コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 44 / 365> G.Eliot “Middlemarch”(邦題《ミドルマーチ》)

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。
本書はノルウェー・ブック・クラブが選出した「世界最高の文学100冊」(原題:Bokkulubben World Library)の一冊。宗教的理想を追い求める女性を主人公とし、副題を "A Study of Provincial Life" (ある田舎生活の研究) とするのが皮肉が効いていてよい。内容も小説というよりもまさに田舎の人間関係研究書であり、主人公とそのまわりの人々の心理活動を丁寧に読み解く解説書である。英語は意図的に遠回しな学術的(ほぼ政治的)言いまわしに終始しているので、私のレベルでは邦訳の助けを借りなければほぼ理解不可能。

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田舎町ミドルマーチを舞台に繰り広げられるのは、少女たちの結婚相手探し、若者たちの野望と散財、男たちの政治的思惑と研究者気取り、女たちの噂話、どこにでもありそうながら、かつてないほど丁寧に紐解かれた保守的で旧態依然とした人間関係である。

その中で、何人かの若い男女がしばしば舞台中央に現れ、スポットライトを浴びる。

親を亡くした意識高い系理想主義者の少女ドロテア・ブルックは、地方では上流社会にあたるいわゆるジェントリ(地主階級)出身で、妹シーリアとともにスイスで教育を受けたのち、ミドルマーチの叔父のもとに身を寄せた。30近く年上の学者肌でそれほど愛情豊かでもないカソーボンのところに「彼はきっと私を教え導いてくれる」という理由で嫁ぐが、やがて夫が自分の期待とはちがい〈何者〉でもないかもしれないという疑惑に苦しむ。なにしろ彼は研究成果を本や文章にして世に出そうとせず、調査やら資料集めやらに没頭するばかりだし、彼の従弟であるウィル・ラディスローは、カソーボン氏の歴史研究内容がドイツの先行研究からすれば価値のないものだとほのめかすのだから。シーリアはそんな姉の選択を多少のあざけりや冷淡さをこめて見守りつつ、カソーボンの一件がなければ姉に求婚していたであろうサー・ジェイムズとちゃっかりお付きあいを始める。

Sane people did what their acquaintances did, in order that if any lunatics had been at big, one would possibly recognise and avoid them.

正常な人間は周囲の人々がするようにする。もし狂人が野放しにされているならば、それを察知して彼らを避ければよいのである。(第1章)

Clearly, there might be no interference with Miss Brooke’s marriage through Mr. Cadwallader; and Sir James felt with some disappointment that she become to have best liberty of misjudgment.

カドワラダー氏を通じてのミス・ブルックの結婚への干渉がないことは明らかだった。そしてサー・ジェイムズは彼女が誤った判断をする完全な自由を有していることを痛感していささか悲しい思いを抱いたのだった。(第8章)

裕福な家庭に育ち、ミドルマーチ随一の美貌と淑女教育を誇りながら、父親が手工業者、母方祖父が宿屋の亭主ゆえ、ブルック家より格下に見られると感じているロザモンド・ヴィンシーは、ミドルマーチ出身でなく親類縁者も持たない、家柄のよい男性と結婚して、田舎を脱出し、都会ロンドンに行く夢見ていた。名家出身と噂され、パリで最高水準の医学教育を受け、地方開業医としてミドルマーチに来たターシャス・リドゲイトはまさに彼女の理想そのもの。のちに2人は無事結婚するが、やがてロザモンドは理想と現実のちがいを思い知らされる。

彼女の夫リドゲイトはたしかに名家の出で医療知識も豊富であったが、医師業務に集中し、調剤は行わない、という最新の医薬分離のやり方を採用したことで、旧態依然の医療で満足しているミドルマーチに議論を巻き起こした。患者側としては、薬も出さずになにが医師だ、という気分になるし、それまでミドルマーチにいた地方開業医たちはリドゲイトに彼らのやり方を侮辱されたと感じた。これにそれぞれの政治的思惑がからみ、リドゲイトは銀行家ブルストロードの強力な後ろ盾がなければ開業医としての立場すら危うくしかねず、経済状況もどんどん厳しくなる。

Not simplest young virgins of that city, however gray-bearded men additionally, had been frequently in haste to conjecture how a brand new acquaintance is probably wrought into their functions, contented with very indistinct knowledge as to the way in which existence have been shaping him for that instrumentality. Middlemarch, in reality, counted on swallowing Lydgate and assimilating him very with no trouble.

この町〈ミドルマーチ〉の若い娘たちだけでなく、灰色の髭を生やした男性たちも、いかにしたらこの新参者を自分たちの目的に巻き込むことができるか、しばし推量するのに性急だった。そして彼をこれまでそのような道具として形作ってきた生き様に関して、はなはだ漠然とした知識で満足していた。ミドルマーチは、事実、リドゲイトを呑み込んで、目障りにならないよう同化してしまうことを当てにしていたのである。(第15章)

ようするにドロシアもリドゲイトも、若さゆえの理想主義に燃えていたけれど、現実の前に頭垂れるしかなくなったのだ。巻末解説によれば、物語の時代背景は産業革命や選挙法改正などが進む激動の19世紀後半(日本でいうと明治維新頃)であるが、2人が暮らすミドルマーチはまだまだ古いやり方に満足しており、都会の変革は自分たちには関係ないと思いこんでいる典型的田舎町であるという。リドゲイトなどはパリの最新のやり方を田舎町に持ちこもうとして大失敗した典型例であり、経済的にも立ち行かなくなるほどの苦境に落ちる。

《ミドルマーチ》はイギリス小説だけれど、旧態依然、伝統的やり方にしがみつき、現代的なものはなんであれ悪とする保守的土地柄はイギリスだけにあるわけではなく、21世紀現在もいたるところで見られる。読者自身の知る土地に思いを馳せながら、《ミドルマーチ》を読み進めるとなかなか楽しめる。