コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 28-30 /365> D. Barnett, Employment Law Library, Book 5, 8 and 9

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日

本書は未邦訳の英国労働関連法規解説シリーズ続き。本来想定している読者は雇用主側の人事担当者であるが、逆にいえば人事がどのようにふるまうかを労働者が学ぶためのテキストでもある。

シリーズ5作目。内部調査、個人情報管理、ストレスによる休職防止に続いて、5作目のテーマは事業譲渡等に伴う従業員権利保護。

これは人道主義でもなんでもなく、従業員に訴えられてイギリスの労働紛争専門法廷(Employment Appeal Tribunal、雇用上訴裁判所)に被告として引きずり出され、会社が傾きかねないほどの賠償金を課されないようにするための対策である。つくづくイギリスの労使関係は殺伐としている。日本のようにブラック企業や過労死が横行するよりはましであろうが。

TUPEはTransfer of Undertakings (Protection of Employment) Regulations 2006のこと。和訳すれば事業譲渡(雇用保護)規則。どのような場合にTUPEが適用されるかが本書前半のハイライト。たとえば、ある清掃会社を買取り、その社屋を改装して介護会社を始めることはTUPE適用対象にならない。提供しているものがまったく違うからである。オーナーには清掃会社の元従業員を雇う義務はない。しかし買収後も清掃会社を続けるなら、従業員の労働契約はそのまま新しい会社に引き継がれる。

なお、ここでいう従業員 (employee) はERA (Employment Rights Act 1996、雇用権利法でいう「雇用契約のもとに労働する者」のことだと解説されている。労働者 (workers, たとえば正式契約を結ぶ前の試用期間段階にいる者など)や自営業者 (self-employed) は含まれない。TUPEはもともとEU Acquired Rights Directiveをイギリス法体系に取り入れたものである。もとの条文は対象を従業員 (employee) に限らないと読めなくもないものの、EU規制はもともとイギリスにある雇用権利法の規定を無効にするものではなく、イギリスの雇用権利法にしたがい、対象を従業員 (employee) に限定するよう解釈するというのが本書の主張。ややこしい。

 

シリーズ8作目。テーマは苦情処理。grievanceは苦情と訳出され、英英辞典では "an official complaint by an employee that they have been treated unfairly"、すなわち正式な(たいていは書面による)不公平な扱いに対する苦情申立てのことで、これを放置すれば「不当な立場に置いて辞職に追いこもうとしている」と法廷に訴えられかねないため、慎重な扱いが必要になる。とはいえ本書の目的は苦情解消ではなく、法廷審判時において「企業はフェアに苦情に向きあった」と主張するためのアリバイづくりである。イギリスらしい。

ビジネス・エネルギー・産業戦略省傘下のACAS (Advisory, Conciliation and Arbitration Service) が、雇用関係に関する行動規範(ACAS Code)を作成しており、苦情申立てについてのものもある。ACAS Codeの適用可否は慎重に判断されなければならないが、行動規範を遵守していなければ、法廷でこの点をつかれる可能性は高い。本書はACAS Codeに沿った説明となっており、わかりやすい。

Acas Code of Practice on disciplinary and grievance procedures | Acas

 

シリーズ9作目。人事担当者が実際にぶつかることがありうるトラブルについてQ&A形式で解説している。いくつか面白いものを紹介。

Q: 情報保護規則GDPR (General Data Protection Regulation) に照らし合わせて、定期的に健康情報の提出を求めることについてどう考えるか?
A. 雇用契約を結んだ従業員であればかまいません。しかし、健康情報提出を拒む従業員がいる場合、これを理由に解雇すれば、障害者差別として訴えられる (disability discrimination claim) 可能性があるので、なぜ健康情報が必要なのか説明して理解を得ましょう。

Q. 成人社会養護 (adult social care situation, 高齢者や障害者に対するもの。なお乳幼児に対するものはsocial careと呼ばれる) における保護上の懸念 (safeguarding concerns、ネグレクトや虐待など) で、従業員が停職処分 (suspension) になり、警察の取調べを受けているとき、停職期間中に雇用主にできることはありますか?

A. 雇用主でも独自調査を行いましょう。合理的根拠があれば解雇しましょう。警察の結論を待つ必要はありません。

Remember: the employer only needs to have reasonable grounds for their belief in guilt after reasonable investigation.

思い出してください。雇用主は合理的調査により、合理的根拠をもって(問題の従業員が)有罪だと確信すれば、それで充分なのです。

相変わらず法廷紛争を避けるための話ばかりだが、内容自体は日本の企業でもよく見かけることばかりなので、日本とイギリスの対応の違いがわかって面白い。ちなみにイギリスでは労働組合は政府によりリスト化されている。

Official list of trade unions and their annual returns - GOV.UK