コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 85-87 / 365> Very Short Introduction (VSI) シリーズ: 銀行 (Banking) / 経済学 (Economics)

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

今回読んだのは オックスフォードが出版しているVery Short Introductionシリーズ。ある1つのテーマの基礎知識を数十ページかそこらの小冊子で紹介しようとする試みで、執筆陣はその道の専門家であり、入門書として読むのにとてもよい。

銀行をテーマにした本書はとてもわかりやすい。たとえば私は〈シャドーバンク〉という存在になにやら闇為替レートなどの胡散臭いイメージをもっていたが、本書では〈シャドーバンク〉とは銀行以外でいわゆる投資仲介業務 (financial intermediation) を行うものすべてを指し、ヘッジファンドETF特別目的事業体などもシャドーバンクであると説明しており、目から鱗。後半はほぼほぼ2008年の金融危機の説明に費やされ、その前兆(日本のバブル崩壊アジア通貨危機など)、直接的原因、残された影響について分析されている。

銀行のマネーゲームは底知れぬ深さがあるが、Securitization (証券化)&Repurchase (債券などを一定の価格で売り戻しあるいは買い戻しする条件を付した売買取引) で流動性確保するとともに投資を行うなどは、自動化・AI制御された高速取引が可能になった現代ならではに思える。

Economics in great measure tries to uncover the processes that influence how people’s lives come to be what they are. The discipline also tries to identify ways to influence those very processes so as to improve the prospects of those who are hugely constrained in what they can be and do. The former activity involves finding explanations, while the latter tries to identify policy prescriptions.

経済学はなにか、この一文がとてもよくまとめている。意訳するなら、経済学は、①人々の生活がなぜいまの姿になったのかプロセスを明らかにする(現状説明)。②そのプロセスに働きかけることで人々の将来を改善する方法を特定しようとする(経済政策立案)。

経済とは人々の日々の営みの集合体である。狩猟採集や農耕で得られたものを物々交換するもっとも原始的な経済体制から、貨幣経済、貿易、物価を安定させるために政府が行うさまざまな打ち手、さらに債券や株式やさまざまな投資・投機まで、経済活動は多岐にわたる。

本書ではアメリカとエチオピアで生活する2人の少女の境遇を比較検討するような形で、経済に影響する基本的要素として、GDP、生産性、社会的信用、社会資本などを説明する。論理構成は「経済的にゆたかな先進国の仕組みは、そうでない発展途上国よりもすぐれている。経済学者がやるべきことは先進国のどこがどうすぐれているかを分析し、それを発展途上国に応用することで彼らの経済状況を改善すること」に尽きるので、なんだかウエメセである。

どうも私は数学モデルを使用した経済理論構築というアプローチそのものにピンとこない。「人間は非合理的判断をするものである」という点が行動経済学以前はまったく考慮されていなかったというが、経済活動は人間のもっとも根源的な欲望に基づくものなのだから、その欲望を排除してどんな経済学研究ができるのやらと思う。金融工学にはこういうアプローチがハマるだろうけれど。

銀行と経済学ときたので、実際の人々の経済活動を記録したルポもついでに読んでみた。

本書はジャック・ロンドンの『どん底の人々』の流れを汲み、アメリカの貧困問題に光をあてた『ワーキング・プア/アメリカの下層社会』『ヒルビリー・エレジーアメリカの繁栄から取り残された白人たち』のはしりといえる、資本主義アメリカで人々が実際にどのように暮らしているかを書いたルポ。21世紀初めに出版されたが、いまなお読まれている。

著者のバーバラはクリントン政権が福祉改革案を推しすすめる中、新たに労働市場に参入するはずの「数百万人の時給6〜7ドルしかもらえない非熟練労働者たち」がどのように収入と支出の帳尻をあわせるのかを、古き良きジャーナリストのやり方、すなわち実体験を通して解き明かそうと試みた。彼女が己に課したルールは3つ。本当の学歴(生物学博士)を隠すこと、できるだけ高い時給の仕事に就くこと。できるだけ安い住宅に住むこと。

バーバラはまずフロリダ州で時給2.43ドル (+チップ (*1)) のウェイトレスとして働き、次いで時給6.65ドルの家政婦や掃除婦としてメイン州で、時給7ドルのウォルマート店員としてミネソタ州で働いた。仕事を探すにあたり、彼女はまずアメリカの合法的住民か、犯罪歴がないか、盗み癖がないか、薬物中毒者ではないか(尿検査あり)チェックされた。

レストランで働き始めてすぐ、バーバラは仕事をかけ持ちしなければ家賃を払えないこと、ときには屈辱的な扱いに耐えなければならないことに気づいたが、のちに介護施設で働いたときよりははるかにマシだったともいえる(*2)

バーバラの分析によると、このような「賃金水準が衣食住をーーとくに家賃をーーまかなうに足る水準よりも低い」、いわば経済学の需要-供給曲線理論にあわない状況をもたらしている原因はひとつではない。低賃金労働者がそうやすやすと仕事を変えられないこと、必要な情報を与えられていないこと(わざわざ公正労働基準法のことをレクチャーするマネジャーがいないように)、労働組合のように団結する機会に乏しいこと、そして政府側に「雇用機会さえあればうまくいく」という思いこみがあることなどが複合的にからみあう。ワーキング・プアのことはまだあまり認識されていなかったのだ。

(*1) 著者によると、 連邦最低賃金と時間外手当を規定している公正労働基準法 (Fair Labor Standards Act, FLSA) には、チップをもらえるウェイトレスなどの職種は時給2.13ドル以上払わなくてもよいが、チップ込みの収入が5.15ドルを下回る場合、雇用主は差額を補填しなければならないと定められているーーしかし、後半を説明してくれるレストランマネジャーは皆無である。

(*2) "ーーtrying to think of it as a restaurant, although in a normal restaurant, I cannot help thinking, very few customers smell like they’re carrying a fresh dump in their undies." という一節を読んだとき、dumpがどういう意味か知らなかったにもかかわらず、正しく理解できてしまった。