コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

天才女医の診断事件簿〜知念実希人『天久鷹央の推理カルテ』

地域医療を担う、病床数600以上の天医会総合病院。そこには統括診断部という変わった部門があり、所属員は部長である女医・天久鷹央と所属医・小鳥遊優のたったふたり。膨大な知識を有し、超人的な記憶能力、計算能力、知能、好奇心をそなえながら、人付き合いが極端に苦手でとことん変わり者の鷹央のもとには、院内各科で「診断困難」とされた患者や、院外で起きた事件の相談依頼が集まる。それらの謎を、鷹央は小鳥遊とともに解き明かす。

 

天久鷹央の推理カルテ』シリーズは短編から長編までさまざまあるけれど、今回読んだのはシリーズ第1作。

第1作は4つの短編からなる。著者が現役医師だけあり、医療知識や病院の様子はとことんリアルである一方、鷹央の破天荒ぶりと小鳥遊の振りまわされっぷりはいかにもフィクション。なにしろ鷹央は論理的思考が突き抜けて「カッパはいるかいないかわからないが、捕まえられたらすごい」という理由で、釣竿ときゅうりを小鳥遊に押しつけ、カッパが出たという池で延々釣りをさせるほどである。

その反面、鷹央はまったくといっていいほど空気が読めず、その弱点を自分でも自覚している。作中で人工中絶が話題になったときに、鷹央がこぼした言葉がそれを如実にあらわしている。

「答えなんかないさ。これは正解を一つに絞れるような、科学的問題じゃない。正解も不正解もない倫理的問題なんだ。私は科学的問題を解くことに関しては天才だが、倫理的問題には無力だ。倫理とは社会の "空気" が決めることだが、私にはその能力が欠けているからな」

私にとっての魅力は、痛快な「診断」はもちろん、完璧超人とダメダメ人間の両極端をふりこのように行ったりきたりしながら、ふだんは上から目線の鷹央がふとした瞬間に自分の無力さをかみしめたり、弱音をこぼしたり、小鳥遊や研修医・鴻ノ池の助けを求めたりするところだと思う。そういうときの鷹央はひどく人間臭くてごまかしがないから。