コーヒータイム

日々読んだ本の感想。時々日常。

『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』(ジェームズ・R・チャイルズ著)を読んだ

読書ルールを変えることにした。これまでは一日一冊読破を目指していたが、そうすると「一日で読み切ることができる分量の」本にしか手が伸びなくなり、本当に読みたい『銃・病原菌・鉄』のような重厚な名著に手を出すのを控えてしまう。これからは最大3日で一冊読むことにする。

一冊の本を一つの都市国家にたとえるならば、『キノの旅』シリーズにある、一つの国に滞在するのは3日まで、というルールにあたるだろうか。ちなみに私は「優しい国」と「アジン(略)の国」と「フォトの日々」が好きだ。

 

この本は失敗学の名著だ。

失敗学について学ぶとき、私は昔読んだ雑誌掲載の素晴らしい短編小説をよく思い出す。たった数ページの小説だ。ある平穏な海域で沈没事故が起こり、乗員全員海に消えた。救助船は現場でガラス瓶を見つけた。中には33名の乗員全員の名前と短い書き付けがあった。「x月x日。私は⚫︎⚫︎港で電気スタンドを購入しました。」「x月x日。私は『その電気スタンドは重心が高くて倒れやすいね』と言いましたが、それ以上注意を払いませんでした。」から始まり、見回りで部屋の中まで確かめなかった、消防設備点検のためスイッチを切った、ブレーカーが落ちたがその意味を深く考えず上げた、と、小さな出来事を並べ、最後に船長の名前でこう書いてあった。「19時30分、事態を把握した時には、電気火災で船員部屋が二つ焼け落ちていた。我々は懸命に努力したが消火できず、ついには船全体に火がまわった。我々一人一人が犯した間違いは小さなものだった。だがそれが取り返しのつかない大きな間違いに発展してしまった。」

この本は短編小説の現実版だ。著者は、失敗というものが、ひとつのシステムのなかで、スローモ ーションの衝撃波のようにじわじわと広がっていくさまを示しているものだと述べる。機械損傷、システムエラー、設計不備、運用不備、ヒューマンエラー…一つ一つは小さな失敗でも、それが重なって致命的事態になる。

1982年2月14日、石油掘削リグ「オーシャンレンジャー」が荒天のさなか、バラスト海水を大量に取りこんでバランスを崩し、北海に沈んだ。まず設計不備があげられた。ひとつは、重要な電子制御室が波のかかる位置に配置されたこと。また、脚部にいくつかの穴があけられていたため、海水が流れこむ危険性があったこと。次に作業員がオーシャンレンジャーの設備特性を知らなかったこと。バラスト海水を汲み出すサクションポンプは大気圧を利用しており、オ ーシャンレンジャーが船首の方向にかたむくと、船尾部にあるポンプでは、低くなった船首部のタンクから海水を吸引することはできない、という重大な事実を作業員は知らなかった。また、操作パネルの電源が落ちたら、バラスト海水をタンクに入れるためのバルブは自動閉止するが、電源を入れ直したら開くことも考慮されなかった。

なお悪いことに、設備が巨大化・複雑化するにつれて、その内部を目で見ることができなくなり、中でなにが起こっているのか把握するために、計器類に頼るしかなくなるが、しばしば計器類の計測結果が間違っていたり、その意味を作業員が正しく読み取れなかったり、計器類自体がダウンしたりする。著者はこれを「盲点をもったシステム」と呼ぶ。内部の動きが運転員の視界から隠されているようなマシン、人間は精神的圧迫を受けると飛躍した結論をだす傾向が強いのにもかかわらず、それを克服できるほどの単純明快さをもった計器が備わっていないマシンのことだ。

盲点をもったシステムにヒューマンファクターが加わると、事態はいっそう複雑になる。非常事態になると極度に集中する傾向が人間にはあるからだ。これは認知ロック[認知の固着]と呼ばれることもある。産業事故の現場に居合わせた人びとが、事故の初期段階での原因解釈にしがみつくあまり、あとからさまざまな証拠が出てきても解釈を変えないことがあるのはこのためだ。彼らは相反する情報があっても、そんなものに気をとられていては時間の無駄だと考える。だが初期段階の原因解釈が間違っていたらどうなるか?  ーー1979年3月28日のスリーマイル島原発放射能漏洩事故が、そうしたことが重なった結果の一つだ。

ひとつひとつの事故を丹念に調べていくと、その背後には実にさまざまな小さな出来事が重なっているものだと、この本は教えてくれる。ある貨物係が力任せに飛行機の貨物室の扉を閉めた。ある点検係が機体の穴を間違えて塞いだままにした。このような小さなことがあわや墜落事故を招きそうになった。貨物係や点検係でなくても、われわれは自分の行動がバタフライ効果でどのように影響を大きくしていくのか、われわれが相手しているものの危険性と対策はなにか、そのことを知り、健全な恐怖をもつべきだ。