コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

常識を捨ててただ信じよう、そうすればそれ以上のものを得られるだろう〜ジョージ・ジョンソン『量子コンピュータとは何か』

私は大学で量子化学を学ぼうとしたが数ヶ月で投げ出した。わけがわからなすぎる。すべては数学や数式の世界で、直感的に理解できることはひとつもでてこない。

「物質は波である」

「原子がどこにあるのか、どういう動きをしているのか、この二つを同時に知ることも、一つを正確に知ることも理論上不可能で、不確定性が残る」

「原子はこの空間のどこかにいるけれど、どこにいるかを知ることは不可能で、どこにいる可能性が高いかを知ることしかできない。可能性は確率分布で表現される。確率分布空間はある形状をとる。これを便宜上、軌道と呼んでいる」

……宇宙語かな??

あまりにわからなすぎて投げ出し、それ以降、量子と名のつくものはなるべく避けるようになったが、ここ最近話題の量子コンピュータには興味をもち、直感的に理解できそうな本を読んでみよう(むりそうならすぐ投げ出そう)と思った。

読んでみると、本書は非常にわかりやすかった。数式なしでおおざっぱな理解をわかりやすく説明してくれる著者に感謝。〈数理を愉しむ〉シリーズはハズレが少ないから好き。ちなみに著者は、直感的に量子力学法則を理解できない人間を、マクロの世界の常識に目をふさがれているからだ、人間の脳は量子の法則を直感的に理解するようにはできていない、と一蹴する。

 

量子コンピュータの原理は、それが全然理解できないことを除けば、とてもシンプルだ。

おおざっぱに言えば、原子は回転するコマだと考えることができる。原子が時計回りに自転しているか反時計回りに自転しているかによって、コンピュータの共通言語である二進数(ビット)の0と1を表現できる。

……

原子の中の微小な空間では、現実(人間の立場から見て)に対する通常の規則は通用しない。われわれの常識に反して、一個の粒子は同時に二ヶ所に存在できる。従来のコンピュータに使われているスイッチはオンかオフか(1か0か)のどちらかの状態しか取れないが、量子スイッチは不思議なことに同時に1と0の両方の状態を取れるのだ。

同時に1と0の両方の状態を取れるゆえに、量子コンピュータは「同時に複数の情報を記憶でき」「同時に複数の計算を行うことができる」。量子コンピュータの強みはわずかな(電子顕微鏡でなければ画像として見ることもできないような)空間で、膨大な情報記憶量と驚異的な計算速度を実現できる可能性にある。

これは純理論ではなく、すでに数個の原子で量子コンピュータの理論は実現している。ではこのわけのわからないものはなにに使えるのか?

困ったことに……暗号解読の強力な武器になる。

現在最もよく使われている公開鍵暗号ーー軍事機密からオンラインショッピングのクレジットカードまてーーは、因数分解を利用している。公開鍵暗号によって作成された暗号は、実はコンピュータにより解読可能だ。ただし、解き終えるまでに地球が滅びかねないほどの長い長い時間をかければ。公開鍵暗号は「桁数の大きい因数分解には死ぬほど時間がかかる」という前提に拠っている。だが量子コンピュータはこの前提を破壊してしまいかねない。

量子コンピュータを実現させるためには、まだとてつもない課題を何個もクリアしなければならない。量子系自体が非常に壊れやすいものだし、量子を操作するためには極高真空や極低温、強力な電磁波などが必要になる。量子コンピュータが実際にものになるかどうかは、誰にもわからない。

だがまだ量子コンピュータの実用化は始まったばかりだ。著者は繰り返し、現在私たちがあたりまえのように使いこなしているパソコン、スマートフォンタブレットなどの機能が、わずか50年前には、ビル1個分の装置と数百万ドルの投資を必要とするほどのものだったと強調する。50年後、私たちの子供世代や孫世代が、あたりまえのように使いこなす技術のひとつに、量子コンピュータが含まれないとどうして言い切れるだろう?

コンピュータ自体の仕組みは神秘的でもなんでもないと著者はいう。1と0を表現でき、ある規則に従って1と0を変換することができ、変換したあとの結果を正確に読み取ることができればよい。量子コンピュータはそれを、奇妙な物理法則に支配された量子世界でやっているにすぎない。

どの場合も、基本的アイデアは同じである。何か粒子を捕まえ、二つの量子状態に好きなように1と0を割り振る。使うのは、スピン、エネルギー、力学的振動、電荷、どれでもかまわない。大事なのは、その粒子を同じようにラベル付けした別の粒子と相互作用させることだ。そして実験条件を調節して、相互作用前の粒子の状態に応じて相互作用後の状態がはっきりと決まるようにする。計算とは、1と0からなるあるパターンを別のパターンに変換することだ。

果たして50年後、私たちの子供たちや孫たちが、あたりまえのように量子コンピュータ搭載のなにかを使いこなす日は来るのだろうか?

私はそれを楽しみにしている。量子力学という、やっぱりどうしても意味不明なものを理解するのはあきらめているが、それがもたらす恩恵はちゃっかり享受したい。考えてみれば私たちの身の回りには先人の知恵の結晶が集まっているわけで、そこに量子コンピュータが加わるのかどうか、楽しみ。