コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

経済理論と実体経済の相違〜大村大次郎『教養として知っておきたい33の経済理論』

なぜこの本を読むことにしたか

トマ・ピケティ《21世紀の資本》の解説書で、《21世紀の資本》は膨大なデータの分析によりノーベル経済学賞を受賞した経済学者の理論をひっくり返した点で画期的であったとあるのを読んだ。これがきっかけでいま参照されている経済理論にはどんなものがあるか知りたくなり、本書を読んでみた。

 

本書の位置付け

本書はわれわれが普段見聞きする「神の見えざる手」などの経済理論について、どういう意味で、どういう背景により導き出されたかを解説する入門書。元国税調査官として見聞きした著者の現場体験に基づき、経済理論と実体経済の相違についてもある程度述べているのが特徴的といえる。

 

本書で述べていること

タイトル通り、33の経済理論について解説している。経済理論といってもいわゆる経済学だけではなく、行動経済学(経済学と心理学のミックス)に属するものもしばしば登場する。すべてをここに書き写すことはしないけれど、面白いものをいくつか「感想いろいろ」に覚書。

 

感想いろいろ

読んでいくといろいろ驚きがあったり思いあたるフシがあったりして面白いが、後半になるとビットコインのように「これは経済理論なのか?」というものが登場したり、紙幅の制限のためか解説が浅く、お金のしくみの欠陥のように非常に面白いテーマについてあまり深く掘り下げられていなかったりするのが残念。

33の経済理論の中でもとくに興味深いものをいくつかピックアップする。経済理論No.は本書の数字そのまま。

 

<経済理論No.01 コンコルドの誤謬>

「たくさんの投資をしたプロジェクトは、途中で失敗だとわかってもなかなかやめられない」⇨心理学理論だと思いこんでいたけれど、経済理論、それも有名な「埋没費用効果 (sunk cost effect)」の別名だと知って驚いた。

 

<経済理論No.05 "無制限" のゲーム>

「一回きりのゲームでは人は自分のことしか考えないが、無制限にゲームが繰り返されると相手と協力するようになる」⇨これは島国に暮らす日本人がやたら絆だの協力だのを強調しまくるのを説明するのにぴったりに思える。

 

<経済理論No.06 最後通牒ゲーム>

「人は自分が損をすることになっても、誰かが得になることを阻むことがある」⇨思い浮かぶことがたくさんありすぎる。著者もこの項でさらりと怖いことを書いている。

どこのだれとも知らない人にさえ、これほど強い嫉妬心を抱くのだから、見知っている人に対しての嫉妬心というのは、相当なものだと考えられます。(......)税務署には、脱税の密告情報が時々寄せられます。実はこの密告情報のほとんどは、ごくごく近しい身内の人間によるものなのです。

 

<経済理論No.13 - 15 アダム・スミスの経済理論>
「下層の人々は、社会の大部分を占めている。社会の大部分の人々が豊かになることは、社会全体の隆盛と幸福のために欠かせないことである。そして、それは社会にとって公正なことでもある」 (『国富論』第1編第8章)

「あらゆる階層の人々が、それぞれの担税力に応じて納税すべきである。税は地代、利潤、賃金に対して課せられているが、このうちのどれか一つに偏ってはならない」 (『国富論』第5編第2章)

これらはごくあたりまえの考え方だと、21世紀に生きる私は勘違いしていたけれど、この考え方を広め、とくに後者を税制度設計の基本思想にまで高めたのは『国富論』なのだと思うと、いかに経済思想が国家制度に大きな影響を及ぼすかがよくわかる。これはぜひ『国富論』を読まなければならない。

 

<経済理論No.23 - 24 シャハトの経済理論>

「経済政策は科学ではない、一つの技術である、だから確固不動の経済方策や不変の経済法則について云々するのは誤りである」

「資本主義的経済方法の応用なきいかなる社会主義的経済方法も考えられず、各経済階級間の社会主義的協調なきいかなる資本主義経済も存立しない」

資本主義と共産主義が鋭く対立していた時代に生きたこの人の言葉は、先見の明があると思う。シャハトの経済理論についても調べてみるつもり。