コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

ありがとう、と言いたい〜木下喬弘『みんなで知ろう!新型コロナワクチンとHPVワクチンの大切な話』

 

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。タイトルのとおり、新型コロナワクチンとHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンについて知っておかなければならないことを、医療従事者の視点から説明する。

 

本書の位置付け

本書は新型コロナワクチンとHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン、とくに後者について正確な情報提供を行うことを目的としており、これにはワクチンに対する不安や誤解、デマを解く試みが含まれる。

HPVはさまざまながん、とくに子宮頸がんの原因ウイルスであることが知られているが、ワクチンによりがん発症を防ぐことができる。ところが日本ではHPVワクチンの接種率は1%未満であり、これにより年間数千人もの女性が子宮頸がんを発症していると推定される。

 

本書で述べていること

本書の中心内容は新型コロナワクチンとHPVワクチンの仕組みや、ワクチンについての誤情報や偽情報、ワクチン忌避(接種できるにもかかわらず不安などの理由でワクチンを接種しないこと)、なぜワクチン忌避が起こったかの説明である。朝日新聞のスクープをきっかけにHPVワクチンの副反応疑いが大々的に報道され、厚生労働省の積極的接種勧奨対象から外されたことや、泥沼化したその後の状況、しだいに風向きが変わってきた現状について、とてもわかりやすく書かれている。

これに続いて、HPVワクチンについて正確な情報提供を行い、積極的接種勧奨再開をめざす医療従事者のボランティアグループ「みんパピ!」の活動を紹介する。

 

感想いろいろ

私はワクチンをすばらしい発明だと考えており、定期接種可能になったその日にわが子を小児科に連れて行くような人間だが、その私でさえ、mRNAワクチンという最新技術を使用した新型コロナワクチンを接種するかどうか迷った。理由は簡単、「前例がないこと」に不安をかきたてられたのだ。

mRNAがどのようなものかは、高校生物で学ぶ程度のことは知っていた。タンパク質を作成するための指令書のようなものであること、不安定ですぐ分解されること、逆転写酵素でもないかぎりDNAに組みこまれることはありえないこと。さすがに医学論文を読む力はなかったが、厚生労働省のホームページはもちろん、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)のウェブサイトも読んでみた。それでもワクチンの安全性に対する「根拠のない不安」は心のどこかにあった。

それでも、私は家族の中でもっともワクチンを信頼していた人間だったと思う。

「mRNAはどんな影響があるかわからない」

「副反応が嫌で打ちたくない」

「治験が終わっていないから打ちたくない」

「実験台にされているんだ」

どれも、実際に家族や親戚友人から聞いたことだ。さまざまな理由からほとんどの家族は最終的にファイザー/モデルナどちらかのワクチンを打つことを受け入れてくれたものの、小さな子供がいるにもかかわらず未だにmRNAワクチンを頑なに拒む親戚もいる。

そんな私にとって、専門家がTwitterYouTubeなどで直接発信してくれる医療情報は大きな助けになった。

「直接発信されたものでありジャーナリストなどの編集を経ていない」

「語りかけるやり方が誠実で、脅したり強制めいたりしていない」

「専門的エビデンスがしっかりしているように思える」

これらのことが、私にとっては信頼できるように感じた。(逆にいえば、私には大手メディアに対する不信感があったということだが)

私がもっとも参考にしたのが「こびナビ!」や、「こびナビ!」に関わる専門家たちがTwitterで発信している最新情報だ。その「こびナビ!」の副代表であり、子宮頸がんワクチンについての情報提供活動を行う「みんパピ」の副代表でもある木下先生が本を出すと知り、さっそく買ってみた。

HPVワクチン問題がもちあがったとき、私は接種対象年齢から外れていたので、正直関心はあまりなかった。けれど本書のおかげで、一連のできごとをしっかり理解できた。マスコミに(必要があって)対抗するには、これまでマスコミ経由でなければ情報発信できなかった専門家たちが、直接、一般にもわかりやすい形で、正確な情報を発信しつづけることが効果的であると証明したのが「みんパピ」「こびナビ!」の活動であり、その裏側の苦労や悪戦苦闘の一端を見せてくれたのが本書である。

マスコミが偏向報道をしたこと、いまもしつづけていること、訂正記事を出さないことは、いまに始まったことではないと思う。マスコミは商売であり、興味感心を集めて購読者や視聴率をあげることがめしのたねだから。そして人は客観的情報ではなく、主観的体験談が印象に残りやすく、感情、とくに恐怖によって強く動かされてしまうもの。そういうふうに脳ができている。マスコミはそのことをよくわかっているからセンセーショナルな報道を繰り返す。

専門家集団がマスコミに対抗するのがむずかしいのは、この辺に根源があると思う。人を惹きつけやすい主観的な情報も、人の恐怖をかきたてる情報も、「みんパピ」「こびナビ!」の活動目的とは真逆なのだから。せいぜいわかりやすいことや、誠実であること、繰返すことを武器にできるくらいで、最初から使える武器がマスコミとはちがう。それでもここまで誠実に、ねばり強く、子宮頸がんや新型コロナで死ぬ人をひとりでも減らしたいという使命感から、無償で活動を続けてこられた著者をはじめとする専門家の方々には頭が下がる。

ありがとうございます。あなた方のおかげで、mRNAワクチンを不安なく接種することができました。心から感謝いたします。

 

あわせて読みたい

マスコミがなぜやたら体験談を掲載し、センセーショナルで不安と恐怖をかきたてるような記事を書き立てるのか、私は昔読んだ『リスクにあなたは騙される』という本でこの辺のことを知った。人間の脳はそういう記事に興味を覚え、記憶に残りやすい仕組みになっているのだ。

「仲間の体験談に興味を持ち」「恐怖や不安をかき立てることが記憶に残りやすい」思考システムは、野生環境でサバイバルするときには役に立ったが、現代社会ではかえって客観的判断のさまたげになる。