コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

周梅森《人民的名义》(テレビドラマ原作小説)

中国の人気連続テレビドラマをオンラインで見ており、時には原作小説を読んでいる(どちらも原文)。面白いものをこのブログでも紹介したいと思う。

私は現代中国書籍ではビジネス小説、テレビドラマ原作、テクノロジー関連を読む。それ以外のジャンルにはあまり手を出さない。中国のビジネス小説はいわゆるホワイトカラー、特に営業や人材開発を主人公にしたものが多いが、現代社会をかなりうまく反映している。

 

今回読んだのはテレビドラマになった小説。2017年3月から全55回にわたって放送された『人民の名義』だ。

テーマは現代中国社会でとてもタイムリーな汚職汚職事件捜査を任務とする最高人民検査院反腐敗総局偵察部部長の候亮平(ホウ・リャンピン)が、巨額の汚職事件を摘発した。容疑者の自白をきっかけに、漢東省京州市(なおこの名前の省及び市は実在しない)の副市長、丁義珍(ディン・イージン)が、担当している光明湖再開発プロジェクトにからんで、巨額の収賄を行っていることが明らかになった。

検査院の手が及ぶ前に、何者かの密告を受けて丁副市長はカナダに逃亡してしまう。そのやり方はあまりにも手馴れていた。パーティ中のホテルの裏口から脱出し、GPS追跡されている携帯電話を車の後部座席に置き去りにして途中下車し、タクシーで空港に向かい、違う名義のパスポートで堂々と国際線に搭乗したのだ。

さらにこの件を直接担当していた候亮平の同期で漢東省検査院反腐敗局局長の陳海(チン・ハイ)が交通事故で意識不明になり、植物人間になるかもしれないと診断された。交通事故には謎が多く、何者かが陳海の汚職事件捜査を阻止するために仕掛けた可能性があった。

一連の流れから、強大な黒幕が背後にいることは明らかだった。正義を貫くために、陳海の仇を討つために、候亮平は自ら乗りこみ、黒幕を探っていくーー。

 

開発・建設プロジェクト、ことに公的資金がからむものが贈収賄や談合の対象になりやすいのは、どこの国でも一緒だ。

このドラマでも例外ではなく、480億元(約8400億円) の公的資金による再開発プロジェクトが汚職事件の舞台だ。

丁副市長はプロジェクトを直接担当している。彼が収賄罪で捕まれば、投資会社は火の粉を恐れて手を引き、プロジェクトは頓挫するだろう。そうなれば市委書記(市長よりも上の役職で、地区の共産党員を総合的に管理する)である李達康(リ・ダーカン)の政治実績に消えない汚点がつく。つまり李達康には汚職事件を隠す動機がある。まずいことに、夫婦仲が冷え切っているとはいえ李達康の妻は銀行の投資部門責任者だ。たたけばほこりが出てもおかしくない。

一方、政敵であり、候亮平と陳海の恩師でもある高育良(ガオ・イーリャン)は汚職事件をオープンにして李達康を追い落とすことを狙う。このあたりの政治闘争、情報戦、読み合いだまし合いの心理戦が面白い。

 

ドラマの最大の見どころは、候亮平がいかにわずかな手がかりから一歩ずつ着実に進み、真の黒幕を見つけだしていくかだ。

黒幕を探す過程は地道な聞きこみ、証人探し、新事実の発覚など、どちらかというとミステリードラマ仕立てに近い。しかし、登場人物の肩書きとして政府機関の名称が山ほど出てくるわ、政治的関係も複雑にからみあっているわで、予備知識がなければ一度見ただけではわかりづらく、視聴者をある程度選ぶ。この辺りの組織上の違いは私もよくわかっていないため割愛。

もちろん細かいことを気にしなければ「正義は勝つ」という水戸黄門的なすっきりさを感じることはできる。だが多少のわざとらしさがあったのは残念。追いつめられた容疑者が急に昔馴染みの寒村を訪ねて、そこで最終決戦となるシーンなどは、かなり無理矢理に山場を作った感がある。ただの逮捕では盛り上がりに欠けると判断されたのかもしれない。(まあ二時間サスペンスの最後で必ず真犯人が波砕け散る崖を背に追いつめられるのに似ているか)

ちなみに日本では贈収賄は警察の刑事部捜査二課担当で、警察の捜査結果を受けて検査が立案するが、中国では検査院内の反腐敗局が直接捜査する。公安(日本の警察にあたる)とは別組織だから、ドラマの中ではしばしば検査院と公安が対立する。この辺りも勉強になって面白い。