あまりにも面白くて一気に読んで、これからも何度も読み返したい名著。
どんな交渉においても、良い条件で取引を成立させることと、交渉相手との関係を強化する、という2つの異なる目的がある、という点を忘れてはならない。
昨日読んだ外資系の交渉術の本は、さしずめこのことをもっとていねいに、実例を交えて語ったものにあたるのだと思う。こちらにとっての良い条件でまとまったところで、不利な条件を呑まされた相手が「こいつとは二度とつきあうものか」などと腹を立てていたら、長い目で見ると損なのだ。
また著者は、交渉とは価値を分け合うパイの切り取り合戦だけではないと述べる。
交渉者は、あらゆる機会を捉えて価値を創造すべきである。相手が自分以上に重視する事項があれば、相手にそれを取らせる。だが、与えるのではない。売るのだ。
この「交渉による価値創造」がとてつもなく面白い。
複数の論点をテーブルに載せ、比較検討するのがコツだ。例えばA社がB社から商品を買うとしよう。A社とB社がそれぞれ違うものを重視していれば、価値創造できる可能性がある。二社とも利益重視なら価格交渉に集中するだろう。だがA社が納期短縮、B社が利益を重視するならば、ここから交渉を始められる。A社が多少価格を上乗せすることで、B社が納期を短縮すれば、両方にとって価値があがるのだ。まさに理想的なwin-winで面白い。
この本にはバイアスと心理活動のことも多く登場する。人間は神のように公正ではない。自分がすぐれていると思いたがるし、正しいことをしていると思いたがり、一度決めたことは変えたがらず、変えなくてもいい根拠を探したがる。そういう思考の偏りがバイアスだ。交渉の場も例外ではない。
戦慄を覚えたのは、著者がバイアスについて紹介した長い3章の終わりにこう書いたことだ。
ジャーナリストや政治家、スポーツキャスターなど、その道の「専門家」と称される人たちのコメントは、これまで論じてきたバイアスのかかった意思決定プロセスの最たるものである。だが、偏っているのは彼らばかりではない。たった今、あなたが犯す最悪の間違いは、他人がいかに偏っているかについて書かれた3章を読み終えたと思うことだ。
最初に読んだときには最後の一文の意味が分からなかった。意味が分かった瞬間、恐怖にも似た感情に貫かれた。
まさに私は最悪の間違いをした。
そう突きつけられる表現だった。この一文が私に一番深い印象を与えている。