コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

【おすすめ】暴力によって格差が縮まるという不都合な真実〜ウォルター・シャイデル『暴力と不平等の人類史』

 

【読む前と読んだあとで変わったこと】

「公平」「平等」を求めること自体は間違いではないけれど、格差拡大こそが人間社会が(なにも手を打たずにおいたら)自然にすすむ方向であり、それに逆らって平等を実現するためには、想像を絶する代償を支払わなければならないのなら、ある程度の格差は受容すべきではないか…という考えが芽生え、暗澹とした気分にさせられる。著者がこの本を書くにあたり、慎重に論理展開している理由がよくわかる。

 

たまたまある友人とお酒を飲みながら雑談したとき、「貴族や地主の私有財産をとりあげて平民に分配するのは不公平ではないか?」というおもしろい話題が出てきた。

その友人いわく、貴族や地主とて最初から「持つ者」であったわけではない。父祖が戦争で手柄を立てて貴族に叙されたのかもしれない。経営学や経済学を夜遅くまで勉強して私有地を維持拡張してきたのかもしれない。いずれにしてもなみならぬ努力をしたはずだ。なのになぜ財産をとりあげられ、「努力もせず文句しか言わない」貧民に分配されるのを黙って見ていなければならないのか。それこそ不公平だと考えられないだろうか、というわけだ。

一緒に飲んでいた友人たちが乗ってきたが、お酒の勢いでさらに身も蓋もない方向に話がころがっていく。

「平等なんてのは、貧民が金持ちに嫉妬しているのをきれいな言葉で言い換えてるだけなんだから、金持ちがどうやって金持ちになったかなんて知ったことじゃないんだよ」

「だから金持ちは貧民の嫉妬心から自分自身を守るために、警備員を雇って家屋敷を守ったり、慈善事業に大金注ぎこんだりしてるじゃないか」

「ワンピースなどの海賊話が流行るのも、自分たちの代わりに金持ちから財宝奪ってくれるのを見るとスカッとするからじゃないか?」

さすがにこの辺でストップがかかり、話題が変わった。ちなみに最後の発言をした友人はワンピースの熱心な読者である。念のため。

ONE PIECE  1 (ジャンプコミックス)

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平等と不平等。

人類がこの課題にどうこたえてきたかは、本書『暴力と不平等の人類史』がとてもいい参考になる。尊敬するブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」から見つけた。

人類を平等にするのは戦争『暴力と不平等の人類史』: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

 

あまりにも長いわ、学者向けで小難しいわで、興味のあるところだけつまみ読み。

  • 序論「不平等という難題」
  • 第5部「第四の騎士ー疫病」
  • 第16章(終章にあたる)「未来はどうなる?」

読んだのはこれだけ。それでもめちゃ時間がかかった。

読んでみた結果、「貴族や地主の私有財産をとりあげて平民に分配するなんてことは、極端にいえば膨大な破壊と流血の果てに起こること。不公平かどうかはともかく、起こらない方がいいのは確か。貧民は高額な所得税や慈善事業くらいで我慢したほうがいいのかもしれない」という、どこまでも身も蓋もない、暗澹たる感想が残ってしまった。

文章、内容とも、読みすすめるのにかなり気力を必要とするから、気持ちに余裕があるときに読むのをおすすめする。

 

本書の目的は、過去に不平等をもたらしたもの、平等をなしとげたものを徹底調査して、過去にはどういう方法が不平等を是正できたか、現在および将来の不平等(「格差」という方がいいかもしれない)を是正するためにはどういう方法が必要になるかを議論すること。

これまでのさまざまな研究によると、平和な時代の経済政策は格差縮小にあまり役立たず、むしろ乱世にこそ格差解消はなされてきたのではないか、という「不都合な真実」にも思える仮説が浮かびあがる。それを著者は徹底的に検証する。

 

[暴力的破壊→不平等是正]には、4つのタイプがあると著者はいう。

Four different kinds of violent ruptures have flattened inequality: mass mobilization warfare, transformative revolution, state failure, and lethal pandemics. I call these the Four Horsemen of Leveling.

不平等を是正してきた暴力的破壊には4つの種類がある。すなわち、大量動員戦争、変革的革命、国家の破綻、致死的伝染病の大流行だ。これらを「平等化の四騎士」と呼ぶことにしよう。

ただし、すべての戦争・革命・崩壊・疫病が、不平等是正をもたらすわけではない。ある程度の規模がなければならない。

この意味で近代までの戦争はわずかな例外を除いては平等化にあまり役立たず、20世紀に入ってからの世界大戦、ロシア革命中国共産党が実行した土地改革などこそが、史上最も重要な平等化をなしとげたと著者はいう。平和な時代で、政策によって格差が縮小したことはなく、むしろ拡大する一方だというのだ。本書は暴力的破壊によって不平等が解消されてきたことを、大量のデータとともに説明している。

For war to level disparities in income and wealth, it needed to penetrate society as a whole, to mobilize people and resources on a scale that was often only feasible in modern nation-states. This explains why the two world wars were among the greatest levelers in history.

戦争によって所得と富の格差が是正されるためには、戦争が社会全体に浸透し、たいていは現代の国民国家でしか実現しない規模で人員と資源が動員される必要があった。2度の世界大戦が史上最大の平等化装置の例となったことも、これで説明がつく。

 

しかし、21世紀になって、状況はさらに変わった。大量動員戦争が起こるとは考えづらくなったのだ。2019年にイランがドローンとミサイル攻撃によってサウジアラビアの心臓部にある石油施設を破壊したように、2020年にアメリカが無人機でイランの重要人物をピンポイントで爆殺したように、軍事攻撃は無人化がどんどんすすんでおり、大量動員した軍隊のぶつかりあいは考えづらくなった、と著者はいう。このあたりは以前読んだことがあるサイバー戦争最前線についての本にも記述があった。

Army of None: Autonomous Weapons and the Future of War

Army of None: Autonomous Weapons and the Future of War

  • 作者:Scharre, Paul
  • 発売日: 2019/03/12
  • メディア: ペーパーバック
 

技術的なことだけではない。高齢化によって若い兵士を大量動員するのが難しくなったこと。2度の世界大戦がもたらした生々しい教訓。いずれも「大量動員戦争」の再来を難しくする。

21世紀的な戦争は、主に株式市場などへの経済的影響が大きくなるが、著者によると、このような経済変動に20世紀の世界大戦のような格差解消効果を期待することはできず、金持ちたちの資産は一時的には減るかもしれないが、数年もすればもとに戻るといわれる。

 

となれば、21世紀には不平等解消は期待できないのだろうか?

そこまでは著者も断言していないけれど、これまで不平等解消に役立ててきた「四騎士」が近いうちにもう一度来る可能性は低いだろう、と推測している。とくに戦争・革命・崩壊が訪れる可能性はかなり低く、起こるとしたら疫病の世界的大流行くらいだろう、というのだ。

ちなみに「疫病」は14世紀の黒死病のように、人口の何分の一かが死滅するレベル、現代でいうと数億人単位の死者を出す伝染病を指すから、現在、世界中で大流行している新型コロナウイルスは該当しない。

しかも疫病による平等化とは、①最も収入が低い貧困層が多数死ぬことで見かけ上格差が小さくなる、②労働力になる人間が死ぬことで労働力確保が難しくなり、給与水準があがり、金持ちたちの利益が圧迫される、この2つによって起こるという。私としては、新型コロナウイルスがここまでの効果を引き起こすとは思えない。せいぜい経済面で不況が起こるくらいで、何年かすればもとにもどるだろう。

 

21世紀はこれまで人類が経験したことのないIT時代となる。この時代に、誰もが想像していなかった「五人目の騎士」が不平等解消を行うようになるだろうか?

神ならざる著者と読者にはわからない。

著者に言えるのは、もし戦争・革命・崩壊・疫病の「四騎士」のみが不平等解消を行いうる、という仮説が正しければーー少なくともこれまでの人類史では正しかったーー、不平等解消を望むとき、それがもたらす代償を考えなければならない、ということだけ。

著者は次の言葉で本書を結ぶ。

If history is anything to go by, peaceful policy reform may well prove unequal to the growing challenges ahead. But what of the alternatives? All of us who prize greater economic equality would do well to remember that with the rarest of exceptions, it was only ever brought forth in sorrow. Be careful what you wish for.

歴史的に見れば、平和的な政策改革では、今後大きくなり続ける難題にうまく対処できそうにない。だからといって、別の選択肢はあるだろうか? 経済的平準化の向上を称える者すべてが肝に銘じるべきなのは、ごく稀な例外を除いて、それが悲嘆のなかでしか実現してこなかったということだ。何かを願う時には、よくよく注意する必要がある。