まさかの事態。前の投稿(2018/01/08)から5日も経過してしまった。3日で一冊読んで投稿するというルールを守れなかったことを猛反省。
なお「あれこれの事情があるから仕方なかった」という自己欺瞞の言いわけを粉砕してくるのが、以下の本である。
Leadership and Self-Deception: Getting Out of the Box
- 作者: The Arbinger Institute
- 出版社/メーカー: Berrett-Koehler Publishers
- 発売日: 2009/09/15
- メディア: Kindle版
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この書籍は『箱 -Getting out of the Box』のタイトルで日本語訳が出ているが、原文も、多少言いまわしが難しいが、使われている単語は平易で読みやすい。全米ベストセラーとなった自己啓発書で、ビジネスパーソンに限らずあらゆる人々が手に取るべき良書。
本書は物語形式で進む。ある日主人公は上司から呼ばれ、会議室の中で彼と対話する。主人公は上司との対話、さらには自分自身との対話を通して、上司が言いたいことをしだいに理解していく。
対話内容は本書のテーマである”self-deception”。日本語直訳は「自己欺瞞」だ。著者はさらにわかりやすい表現として “being in the box”、箱の中にいることと説明している。
in the boxの状態では、人はまわりの人々をありのままにーー意志をもち、感情があり、ものごとに対する個別の考えをもつ人々としてーー見ていない。ゆえに平気で怒鳴りつけたり自分勝手なふるまいをして、まわりに嫌われて協力を得られず、しだいに仕事でも成果を出しにくくなる。怒鳴っている本人は「こんなにしてやってるのにあいつらは応えてくれない」と愚痴をこぼし、うまくいかない原因をすべてまわりの人々に押しつける。自分自身こそが士気を低下させている最大の理由だとは気づかない。
著者はself-deceptionについてこう述べる。(日本語訳は私による意訳)
It blinds us to the true causes of problems, and once we’re blind, all the “solutions” we can think of will actually make matters worse.
ーーそれ(自己欺瞞)は、問題の真の原因がわれわれの目に映らないようにしてしまう。一度そうなれば、われわれが思いつくすべての「解決策」は事態を悪くするだけになる。
Of all the problems in organizations, self-deception is the most common, and the most damaging.
ーー組織が抱える問題のうち、自己欺瞞は最も広く見られるもので、最も悪影響が大きい。
ではなぜin the boxの状態になってしまうのか。著者は“Self-betrayal”、自分自身への裏切りが原因だという。思いやりのある行動をしようと思い立っても、実際には行動を起こさないときがある。その時人は自分自身を裏切っているのだ。
さらに悪いことに、行動を起こさない自分自身を正当化しはじめる。自分が行動しないのはこれこれの理由があるのだから正しいと思おうとする。一方で、他人が行動しないのは怠惰だと決めつける。そうして自分を、他人よりも優れていると考え始める。しだいに”in the box”ーー他人を思いやらない状態になる。
本書では主人公が自己正当化のさなかに考えていることを独白するが、「俺のせいじゃない、妻が悪いんだ」と繰り返すさまは痛々しい。
さらに痛々しいことに、そうした自己正当化はしだいに「間違っているのは他人である」ということを既成事実化し、他人が期待通りにふるまわないことを期待するようにさえなる。なぜならそうすれば自分方が優れていることを確認できるからだ。こうなればお互いにin the boxの状態をどんどん強化するだけである。
原因が自分自身にある、ということについて、著者は秀逸な例を挙げている。
19世紀半ば、ウィーン総合病院でのこと。Ignaz Semmelweis (イグナーツ・センメルヴェイス) という医師が、病院での産褥熱による死亡率が、自宅出産に比べて際立って高いことに気づいた。こまめな換気など、産褥熱を防ぐためにあらゆる手立てがなされたが効きめはなかった。
ある時、たまたまセンメルヴェイスが4カ月病院を留守にしたが、その間産褥熱による死亡率が劇的に改善された。そのことがきっかけになってセンメルヴェイスは気づいた。産褥熱の原因は医師自身にあるのだと。医師が死体解剖などの医学的研究の後、手を消毒せずに出産にかかっていたから、妊婦が産褥熱になったのだと。
センメルヴェイスは消毒法を広めて「院内感染予防の父」として後世に名前を残したが、重要なのは、痛ましいことに、産褥熱の原因がまさにそれを防ごうとしていた医師自身の手にあったことだ。
本書で述べていることはこの例に代表される。うまくいかない原因は自分自身にある。そのことに気づくためのきっかけが本書だ。
だけど、そう認めるのはとても痛い。
センメルヴェイスの例では、産褥熱による死亡率という客観的根拠があってさえ、医師の手こそが産褥熱を伝播して産婦を殺していたという結論を受け入れられず、自ら生命を絶った医師もいたという。
これほどまでに、自分が正しいと信じていたことを否定されることは痛くて辛い。必死に反論せずにはいられないほどに。本書の主人公のように「俺は違う、相手が悪いんだ」と繰り返さずにはいられないほどに。自死してまで、あるいは他人を傷つけてまでも逃れようとするほどに。(宗教戦争がいい例だ)
そして一定数の人は本書を読んでも他人事に思えるだろう。自分自身こそがあてはまることがわからないのだ、本当に。意識した程度ですぐに変えられるものはその人の根幹的価値観ではない。よほどのことがない限り、そして膨大な時間をかけて自省しない限り、変わらないものこそが、その人が脱出すべき「箱」だ。(誰でもいいので知りあいの頑固ジジババを思い浮かべよう。たかだか数時間の会話で彼ら彼女らがこれまでのやり方を変えるか、想像してみるといい)
この本では豊富な具体例をもって、どんな状態が”in the box”で、どんな状態が"out of the box”かを示す。「どうすればout of the boxの状態をキープできるか」ということが後半に書かれているが、行動ではなく心構えや意識改革である、ということになってしまうため実践が難しい。それでも努力して「箱」から出る価値がある。
参考までに私の場合を書いておこうと思う。意識改革には段階があることに最近気づいた。
(1) 惚れこむレベルで尊敬する人(あるいは心底嫌いでいつか絶対越えてやると誓う人)をつくる
(2) その人が見ている光景を見たいと思う
(3) その人に近づくために(あるいはその人を越えるために)努力を始める
(4) いつのまにか考え方が変わっている
つまりは自分が「変わらなきゃ」と思うくらいでは意識改革できなくて(そもそもin the boxの状態ではその必要性にすら気づけないのは身をもって実感済み)、誰かのようになりたいと思うことが変化の第一歩だ。
ちなみに(1)にあてはまる人を見つけるのがそもそも難しいし、(2)の段階にたどり着くまでにたいてい一年程度かかるけれど、効果は抜群だ。