コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 84 / 365> A. Barkley PhD “Taking Charge of ADHD”

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

本書はADHDの子の特徴、対処法を網羅した名著。邦訳は初版『バークレー先生のADHDのすべて』がでているらしいけれど、この改訂版はどうやら未邦訳。

なぜこの本を読むことにしたか

わが子がもしかするとADHDかもしれないから、ADHDについて最新の科学的知見を得るためにこの本を読むことにした。ADHDをはじめとするさまざまな精神的疾患はそもそも米国精神医学会が発行している「精神疾患の診断・統計マニュアル」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders) を参照して診断するのが主流。最新情報は英語文献を読みこなさなければ手に入らない。

この本は素晴らしすぎる。ADHDの最新研究内容に基づく特性、親やまわりの対応、その子の人生において起こりうることなど「痒いところに手が届く」。ADHDそのものではなく、ADHDに対する無知と誤解こそが当人とまわりを苦しめる。必読。


本書の位置付け

本書はADHDに関する最新の研究成果や科学的知見を提供する。著者は30年以上にわたりこの分野で経験を積んだ専門家であり、エビデンスに基づく科学的知見をADHDの子どもたちやその親たちに届けるために改訂を続けており、私が読んだのは4版。

The ultimate purpose of this volume is, therefore, to empower you, to help you become a scientific, principle-centered, executive parent who is as effective as possible in meeting the many challenges involved in raising any child with this disorder.

ーーこれまで述べてきたことから、この本の最終的な目的は、あなたを力付け、あなたが科学的な、原則中心で、行動的で、このような障害をもつ子どもを育てる親であればだれでも直面するたくさんの課題に効率的に取組む親になるよう、手助けすることである。(私訳)

 

本書で述べていること

ADHD (Attention-Deficit / Hyperactivity Disorder) は「注意欠如・多動症」と呼ばれる。子どもは多かれ少なかれ注意力散漫、衝動的で落ち着きがないものだが、それが度をすぎているものがADHD

第1章

第1章では、「注意欠如・多動症」という名称が適切ではないかもしれないと述べる。

ADHDの子どもたちは単純に注意力を集中させることが苦手なのではない。問題の根はもっと深い。彼らが苦手なのはいわゆる自己制御 (Self-regulation) あるいは自己コントロール (Self-control) そのもの。すぐに気を逸らしてしまい、別のことに夢中になり、やるべきことに戻れない行動特性をもつ。 時間管理やスケジュール立てが壊滅的に苦手な子も。

本書ではさまざまな研究例を引いて、ADHD児がいまこの瞬間の快不快のみで行動してしまう傾向があり、〈過去の教訓や将来予測されることに基づいて、いまとるべき行動を選ぶ〉〈将来的により多くのご褒美を得るために、いまやりことを計画的に変更し、またはある程度我慢する〉ことがむずかしいことを説明する。ある雑誌記事でADHDと診断された高校生が「〈やりたいこと〉が〈やらなければならないこと〉になったとたんに興味を失うんです。だからいつもつまみ食い」と話していたが、まさにこれがADHDの特徴。

第2章〜第4章

近年の研究では、ADHDと診断される子どもたちに共通の遺伝的要因や生化学的特徴が発見されている。これまでADHDは妊娠期の栄養不足や子どもの生活習慣により引き起こされるとされてきたが、その通説が見直されつつある。

ある説によれば、人間がほかの生物と比べて際立っているのは「待つ能力」であるという。ある出来事にすぐさま反応するのが生物的本能であるが(注:有名な《ファスト&スロー》の【システムI】にあたるであろう)、人間は反射的に反応するのではなく、反応を「待ち」、その間に過去の経験を想起してよりよい行動を考えることができる (《ファスト&スロー》の【システムII】)。逆にいえば、ADHD児は「待てない」。「待ち時間」がないから過去の経験や教訓を思い起こして行動修正する時間がないし、衝動的に行動するからトラブルを引き起こす。

このような能力は、大脳の前頭前皮質 (prefrontal cortex) が司ることが次第にわかってきた。ADHDは、なんらかの理由で前頭前皮質とその関連領域が機能不全を起こしたことによるのかもしれない。

第5章〜第6章

統計数字盛りだくさん。

  • ADHDと診断された子の30~50%は7 - 12歳の間に反抗的な性格をみせる。(学業や集団生活がうまくいかないためのストレスであろう)
  • 思春期には20~30%の子がアルコールや薬物乱用に走り、58%の子が留年する。
  • 成人後の収入や社会的地位は比較的低い傾向がある。メンタル面のサポートを必要としないのは10~20%にすぎない。

第11章〜第18章

実際にADHDの子をもつ家庭で、親はどうすればいいか、子の年齢段階ごとにさまざまな実用的プログラムを紹介している。著者がとくに強調しているのは、まず親の行動を変えることプログラムの目的である点。子の行動は、親の行動変化によりしだいに、ゆっくりとであっても変わるものだ。

 

感想いろいろ

ADHD特有の行動を "atom (原子)"にたとえ、さまざまな行動の「原子」は日常生活という "molecule (分子)" を構成し、週単位や年単位の行動計画という "compound (化合物) "に集結され、やがてその人の人生に深遠な影響を及ぼす、というたとえがとても気に入った。元化学好きならではかもしれない。

第15章に紹介されている、未就学児向けの8つのステップを1つずつ実践中。1つのステップを成功させなければ次のステップには進まないのがコツ。

 

あわせて読みたい

これまで読んだ秀逸育児本をアルファベット順で。

●The Body Keeps the Score

トラウマを残すほどの強烈な経験は、実際に脳の言語を司る分野の働きを鈍らせることがわかっている。しかし、“The greatest sources of our suffering are the lies we tell ourselves,”ーー私たちをもっとも苦しめるのは自分自身につく嘘であるーー起こったことを認識し、感じたことを否定せず受け入れなければ、トラウマ治療はできない。

<英語読書チャレンジ 62 / 365> B. Kolk “The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Trauma” (邦題『身体はトラウマを記録する』) - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

●The Book You Wish Your Parents Had Read (and Your Children Will Be Glad That You Did)
子どものやることに腹立たしい思いをするとき、実は自分自身がしたかったのにできなかったことを思い起こしているせいかもしれない、という鋭い指摘を提起した『自分の親に読んでほしかった本』。

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 75 / 365> P. Phillipa “The Book You Wish Your Parents Had Read” (邦題『自分の親に読んでほしかった本』) - コーヒータイム -Learning Optimism- 

 

●How to Talk So Kids Will Listen & Listen So Kids Will Talk

「子どもは正しく感じれば正しく行動できる。そのためにはまず、子どもの感じ方を親が否定せず受けとめてあげる必要がある。さもなければ子どもは『自分の感じ方は信用できない』と学習してしまい、混乱し、怒りだすだろう」という考え方を示すが、これがまさに「右脳が司る感情の塊を、左脳が司る言語化能力で言語化することで、繋がりができ、筋道立てて考えられるようになる」やり方が阻害されないようにするものだ。

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 79 & 80 /365> D.J.Siegel “The Whole-Brain Child” (邦題『しあわせ育児の脳科学』) - コーヒータイム -Learning Optimism-

子どもと話すことは学ぶべきスキルである〜アデル・フェイバ&エレイン・マズリッシュ『子どもが聴いてくれる話し方と子どもが話してくれる聴き方大全』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

●The Self-Driven Child: The Science and Sense of Giving Your Kids More Control Over Their Lives
子どもへの接し方を脳科学分野から説明している本として『セルフドリブン・チャイルド』は秀逸。

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 78 / 365> W. Stixrud & N. Johnson “The Self-Driven Child” (邦題『セルフドリブン・チャイルド』) - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

●When the Adults Change, Everything Changes: Seismic shifts in school behaviour
子どもに必要なのは罰則ではなくお手本をみせてやることだと述べた『子どもは罰から学ばない』も良書。読書感想をおいておく。

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 77 / 365> P. Dix “When the Adults Change, Everything Changes: Seismic Shifts in School Behavior” (邦題『子どもは罰から学ばない』) - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

●『育児の百科』

妊娠期から就学前までにわたる子育ての必読古典。

【おすすめ】一家に一冊、育児の百科事典『育児の百科』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

●『子どもの「心の病」を知る』

四、五歳頃までの脳の可塑性、吸収力は極めて大きく、その時期に身につけたものが生涯を支配するといっても過言ではない。この極めて吸収力の高い時期を「臨界期」と呼ぶ。

だいたい六歳の誕生日より前に身についたものが生涯を支配するといい、この時期を過ぎてから身についたものを変えるのは多大な努力を支払わなければならない。これは私の実感からしてもそう。

子を持つ親が自省するためにこそ読んでほしい〜岡田尊司『子どもの「心の病」を知る』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

●『バイリンガル教育の方法』

バイリンガルの教育のメリット・デメリット、推奨されるやり方を学術的観点から分析した良書。

移民社会到来に備えた必読書〜中島和子『完全改訂版バイリンガル教育の方法』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

●『不幸にする親 人生を奪われる子供』

「不健康で過剰なコントロールをする親」とは、子供の成長をはぐくむためではなく、自分(たち)を喜ばせ、自分(たち)を守り、自分(たち)のためになるように行動する親をいう。

自分自身がこのような親にならないために。

まだ、間にあうと信じて。

親との関係を冷静な目で見つめなおすことは、これからの人生で最も役立つ『不幸にする親 人生を奪われる子供』 - コーヒータイム -Learning Optimism-