コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

信頼障害としてのアディクション〜小林桜児『人を信じられない病』

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。酒、タバコ、違法薬物、買い物、性的行為……さまざまな依存症について情報があふれかえる中で「信頼障害」という観点から依存症をとりあげたのが新鮮であった。

 

本書の位置付け

本書は、依存症患者を実際に診察している精神科臨床医の立場から、依存症とはなにか、どのように依存症患者に向かいあえばいいのかを書いた本。

著者は前書きで「依存症を一つの大きなジグゾーパズルにたとえるならば、さまざまなマスコミや研究者たちのピースはすでに数多くはめこまれているが、連日連夜、外来でも病棟でも依存症の患者の診療に直接当たっている臨床医たちのピースが少なすぎたのだ。」と述べている。

 

本書で述べていること

世界保健機関ICD-10(国際疾病分類第一〇版)やアメリカ精神医学会のDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第五版)などといった診断基準によれば、アルコールや薬物などへの依存そのものではなく、依存によりその人の日常生活や心身健康にトラブルが起きているにもかかわらず、やめることができないとき、コントロールを失っていると判断し、アディクションを診断する。

本書では『信頼障害仮説』という仮説が提示され、ルポルタージュに近いかたちでこの仮説を提示するに至るまでのさまざまな経験、検証、思考実験が説明されている。 『信頼障害仮説』とは、依存症患者たちは『人』を信じられず、アルコールや薬物といった『物』、買い物といった『単独行動』しか信頼できない状態にある、という仮説である。

 

感想いろいろ

本書をなにがなんでも読もうと思ったのは、たまたま以下の一節が目にふれたからだ。

明白な生きづらさを生きのびてきたアディクトは、幼少期に近親者を失う不安感や、虐待、養育放棄、学校でのいじめに伴う耐えがたい苦痛を一人で我慢してきた。周囲に助けを求めようとしても、本来なら一番助けてくれるはずの親が加害者本人であったり、いじめ被害を訴えても「あなたがわがままだからでしょう」「そんなことあるわけないでしょう」などと取り合ってもらえなかったりして、彼らは人生の早い段階で他者にSOSを出すことを諦めてきた。

私だ、と思った。私は精神面の不調で他者にーー親にーーSOSを出さない一人だ。親は我が子を含めた他人の精神面に全然理解がなく、内容が正しければどんな言い方でもかまわない、という信念を持つ人であった。

つまり、アディクトは「我慢を続けてきた人」なのだ。だからこそ、彼らはアディクトではない人々より実ははるかに我慢強い。通常ならとっくに音を上げて、誰かに泣きつきたくなるような状況でも、アディクトは我慢し続ける。泣きつけるほど信頼できる、安心できる他者を彼らはもっていないからである。

私だ。私は泣きつけるほど信頼できる、安心できる他者を探しつづけていたーーついにそんな者はどこにもいない、今生にめぐりあうことはないと諦めるまで。

アディクトにとって「他者」とは自分に危害を加えたり、プレッシャーや不安を与えたりして何らかの苦痛を強いる存在、常に気を遣い、我慢しなければならない相手でしかない。

(中略)

アディクトたちは基本的に「人」と一緒にいると疲れるのであり、信頼関係ができて本音を言ってくれるようになると、「本当は一人でいるほうが楽」と答えるものである。

私だ。私は対人交流が怖いのだ。私は何度も社交的になろうとした。だが人と一緒にいるとどうしても怯え、疲れてしまうことを繰り返し思い知らされた。私にとって安心してつきあえる人とは【つきあうに値しない私という人間を、その気になればいつでも突き放せるほどに自立した強い人】であった。私はつきあうに値しない、が大前提だ。今でも。

アディクトははじめ頼りたかった「人」に裏切られ、今や頼りにしていた「物」にも裏切られている。それでも、ほんとうに苦しい時に「物」はかつて自分を助けてくれた、という記憶は残っている。「人」に助けてもらった記憶は、ない。だからこそアディクトは「物」に頼り続ける。「今度こそ、うまくいくはず」とみずからを奮い立たせながら、失敗を繰り返すのがアディクトのジレンマなのだ。

さいわい私はーー一時期病的にインターネットやオンラインゲームにはまりつつもーー一応社会的生活を送ることができている。だがそれはただ単に幸運だったからだ。少しでも、出会う人、選んだ行動が違っていれば、破滅する可能性はあった。

 

移民社会到来に備えた必読書〜中島和子『完全改訂版バイリンガル教育の方法』

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。必要に迫られて読んだ。

本書の位置付け

著者はトロント大学東アジア研究科の教授として日本語教育に従事するかたわら、一児の親として子どもを実際に日英バイリンガルに育てた。学術面や個人生活面、双方での深い見識を通して、バイリンガル教育の現時点での研究成果とあるべき教育システムについて書いている。幼児期からの英語教育に熱心な親たちだけではなく、地域社会で外国人移民がますます増えることが予想される時代、すべての人にとっての必読書。

本書で述べていること

本書ではバイリンガルの歴史を以下のように説明する。

1920年代から1960年代までは、バイリンガルは知的発達の遅れ、学業不振、情緒不安定などと結びつけて考えられており、「バイリンガル否定論」が横行していた。それに対してバイリンガルになることがマイナス面よりもプラス面の方が多いという「バイリンガル肯定論」が提唱され始めたのは、1970年代である。そして、その契機となったのがカナダのイマージョン方式によるバイリンガル教育の研究成果であった。

バイリンガル教育を実践するにあたり、大原則は母語をしっかり育てたうえで第二、第三の言語を上乗せしていくこと。とくに幼児にとっては言語能力がそのまま社会能力や状況理解能力に直結する。どちらの言語も年齢相応まだ発達していない「ダブル・リミテッド」と呼ばれる状態では知的発達にあきらかにマイナスである。母語が年齢相応であれば、知的発達にはプラスもマイナスもみられない。

本書では バイリンガルのメリットやデメリットはなにか、家庭、学校、地域社会でどのようにバイリンガル教育に携わるべきかについて、カナダをはじめさまざまな言語環境、移民環境を比較しながら、学術研究の成果に基づく実践的方法を紹介している。

感想いろいろ

わたしにとってはなによりもこの一文を読めたことが重要であった。バイリンガルを育てるうえで、母語をまずしっかり育てなければならない、という。

バイリンガルを育てる上で一番大事なことは、子どもが初めて出あうことば、すなわち母語をしっかり育てることである。その努力はまず家庭で始めなければならない。母語は子どもの土台となることばであり、第2、第3のことばの基礎となるものである。親のちょっとした日常の配慮で毎日のやりとりを通して子どもの母語は育つ。この意味で一番はじめのことばの教師は親である。この母語の基礎の上に、学校や年齢相応の課外活動を上手に選び、海外体験を適時に加えることによってバイリンガルの基礎づくりができる。

わたしのまわりではバイリンガルといえば子どもを英語漬けにすること、あるいは海外留学をさせることと認識している人がまだまだ多い。

しかし、①第二言語には堪能になったけれども逆に母語ができなくなり、母語しかできない両親や祖父母とのコミュニケーションがままならない、②母語第二言語も中途半端で年齢相応にできず、同年代との遊びにも苦労する、という実例がわたしの身近にある。その人たちはこの本を読んでいなかったのだろう。

母語というのはなにも一番流暢なことばというだけではない。ことばは文化そのものだ。ことばを使い親から子へ伝えられる気持ち、慣習、行動規範、価値判断は、そのまま子のアイデンティティの中核に居座ることになるのだから。自分のアイデンティティの一番核心に居ることを許した言葉が、その人の母語だ。

バイリンガルは、その母語を複数持つことのみを意味しているわけではない(もちろん母語を複数持つ人はいるが)。バイリンガル教育をするからこそ、母語教育を「万金の重みがある」ものとして重視しなければならない。このことを学んだのはなによりの収穫だ。

<英語読書チャレンジ 81 /365> R. Muchamore “CHERUB Series Book 1: The Recruit”

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

たまには子ども向けのシリーズを。語彙力獲得にはそれほど役立たないかもしれないけれど、ふつうにおもしろいし、日常表現を学ぶには意外にいい。

"CHERUB" シリーズは、第二次世界大戦中、フランスのレジスタンスで子どもたちや少年少女たちが活躍していたことに目をつけた英国人スパイが、帰国後、みずから17歳以下の未成年を訓練してスパイ集団を設立したという設定。この集団は現代まで存続しており、コードネームは "CHERUB"。いかにもティーンが好みそうな冒険活劇ものである。対象年齢は小学校中〜高学年というところか。

12歳の主人公ジェームズ・ロバート・チョーク (James Robert Choke) はいわゆるいい子ではない。非常に頭がよく、判断能力にすぐれているものの、喧嘩早く、ろくに授業を聞かないため学校の教師たちには好かれていない。一方で母親の悪口をいうクラスメイトをねじふせるという情のある一面をもつ(その際怪我させたために、ギャングであるその子の兄にボコボコにされるが)。ジェームズは父親が誰か知らず、母親は肥満で泥棒稼業、再婚相手のロンおじさん (Uncle Ron) は飲んだくれ、異父妹ローレン (Rauren) は小生意気、とまあ家庭環境もろくでもない。最新型のコンピュータゲームやおもちゃだけは母親が(盗品を)ふんだんに与えるから困らなかった。

そのろくでもない暮らしが一変する。鎮痛剤服用のため断酒を命じられていたにもかかわらず、ロンおじさんが酒をもちこみ、それを飲んだ母親が急死したのである。ジェームズは施設行き、妹はロンおじさんに引き取られる。その施設でジェームズはひょんな縁からCHERUBにスカウトされ、入隊試験に合格して正式訓練を受けることになる。

厳しい訓練を終えたジェームズに最初のミッションが命じられる。CHERUBでジェームズに水泳を教えている(彼は水泳が大の苦手だ)エイミー (Amy) と姉弟に扮して、 とあるコミュニティに潜入し、彼らとつながりがあると思われる過激な環境保護団体について情報収集するという内容であった……

 

子ども向けとはいえ、物語内容は決して甘くない。作中に "You can’t make an omelette without breaking eggs.” (卵を割ることなくオムレツをつくることはできない=なにかを犠牲にすることなくなにかを得ることはできない) という言葉がでてくるが、CHERUBのミッションに関わり、あるいは巻きこまれることで、人生を悪い方向に変えられる人々がいる、という事実が隠し立てされることなく描写される。そこがいい。

 

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 79 & 80 /365> D.J.Siegel “The Whole-Brain Child” (邦題『しあわせ育児の脳科学』)

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

この本は多読乱読した育児本のうちの1冊。邦題ら『しあわせ育児の脳科学』。

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は①。ベストセラー『ファクトフルネス』にあるように、ほとんどの人間は生まれながら心理的特性、思考方法の偏り、いわゆるバイアスやヒューリスティックをもつというのが心理学分野の通説であり(OSにデフォルトで搭載される情報処理アプリの「くせ」のようなもん)、そのような特性を理解していれば対人関係におおいに役立つ。

本書の位置付け

本書は、子どもによくみられる言動を、脳科学発達心理学の知見をもとに説明しようと試みている。 子どもの脳は発達段階であり、成熟した大人の脳とは異なる特性をもつ。この本は子どもの脳の特性を説明し、それぞれの段階の子どもにもっとも適切な接し方を提案している。脳科学についての基礎知識はある程度説明されるし、難しいところにはあまり踏みこまないため、予備知識なしでもすらすら読める。

本書で述べていること

脳の働きにとって一番大切なのは "Integration" (統合) である。さまざまな機能が統合されることで脳はうまく働くことができる。(逆にそれができなくなるのが〈統合失調症〉というわけ)。

およそ100億の神経細胞からなり、それぞれの神経細胞がおよそ10000の「繋がり」をもつこの臓器は、成長とともにーー年老いたあとでさえーー物理的に変化し続ける。神経細胞は繋がりあい、神経回路をつくり、より洗練した反応を返せるよう進化し続ける。

われわれの脳を物理的につくりかえるのは、われわれの経験である。本書ではさまざまな実例とともに、どのような経験が子どもの脳のどのような「繋がり」をつくるのか、また子どもの一見幼い言動はどのような脳の「繋がり」が(あるいは「繋がり」が未発達であることが)原因と考えられるか説明する。

感想いろいろ

"Survive and Thrive" (生き残り、繁栄する) という本書冒頭のフレーズが気に入った。子どもの脳の仕組みはわからなくても、子どもにうまく語りかけるやり方はいろいろ経験知が蓄積されていると思うけれど、これを脳科学から証明された感じ。子どもを育てる=脳を育てるという一面があるのは否定できない。

あわせて読みたい

ベストセラー "How to Talk So Kids Will Listen & Listen So Kids Will Talk" は「子どもは正しく感じれば正しく行動できる。そのためにはまず、子どもの感じ方を親が否定せず受けとめてあげる必要がある。さもなければ子どもは『自分の感じ方は信用できない』と学習してしまい、混乱し、怒りだすだろう」という考え方を示すが、これがまさに「右脳が司る感情の塊を、左脳が司る言語化能力で言語化することで、繋がりができ、筋道立てて考えられるようになる」やり方が阻害されないようにするものだ。

本書では、豊富な実例とともに子どもへの声掛けのやり方(たとえば子どもの感情を受け止めるやり方として、①子どもの言うことにちゃんと注意を払う、②相槌を打つ、③子どもの感情に名前をつけ、言葉で表現してあげる、④子どものやりたいことが成就したふりをして空想につきあう)を説明している。ちなみに子どもに何かをやらせたりやめさせるための5つのルールが紹介されており、個人的にはこれが一番役立ちそう。

1. Describe. Describe what you see or describe the problem. (見たものや起こりうる問題を述べる: 「ベッドに濡れタオルがあるね…」)

2. Give information. (情報を与える: 「ごらんなさい、シーツが濡れたよ」)

3. Say it with a word. (短い言葉にする: 「タオル!」)

4. Talk about your feelings. (親がどう感じたか話す: 「私は濡れたベッドでは眠りたくないよ」)

5. Write a note. (メモを残す: 「ありがとう!」)

子どもへの接し方を脳科学分野から説明している本として『セルフドリブン・チャイルド』は秀逸。

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 78 / 365> W. Stixrud & N. Johnson “The Self-Driven Child” (邦題『セルフドリブン・チャイルド』) - コーヒータイム -Learning Optimism-

子どもに必要なのは罰則ではなくお手本をみせてやることだと述べた『子どもは罰から学ばない』も良書。読書感想をおいておく。

<英語読書チャレンジ 77 / 365> P. Dix “When the Adults Change, Everything Changes: Seismic Shifts in School Behavior” (邦題『子どもは罰から学ばない』) - コーヒータイム -Learning Optimism-

子どものやることに腹立たしい思いをするとき、実は自分自身がしたかったのにできなかったことを思い起こしているせいかもしれない、という鋭い指摘を提起した良書『自分の親に読んでほしかった本』も。

<英語読書チャレンジ 75 / 365> 【おすすめ】 P. Phillipa “The Book You Wish Your Parents Had Read” (邦題『自分の親に読んでほしかった本』) - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 78 / 365> W. Stixrud & N. Johnson “The Self-Driven Child” (邦題『セルフドリブン・チャイルド』)

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

子育ては試行錯誤の毎日であった。

  1. 親に自分の考えを否定されまくりマイクロマネジメントよろしく日常生活から進学先まですべて指図された記憶しかない(もちろん親の考えを無理矢理押しつけられるまでがセット)
  2. 逆に言うことを聞いてもらえた記憶はない
  3. 口下手で考えを言語化するのがどうも苦手
  4. 基本思考がネガティブ後ろ向き
  5. 人づきあいが苦手

と三拍子どころか五拍子揃うわたしが、

  1. 子どもをありのまま受け入れたい、条件付きでない愛情を与えたい、自己肯定感を育みたい、自分自身のやることをコントロールできるのだという自信をもってもらいたい
  2. 子どもの言うことをちゃんと聞きたい
  3. 子どもに自分自身の考えを表現するのにじゅうぶんな言葉(理数系言語含む)を教えたい
  4. 子どもにポジティブに前向きになってほしい
  5. 人と積極的に交流してそれを楽しんでほしい

と、それまでの自分自身が受けてきた影響を全否定するようなやり方に挑戦するのだから、それはそれはしんどい。そもそもなにをどうすればいいのか自分の中に参照事例がない。だから手当たり次第に子育て本や心理本を手に取るしかなかった。

この本はその中の一冊。マイクロマネジメントが大嫌いなのに親のやり方を知らず繰り返してしまうわたしにはきっと役立つと思い読んだ。邦訳タイトルは『 セルフドリブン・チャイルド 脳科学が教える「子どもにまかせる」育て方』。

読み進めた中で一番刺さったのは【親にできるのは、子どもを支配することではなく、子どものモチベーションをうまくみつけだして、子どもが自分であれこれするのをサポートしてあげること】という考え方。わたしのやり方は【子どもを支配すること】が前提にあると気付かされたのは痛かった。【脳科学的には、状況をコントロールできないと感じるときに多大なストレスがかかる】のに、わたしはそのストレスを毎日我が子に強いていた(なんならわたしがイライラしているときは逆に我が子に気を遣わせた)のだから。

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

本書はわたしにとっての①が満載。大当たりといえる。

 

本書の位置付け

本書は育児本に分類されるが、神経科学と発達心理学の重要研究についてさわりを知るにも役立つ。

本書のメッセージは、「親の役割は、子供が望まないことを強制するのではなく、判断力が身につくように、自主的に考え、行動する方法を子供に教えることだ」ということである。ただし子供に全部丸投げするのではなく、【充分な情報にもとづく判断】をすることが肝要で、必要な情報を子供に与え(もちろん前提として与えられた情報を理解できるだけの言語能力と基礎的考え方を教え)、判断を下すサポートをするのは親の役割である。

研究によれば、状況をコントロールできていないと感じるときに脳は過大なストレスを受け、長期間にわたればうつ病摂食障害などになることもあるという。このような状況を避けるべき、子供たちの健全な精神を育むために、強制一方の育児をやめるために、親が具体的に取りくむべきことについても紹介する。

 

本書で述べていること

Without a healthy sense of control, kids feel powerless and overwhelmed and will often become passive or resigned. When they are denied the ability to make meaningful choices, they are at high risk of becoming anxious, struggling to manage anger, becoming self-destructive, or self-medicating. Despite the many resources and opportunities their parents offer them, they will often fail to thrive.

(意訳)健全なコントロール感(注: 物事や自分自身をコントロールしているという感覚)がなければ、子どもたちは自分が無力で、打ちのめされたと感じ、しばしば受身になり、諦めてしまう。自分自身で意味ある選択をする能力がなければ、子どもたちが心配性になり、怒りを制御することに苦労し、自暴自棄になり、沈んだ気分を癒そうとして酒や薬物乱用に手を出すリスクが高まる。そうなれば親がいくら資源や機会を与えたところで、子どもたちは成功から遠ざかりかねない。

脳科学的にいえば、判断能力を司る大脳の前頭前皮質(prefrontal cortex)が成熟するのは25歳前後、感情を司る部位が成熟するのはさらに遅れて32歳前後になる。

しかしもちろんそれまで大人が代わりに判断しなければならないというわけではない。逆だ。前頭前皮質をどんどん使うことで判断能力を鍛えることができる。とくに思春期には大脳が著しい成長をみせる。親の役割は子どもに判断材料を提供すること、子どもの判断や選択を尊重してサポートすること、そして、子どもが "enjoy = 楽しむ" ことを親業の最優先事項に据えることである。

感想いろいろ

この本を読んでいて、思い出したことがある。長らく忘れていた記憶。わたしは母親に「間違わせて」と頼んでいた。たぶん高校生のころ。どちらかが泣いていた気がする。両方かもしれない。

母親はわたしが「間違い」をしないよう先回りして全部決めたがる人で、わたしは「間違えてもいいからわたしに決めさせて、お母さんが決めないで」と訴えかけていた。結局それが聞き届けられることはなかったと思う。母は相変わらず高圧的で支配的で、わたしは相変わらず無気力で諦観的だった。

社会人になってから何年か経ち、上司に「あなたは人の言うことを聞き入れない」というようなことを言われた。「あなたは自分で間違えなければ学ばないタイプだ」と。そうかもしれない。わたしは間違える権利を奪われていたのだから。

この本にでてくる親御さんたちは、わたしの母親によく似ている。子どもの判断力を信用せず、子どもの代わりに「間違えないように」決めたがる。本人たちはそれが子どものためになると信じて疑わないだろう。だが子どもの立場から言わせてもらえば、親から毎日毎日言葉や態度で【あなたは信用するに値しない、私の言うことだけ聞いていなさい】というメッセージを伝え続けられるは、あらゆるメリットを吹き飛ばしてあまりある。

あわせて読みたい

子どもに必要なのは罰則ではなくお手本をみせてやることだと述べた『子どもは罰から学ばない』も良書。読書感想をおいておく。

<英語読書チャレンジ 77 / 365> P. Dix “When the Adults Change, Everything Changes: Seismic Shifts in School Behavior” (邦題『子どもは罰から学ばない』) - コーヒータイム -Learning Optimism-

子どものやることに腹立たしい思いをするとき、実は自分自身がしたかったのにできなかったことを思い起こしているせいかもしれない、という鋭い指摘を提起した良書『自分の親に読んでほしかった本』も。

<英語読書チャレンジ 75 / 365> 【おすすめ】 P. Phillipa “The Book You Wish Your Parents Had Read” (邦題『自分の親に読んでほしかった本』) - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 77 / 365> P. Dix “When the Adults Change, Everything Changes: Seismic Shifts in School Behavior” (邦題『子どもは罰から学ばない』)

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

本書は教育現場で教師のあるべきふるまいについて説いた本だけれど、子育てや家庭教育のヒントとしても良書。『子どもは罰から学ばない』というタイトルで邦訳されている。

 

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。教育困難校の子どもたちとの向き合い方についての実践的なやり方がたっぷり詰まった本。

 

本書の位置付け

著者はイギリスで数々の教育困難校を立て直してきた中で、子どもたちが処罰から正しい行動規範を学ぶことは期待できないと気づいた。心ある言動、一貫性のある行動をみずから率先して行い、根気よく子どもたちと向きあい、支援できる教師こそが必要とされる。変わるべきは子どもたちではなく大人側なのだ。本書は著者の経験に基づき、新しい教育支援のやり方を提案する。

本書で述べていること

本書ではいくつかキーワードが登場する。

"Pastral Care": pastor (牧師) care (世話、監督) という字面通り「牧師が信者に接するように、教師が生徒の勉学のみならず日常生活や人格面について教育する」意味。ハリー・ポッターシリーズのホグワーツ魔法魔術寄宿学校のイメージ。日本語のいわゆる【しつけ】に道徳教育がプラスされた感じか。

"Behavior Msnagement": 直訳は「行動管理」。ただし小手先の計画作りではなく、企業文化ならぬ学校文化を醸成することを目標とする ("In behaviour management, culture eats strategy for breakfast.")。教室での学校文化は、言うまでもなく、大人であり指導者である教師のふるまいにより決まる。

"Visible Consistency": 直訳は「目に見える一貫性」。教師の言動がころころ変われば、生徒は言うことを聞かなくなる。教師がシンプルな行動原則を打ち立て(覚えやすいものをせいぜい3つ程度)、一貫してそれを守る姿を見せるほうがよほどよい。

 

感想いろいろ

イギリスの教育困難校はいわゆる貧困地域にあることが多く、暴力や麻薬が蔓延し、中学生がナタをふりまわして殺傷事件を起こしたりする。このような地域で教育困難校を立てなおすのはなみたいていの困難さではないであろう。著者は凄い。しかも "It is when people can’t control their own emotions that they start trying to control the behaviour of others." (私訳: 人は感情を制御できなくなったときに、他人の行動をコントロールしようとしだすものだ)という名言の域にある記述をさらりと織り交ぜる。

本書にある「子どもにかける質問」を意識したい。

  1. What happened? (何が起こったの?)
  2. What were you thinking at the time? (その時あなたはどんなことを考えていたの?)
  3. What have you thought since? (あのあとどんなことを考えたの?)
  4. How did this make people feel? (まわりの人たちはどう感じたかな?)
  5. Who has been affected? (誰が影響されたかな?)
  6. How have they been affected? (どんな影響かな?)
  7. What should we do to put things right? (どうすれば修正できるかな?)
  8. How can we do things differently in the future? (今後はどうしようか、どうすれば違うやり方ができるかな?)

 

【おすすめ】<英語読書チャレンジ 76 / 365> A. Shrier “Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters” (邦訳『トランスジェンダーになりたい少女たち』)

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。
最近物議をかもしているこの本を原文で読んだ。私は、生物としてのホモ・サピエンスにとっては子孫を残す能力が最重要であることは疑いの余地がなく(でなければ少子化の果てに生物種として絶滅するからね)、いわゆるLGBTQはこの対象外であるという大前提に立つならば、人間社会であとは好きに人生を楽しめばいいと思う。

当事者たちを迫害するのはもちろん言語道断だが(そのような歴史が長く続いた)、逆差別レベルで持ちあげるのもどうかと思うし、一部のカウンセラーや医療従事者のように、自分が批判されたくないためにいい加減な診察でまだ自己認識がはっきりしない思春期の少女たちを「あなたはトランスジェンダーだ」と決めつけるのは明らかにやりすぎ。どちらのやり方も本質は同じ、いわゆるポリコレの枠に当事者を無理やりあてはめて安心しているにすぎない。またこれは偏見かもしれないが、タフであることを求められ、のんびり休職することなど許されず、一日も早く復帰するために向精神薬など即効性のあるものが好まれるアメリカ社会ならではの問題点もあるであろう。

そういう考えをもってこの本を読んだ。

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は文句なしの①。

 

本書の位置付け

本書はアメリカでトランスジェンダーを自認する少女たちが急増するという不自然な現象に注目している。少女たちの現状、少女たちをとりまく家庭、学校、教育委員会などの環境、法の整備、学術研究とその反響などさまざまな観点から分析しつつ、彼女たちの全員がトランスジェンダーとは限らず、流行に乗せられ、本来適切でない治療や手術を受けたことで心身に傷を負う少女たちがいることを明らかにし、トランスジェンダー賛美一辺倒の風潮に警鐘を鳴らしている。

 

本書で述べていること

著者は、トランスジェンダーと自認する少女が増加しているのはーーもちろん中には本当に男性の心をもつ少女もいるであろうがーー少女が接するまわりの人々の影響、さらには「流行」という言葉で表されるものの影響を排除できないと書いている。

以下の一節がこの本の内容をよくまとめていると思う。

The Salem witch trials of the seventeenth century are closer to the mark. So are the nervous disorders of the eighteenth century and the neurasthenia epidemic of the nineteenth century. Anorexia nervosa, repressed memory, bulimia, and the cutting contagion in the twentieth. One protagonist has led them all, notorious for magnifying and spreading her own psychic pain: the adolescent girl.

Her distress is real. But her self-diagnosis, in each case, is flawed—more the result of encouragement and suggestion than psychological necessity.

この状況は十七世紀のセイラム魔女裁判に重ならなくもない。十八世紀の神経症や、十九世紀の神経衰弱症の大流行にも同じことが言える。二十世紀には、神経性無食欲症〔拒食症〕、抑圧された記憶、食欲異常亢進(過食症)、自傷行為の伝染が見られた。そこには自身の精神的苦痛を声高に広めたことで名を知らしめた先導者がいる。思春期の少女だ。

少女が苦悩しているのは事実だとしても、心理学的に必要不可欠なことより励ましや助言に左右されがちな自己診断はどうしても誤りやすい。

 

感想いろいろ

一言感想。

「一昔前ならおてんば娘や男まさりと呼ばれていた男の子寄りの趣味嗜好をもつ思春期の女の子たち、人間関係や身体的変化でさまざまな悩みを抱えるのがあたりまえな女の子たち、なんならレズビアンだけれど性自認は女性である女の子たちにいきなり『あなたたちはトランスジェンダーです、性自認は男性です、まわりにそれを受け入れられないからあなたたちが悩むのです、トランスジェンダーとして扱われれば万事解決します』と学校やカウンセラーがこぞって言い張り、それを信じこんだ女の子たちがあれよあれよという間にホルモン治療や乳房切除術まで行ってしまう風潮を疑問視しているだけでは?どこが差別的?」

……全然一言じゃないな。

この本には本物のトランスジェンダーレズビアン同性カップルなども登場するけれど、差別的な書き方などなく、他人の個性や選択にあるべき尊重をきちんと払う書き方になっている。

 

「抑圧された記憶」について読んだことがある。虐待を受けた子どもは、自分の心が壊れてしまうことを防ぐために辛い記憶を忘れてしまうが、抑圧された記憶のためにしばしば精神的に不安定となる。正しく誘導することで抑圧された記憶を思い出し、怒りや悲しみを解き放つことで前に進むことができるーーという考え方だ。

この考え方自体にはそれほど問題がないと思うけれど、「虐待を受けた子ども」が前提にあることが「抑圧された記憶」を神聖不可侵としてしまった。被虐待児を救わなければならない、一人も見逃してはならない、という情熱に燃えたカウンセラーがしばしば誘導尋問に近い質問をして、あやふやな記憶を「抑圧されている」と決めつけられた人々が混乱を起こしたり家族関係にひびが入ったりした。一方で心理学的観点から記憶を研究し、記憶は不変ではなく繰り返される質問や誘導により改変されうること、行きすぎた誘導尋問はありもしない虐待の記憶をあると思いこませている可能性があることを指摘した学者は「あなたは犯罪者の味方をするの!?」と批判の嵐にさらされた。

感情的になるのはよくわかる。私も記憶が不変ではなくしばしば混同したりありもしないものをあると信じたりするものだと読んだときは、足元の大地が崩れ去るような不安感を味わった。

だが自分の不安感を解消するために、自分以外の人々を利用し、無視し、歪めたり排除したりしようとするのは、業魔の所業だ。

【業魔】とは、私が大好きな小説『新世界より』にでてくる存在だ。『新世界より』の世界観では、人類は全員超能力(念力=PK)を使用でき、イメージを現実に重ねることで現実にさまざまなものを生み出すことができる。ほとんどの人間は訓練された精神力をもってPKを制御できるが、ある種の精神病を発症した人間はPK制御のリミッターが外れ、イメージが暴走するままにのべつまなく無差別に現実を変え続け、本人が死ぬまでまわりを奇怪きわまりない状況にしてしまう。それが【業魔】である。

このトランスジェンダー礼讃もそうではないだろうか? 思春期特有の精神的不安定さ、性同一性障害ーーはっきりいえば理解がむずかしいものだ。だが人は理解できないものに恐怖や不安感を覚えるもの。だから当事者以外(大多数の人間だ)が安心できるために、理解できたふりをして、『トランスジェンダーだと認めれば万事解決、さあ治療しよう』とレッテル貼りしているのではないだろうか?