コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 17 / 365> H. R. McMaster “Battlegrounds: The Fight to Defend the Free World”(邦題『戦場としての世界 自由世界を守るための闘い』)

思いつきで英語の本365冊読破にチャレンジ。ページ数100以上、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日

本書の邦訳タイトルは『戦場としての世界 自由世界を守るための闘い』。原書タイトルもほぼ同じ。

 

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。本書は自由世界が抱えているさまざまな安全保障上の問題とそれをもたらしている敵を整理し、敵対側の歴史、論理やイデオロギー、対米感情などを学ぶことで、今後必要となる安全保障対策を打ち立て、次世代に自由と繁栄をもたらす一助とする試みである。

 

本書の位置付け

表紙の眼光鋭い軍人が著者で、1984年に名門ウェストポイント陸軍士官学校を卒業してアメリカ陸軍に入隊して以来、2018年に退役するまで、30年以上の軍事経験があるベテランであり、トランプ前大統領政権時代の国家安全保障担当補佐官もつとめた。

本書は7つの国家及び地域ーーロシア、中国、南アジア、中東、イラン、北朝鮮、北極地域ーーの歴史、現状、経済政策や外交政策、今後の展望をまとめ、アメリカがこれらの国家及び地域にとるべき政策の方向性を提言している。外国のことをよく学び、戦略的視点からさまざまな動きが意味することを読み解いている本書は大変読みがいがある。

 

本書で述べていること

ここでは7つの国家及び地域のうち3つについて覚書程度に。

第1部: ロシア

ロシアは偽情報発信、反ロ政権転覆、西側諸国の国内分断と対立をあおることにより、市民たちに自国政府や民主主義に対する自信を失わせ、大量の偽情報にさらされて疲れ果てたあげく政府発表そのものを信用しなくなるように仕向けている、というのが著者の見方。それがある程度成功しているとも。

クレムリンの動きの背後にあるのは、冷戦敗北とソ連解体により失われた栄光への執着、かつてはアメリカと世界覇権を争うほどであったロシアがただの地方勢力に転落することへの恐れ、傷つけられた誇りを回復し、ふたたび世界の大国に返り咲く野心であると著者は見ている。たとえプーチンクレムリンの主でなくなってもこの傾向は続くだろう。

ロシアがやろうとしていることに対し、著者はそれを阻止するような手を打つことを提案する。すなわち、内部分断を避け、民主主義や政府への自信をとりもどさせる努力をし、ロシアの偽情報に踊らされる西側諸国の市民を減らす試みである。

第2部: 中国

中国を理解するには、中国歴史の文脈を理解しなければならない。トランプ大統領就任直後の中国訪問で、習近平主席はトランプ大統領を歴代中国皇帝の居城たる紫禁城でむかえ、「中」央にある「国」たる中国の威光をアピールした。そのマインドは、清王朝時代、イギリスからの使者が乾隆皇帝を訪問したとき「わが大清王朝に臣属し、朝賀を申し出るためにやってきたにちがいない」と頭から決めてかかっていたころとさほど変わらない。

中国の狙いは、経済面や地政学面での自国の影響力を強め、アメリカの影響力を弱めるところにあり、アメリカへの脅威という点ではロシアにも勝る。中国の脅威は、この方針が政府、経済界、学術界、軍事領域のすべてに浸透している点にある。1978年に中国を世界経済体系に迎え入れるにあたり、中国市場解放、経済民営化が期待されたが、現実はこのとおり進んではいない。

中国が自国影響力を強めるために推進しているのは三つ。「中国製造2025」「一帯一路」「軍民融合体」である。「中国製造2025」は外資系企業の中国進出において中国企業とのジョイントベンチャーや技術移転を強制し、中国企業を通じて外資系企業が保有する技術をあらかた吸い上げたところで類似の国産製品をつくらせて市場シェアをにぎるやり方。「一帯一路」は地政学上重要な拠点となりうる国家のインフラ、港湾施設などを建設するために巨額の借款を約束し、中国人労働者を派遣して外資をかせぎ、借款が返せなくなれば対象施設を接収するやり方。「軍民融合体」はすべての中国企業および国民に外国からの情報取得を義務付けるやり方である。これには留学生を海外大学などに派遣してその研究内容を不正に持ち帰らせることなども含まれる。

なお、習主席が文化大革命中にひどいめにあったにもかかわらず、毛沢東思想に傾倒し、文化大革命を肯定するようふるまうことについて、著者は「ストックホルムシンドロームではないか」と、なかなか面白い見方をしている。もちろんそれだけが理由ではなく、 "Losing control of the past is, for autocrats, the first step toward losing control of the future." (独裁者にとって、過去を支配できないことは、未来を支配できなくなることに通ずる第一歩である)と書いているとおりなのだが。

 

第3部: 南アジア

ここでいう南アジアはミャンマーからアフガニスタンまでの地域のことである。アフガニスタンで20年間近く戦争が続き、インドとパキスタンーーいずれも核保有国ーーが反目しあうため、この地域は世界規模で見てもまとまりの悪さでは指折り。
著者は、アメリカはアフガニスタンに対して都合の良い幻想を抱いているという。①対テロリスト戦法のみで充分である、②タリバンアルカイダなどの国際テロ組織から切り離すことは可能である、③タリバンが信頼に値する交渉相手である、④パキスタンタリバンやほかのテロ組織への支援減少に同意すること、である。もちろん幻想と現実は異なるため、アメリカのやり方はうまくいっていない。

パキスタンのテロ組織への支援は、インドへの敵対行為としての意味をも持つ。インドはアメリカにとり世界最大の民主主義国家であり、インド太平洋地域において中国勢力を牽制するためのパートナーであるが、パキスタンのテロ組織と核武装に悩まされている。

 

感想いろいろ

It seemed likely that Putin, emboldened by perceived success, would become even more aggressive in the future.

(ロシアによる2008のグルジア侵攻やサイバー攻撃などの工作について)これらを成功と受け止めたプーチンがより大胆となって、今後より攻撃的に出てくる公算は大きそうだった。

著者の予言は残念ながらウクライナ侵攻で事実となってしまった。著者はみずからの経験を通して、歴史を学ぶこと、敵を知ることの大切さを痛感したというが、プーチン大統領がかかげる「栄光の回復」はまさにロシアの歴史を知らなければ理解できないものであろう。プーチン大統領ソ連時代にウクライナを構成共和国と定めてある程度自治権を与えたのはレーニンの大失敗であると断じ、ロシアの理想像をさらに昔のピョートル大帝治世時代に求めているが、失われた栄光に執着する点では同じである。

中国もまた、アジアでは長きにわたって支配的地位にあり、諸外国は中国の歴代王朝に使者を派遣し、忠誠を誓うこととひきかえに主権を承認される立場であった。諸外国は中国に対して臣下の礼をとるべき存在なのである。それだけに20世紀に入ってからの中国近代史は言葉にできないほど屈辱的なものであり、西側諸国をたたきのめし、かつての威光をとりもどすことが現政権の悲願である。

そのほかの地域について私は詳しくないので、歴史含めて大変面白く読ませてもらった。アメリカがインドを南アジアにおける重要な戦略パートナーと位置付けていることには少々意外であった。私が中国人知人から聞いたインドの評価は「カシミール地方の国境紛争で一度もまともに勝てたことがないし、経済成長は停滞、人口ばかり多くて教育水準は低い、公衆衛生や医療制度はむちゃくちゃ、カースト制やら家族制度やらでビジネスは非効率、イギリスの植民地支配が長かったせいで一握りのエリート以外はろくに頭を使おうともしない。あんなのが中国の相手になるわけないだろ」であったので。

まあでも南アジアの面子を見るに、インド以外はほぼアメリカの敵対国だからほかに選択肢がないのであろう。そのインドにしても、ウクライナ紛争ではロシア制裁になかなか加わらず、ロシアの石油や天然ガスを買いこんで転売するようなことをしていたようだから、アメリカと足並みがそろっているとはとてもいえないのだが。

本書の目的が「アメリカ人をはじめ自由世界の人々に、自分たちの正しさについて自信を持ってもらうこと」にあるため、自由貿易や民主主義のすぐれている点を強調しているところが多々ある。このポジティブさは政府のあれがダメこれがダメという報道に慣らされた日本人読者にはちょっとなじみうすいが、嫌いじゃない。