク侵攻を実行したが、フセイン政権崩壊後のイラクは混迷をきわめており、外資系企業による石油開発ができる状況にない。サウジアラビアはいうまでもなく国営石油企業サウジアラムコが権益をにぎり、イランはアメリカと長く敵対関係にある。本書出版時、エクソンモービルプーチン大統領率いるロシアとの協力を手探りで進めており、その過程も本書に登場する。

 

感想いろいろ

プロローグのタイトルからして強烈である。こんなことをさらりと言える民間企業関係者がどれくらいいるだろう?

“I’m Going to the White House on This”

ーーこの件でホワイトハウスに行くよ。

読み進めていくと、この言葉が発されたのは、史上最大規模の環境破壊のひとつともいわれるエクソンバルディーズ号原油流出事故発生後だということがわかる。黒いねっとりとした油にまみれた海鳥たち。その写真を目にしたことがあるかもしれない。

事件当時、エクソンバルディーズの船長が酩酊状態にあったこと、海上運輸を監視していたはずの湾岸警備隊員からアルコール反応と軽い薬物反応がでたことが大々的に報道されていたが、政府の事故調査委員会では、苛烈な経費削減により安全対策が充分ではなかった可能性ーーすなわち企業体質や組織構造そのものの問題ーーがほのめかされている。

 

読書感想とは別に。

本書は英語原書で読み進めたものの、実は最初に手にとったのは日本語版であり、英語原書と日本語版を両方手元において比較してみたこともある。

訳者は「なにぶん大著であるから、冗長な部分を若干刈りこまざるを得なかった」と断っている。日本語版で章ごと削除されることもあることを考えればまだよい方かもしれない。例をあげてみよう。付近地域で操業していたBP(British Petroleum, 英国石油)が、原油漏洩を知りながら初動除染に遅れたことを述べた一節である。

(原文) the inadequate response was their failure, too, but it would soon be overshadowed by Exxon’s culpability.

(訳文) 不十分な対応は彼ら(BP)の問題でもある。

この文では後半の「しかしこのことはすぐにエクソンの過失に覆い隠されてしまった」(意訳)が抜けている。冗長な部分と言われればそれまでだが、このように文章の一部を除かれるのは、章丸ごと削除されるのとはまたちがった違和感がある。

なんとなれば、似ているのだ、検閲に。

本物の検閲を受け、のちに完全版出版がかなった本を読んだことがあるが、まさにこのように文章の一部を削除したり固有名詞をあいまいな書き方にしたりしていた。もちろん本書の訳者がそれを意図していないのはわかっているが、連想してしまった。