コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

『戦略の不条理 なぜ合理的行動は失敗するのか』(菊澤研宗著)を読んだ

「戦略」という言葉は軍事の世界で生まれ、経営学の世界でも使われるようになった。この言葉が意味するものは経営学と軍事とでまったく異なるとされるが、実はとても似通っていると著者はいう。軍事的戦略は競争社会で勝つためのヒントとなるのだ。

著者は、戦略思想を展開するにあたり三つの世界を前提とする必要があると主張する。「物理的世界」「心理的世界」「知性的世界」だ。

(1)「物理的世界」とは物質的なもの。たとえば軍隊や武器装備。ビジネスでは売ろうとしている商品。

(2)「心理的世界」とはある出来事に対する人間としての心理的反応。たとえば士気、死の恐怖、愛国心。ビジネスでは商品に対するお客の好き嫌い、商品購入によるメリットデメリットの主観的判断。今年ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学はまさに人間心理が経済活動にどう影響するかを研究している。

(3)「知性的世界」とはイメージ、固定概念、知識、技術、権利などの概念世界。たとえば「常勝将軍」というイメージ戦術。ビジネスでは値段交渉の労力、説明書を読む手間、商品を置くスペースを空ける手間、メンテナンスのためにかける手間、などの非効率性がここに入る。

この本のタイトルともなっている「戦略の不条理」は、一見合理的な判断にもかかわらず失敗してしまうことだが、それは三つの世界のうち、ある特定の世界だけできわめて合理的であるからであり、別の世界ではまったく不適合となっているため失敗するのだ。

たとえば心理的世界に注目し、行動経済学の中心理論ともなっているプロスペクト理論がある。ある人間がプラスの心境にあるならば、さらに多くの利益を得ても心理的価値は大きく向上することはないが、少しでも失敗すると心理的価値はがた落ちする。逆にある人間がマイナスの心境にあるならば、さらに失敗しても心理的価値はたいして下がらないが、少しでも利益を得れば心理的価値はぐっと上がる。するとなにが起こるか。戦争で勝っている間は慎重になり、負けつづれば玉砕覚悟でリスクの高い戦術を取るようになる。リスクの高い戦術は物理的世界、すなわち戦力差から見れば不合理でも、心理的世界からは合理的になるのだ。

このように、三つの世界を考えてビジネス戦略を練るべきだというのが著者の主張だ。どれか一つではいけない。また硬直した戦略ではいけない。三つの世界を同時に考え、絶えず状況によって戦略を修正することによってのみ、戦争に、そしてビジネスに勝つことができる。