コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 43 / 365> CSIS報告書 "The First Battle of the Next War - Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan"

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日

なんかやばそーなんで、最近話題の台湾有事に関するCSIS (Center for Strategic and International Studies, 戦略国際問題研究所) 報告書を読んでみた。ことと次第によっては本気で日本脱出を考えた方が良いかもしれないし、どれくらいやばそうなのかを把握しておくためには必須

https://csis-website-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/publication/230109_Cancian_FirstBattle_NextWar.pdf?WdEUwJYWIySMPIr3ivhFolxC_gZQuSOQ

報告書タイトルは "The First Battle of the Next War - Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan" で、台湾有事はどのように進行すると考えられるか、机上演習をおこなった結果をまとめている。重要な章をいくつかピックアップし、通読して内容をまとめた。

 

Executive Summary

時間がない読者は、この章(たかだか5頁である)だけでもじっくり読めば、報告書のおおまかな内容を知ることができる。

CSISは中国が水陸双方から台湾侵攻を試みることを想定して、24ケースのwargame (*1) をおこなった。すべてのケースにおいてアメリカ/日本/台湾は中国を撃退できるという結果になる。ただしもちろん台湾が降伏せずに抵抗を続け、アメリカの援軍が駆けつけるまでもちこたえられれば、であるが (*2)

しかしたとえ勝利したところで "Pyrrhic Victory" (*3) 、つまり得るものの少ない勝利になりかねない。台湾国防部隊が大打撃を受けるほか、日本の軍事基地 (*4)アメリカの水上艦艇も中国の攻撃にさらされ、何十隻もの戦艦、何百機もの戦闘機、何万人もの兵士が失われ、台湾経済が破壊され、さらにアメリカの国際的プレゼンスの長期的低下が予測されるためである。代償は決して小さくないゆえ、勝てばよいわけではなく、抑止力向上が喫緊の課題。

(*1) 教育訓練・作戦研究などのために行われる机上演習。

(*2) 報告書には "There is one major assumption here: Taiwan must resist and not capitulate. If Taiwan surrenders before U.S. forces can be brought to bear, the rest is futile." と表現されている。個人的には、台湾では親中派が政権をにぎりつつあるし、中国の裏工作も相当浸透しているはずであるから、この仮定が成り立つかどうか疑問。アメリカもその辺のことを考えてTSMC半導体製作工場を誘致したのだろうか?

世界最大手の台湾TSMCが、半導体の新工場建設を「中国ではなく、日本やアメリカ」で検討するワケ 台湾と韓国への集中から、米国や日本などへの分散へ | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

(*3) ピュロスの勝利は、損害が大きく得るものが少ない勝利、つまり「割に合わない」という意味の慣用句。古代ギリシアのエペイロス王ピュロスの故事に由来する。

(*4) Chapter 5で後述。グアムと日本の米空軍基地が攻撃対象になることが想定されている。

 

Chapter 4: Assumptions―Base Cases and Excursion Cases

24ケースのwargameを設定するにあたりどのような仮定をおいたのかを説明する章。3つのパートに分かれている。

Grand Strategic Assumptions: Political Context and Decision

台湾防衛戦においてアメリカ軍は主に在日米軍基地から出動するため日本の関与は不可避だが、日本政府の政治的意思決定が迅速になされない可能性を指摘したうえで、報告書は東京(=日本政府)が ⑴ アメリカによる在日米軍基地へのアクセスを制限しない、⑵ 日本領域(在日米軍基地含む)が中国に攻撃された場合においてのみ自衛隊による迎撃を指示する、⑶ 自衛隊参戦後は日本領域以外での攻撃作戦に従事することを許可することを仮定している (*5)

the base case assumes that Tokyo: (1) allows the United States access to U.S. bases in Japan freely from the outset; (2) directs the JSDF to engage Chinese forces only in response to a Chinese attack on Japanese territory (to include U.S. military bases in Japan); and (3) allows the JSDF, after entering the war, to conduct offensive operations away from Japanese territory. (P.57)

(*5) Chapter 5で後述するように、開戦当初からグアムと日本の米空軍基地が空爆対象になることが想定されている。ここに述べる3つの仮定は、自衛隊の台湾有事参戦がほぼ避けられないこと、参戦後は攻撃を含む対中国軍事作戦に参加しなければならないことを意味している。まあこの仮定がなければ自衛隊は事実上やれることがほとんどなくなってしまうわけだが、報告書では、⑶ の許可がでないケースについても検討されている。

Strategic Assumptions: Orders of Battle, Mobilization, and Rules of Engagement

台湾有事はある程度緊張状態が続いたあとに起こると思われるが、中国が大規模軍事演習などを隠れ蓑にしてひそかに準備する可能性を考えなければならない。報告書では、台湾有事の30日前には中国側が作戦開始、アメリカや台湾が14日前にそれに気づくことを想定している。これを受けてアメリカは空母打撃群(Carrier strike group, CSG)を沖縄やグアムに送る。

In the base case, China takes measures to minimize warning time by, for example, using a large exercise to mask its preparation and delaying measures that would provide unambiguous warning, such as requisitioning large numbers of civilian lift ships, until late in the process.

中国のミサイル攻撃能力については公開情報欠乏により推測がむずかしいが、台湾有事において肝要であるためシナリオを複数検討している (*6)

(*6) 中国のミサイル攻撃により開戦数日で台湾の海軍・空軍戦力はほぼ壊滅すると予測されている。また、アメリカや日本の空軍基地もミサイル攻撃にさらされて大打撃を受ける。一説では、空軍戦闘機の9割は戦闘中ではなく、基地にあるときに爆撃されて失われるという。日本政府がJアラート整備を急いだのは理由のないことではない。

Operational and Tactical Assumptions: Competence, Weapons, and Infrastructure 

軍隊規模、ミサイルなど使用武器の攻撃能力、上陸作戦遂行能力(ノルマンディーや沖縄上陸作戦が参照されている)などについての仮定。米台が中心で、自衛隊についてはあまり言及されていない。

 

Chapter 5: Results

台湾有事が2026年に起こると想定するならば、以下の4つの条件が満たされれば、中国による台湾侵攻が成功することはむずかしいであろう。

  1. 台湾は中国侵攻に猛抵抗する。
  2. アメリカは遅延なく参戦し、全戦力投入する。
  3. アメリカは日本の軍事基地を利用する。
  4. アメリカは空中発射型の長距離対艦巡航ミサイル(Anti-Ship Cruise Missile, ASCM (*7) )を充分使用する

しかし勝利し台湾自治を維持できたところで、台湾軍や台湾経済が大打撃を受けるのはもちろん、日米側も何十隻もの戦艦、何百機もの戦闘機、何万人もの兵士が失われ、アメリカの国際的プレゼンスの長期的低下が予測される。

日本に限っていえば、比較的楽観的なシナリオでも20隻以上の戦艦、100機以上の戦闘機が失われることが想定される。上にあるように、アメリカは日本の軍事基地を利用できなければ効果的に反撃できない。逆に中国側は、紛争初日から在日米軍基地を狙い爆撃してくるであろう (*8)

The China team, confronted with the prospect of extremely high and rapid losses to its amphibious fleet, sought to mitigate those losses by attacking air bases in Japan and Guam from the first days
of the conflict. (P.95)

(*7) Long Range Anti-Ship Missile(長距離対艦ミサイル)。

(*8) ミサイル攻撃による可能性が高い。報告書では双方のミサイル攻撃能力が台湾有事の行方を大きく左右すると見ている。ちなみに市街地への誤爆は検討されていない(が、もちろんおきない起きないとの保証もない)。

 

感想いろいろ

以下は完全私見である。念のため。

言わせてもらうと、後世から見れば、台湾有事の遠因となったできごととして、2022年8月のアメリカ下院議長ナンシー・ペロシによる台湾訪問を外すことはできないだろう。

これまでアメリカは政府高官の台湾訪問を避けてきた。建前上「一つの中国」原則を受け入れている以上、中国の首都であり権力の中枢である北京をすっとばして、たかだか一地方でしかも分離独立運動の気運が絶えない(という位置付けの)「台湾省」を訪問するのは外交上ありえないためだ。

しかしペロシ下院議長がそれを変えた。彼女は北京を完全無視してそのまま台湾に着陸、国防上の重要課題について台湾高官と話したとふれまわったうえ、韓国・日本を訪問してそのままアメリカに帰ったのである。これは彼女が所属するバイデン政権が【台湾を中国と切り離して考えている】メッセージ以外のなにものでもない。

考慮しなければならないのは、中国共産党政権は決して一枚岩ではないということ。現在トップに立つ習近平主席はもともと強硬な台湾統一推進派である。その彼がここまで舐めた真似をされてなにもしなければどうなるか? 弱腰なリーダーだというレッテルを貼られるであろう。政党内に政敵を抱えた状態でリーダーが弱腰だとみなされればどうなるか? ほんのすこしでも中国の歴史を学んだことがあれば想像はむずかしくない。

台湾有事はもはやあるかどうかではなく、あるという前提で【いつあるか】【どう対処するか】を議論する段階である。

いったん始まれば、中国側に撤退はありえない。撤退はーー中国共産党一党独裁支配まで揺らぐことはないであろうがーーすくなくとも現政権維持をいちじるしく困難にさせる。しかも台湾は、軍事面では中国海軍の太平洋側玄関口であり、貿易海運面ではシーレーンの要にある。中国国益という点から考えても、台湾の実効支配権を失うことは許容できない。さらにいうと台湾有事は米中代理戦争であることがあまりにも明らかであり、ここで勝てばアメリカのプレゼンス低下につながり、将来的に中国が世界覇権をにぎるための布石になる。

中国はその気になればどれだけの犠牲を出そうとも損失度外視で台湾有事にかかるであろう。勝利すればそれだけのメリットがあるからだ。しかし日米台はそうはいかない。台湾有事はいったんはじまれば日米台にとってはデメリットだらけなのだ。だからこそ抑止力を呼びかけている。

とはいえ日本の空軍基地(と民間空港。報告書では日本の民間空港の軍事利用も想定されている)が攻撃対象になるのはほぼ確実なので、自分と家族が生きのびるためにはどう行動しなければならないのか、考えておく必要がある。こういう本も読んでおくといいかも。