コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

ウイルスと人間のはるか昔からの関わり〜山内一也『新版 ウイルスと人間』

 

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。新型コロナウイルスがまだまだ猛威をふるうこのとき、そもそもウイルスというのはどのような存在なのか、基礎知識を得るために読んだ。

 

本書の位置付け

本書はこれまでの著者の解説書とは異なる切り口である「ウイルスと人間」というテーマについて書かれた一般向けウイルス解説書。

 

本書で述べていること

ウイルスの由来、特徴、種類、症状、流行状況、新型コロナウイルスをはじめとする新興感染症の紹介など、ウイルスについての基礎事項や興味深い話題をひととおり網羅している。

例をあげれば、ヒトゲノムのほぼ半分(!)を占めるレトロトランスポゾンという配列に、ウイルスの足跡を見出すことができること。レトロトランスポゾンは爆発的増幅によりゲノムサイズの拡大をもたらし、さらにそれが遺伝情報の多様化に役立ったという。

ヒトやマウスのゲノム(全遺伝情報)の中には、レトロトランスポゾンと呼ばれる配列がある。この領域はRNAに転写され、逆転写酵素の働きでDNAが合成されて、それがふたたびゲノムの中に挿入されることで、自分のコピーを無限に増やすことができる。活性を持っていて自ら移動できる要素であるため、「寄生体のようなDNA断片」とも呼ばれている。

また、ウイルス分離でのさまざまなエピソードも紹介されている。本書では分離に40年以上かかったポリオウイルス、感染した少年のうがい水から分離された麻疹ウイルス、マスクや手袋といった古典的防御服のみで分離されたマールブルグウイルス(エボラウイルスと同じフィロウイルス科で致死的な出血熱を起こす)、日本で保存されていた膨大な血清サンプルを利用して同定されたC型肝炎ウイルスのエピソードが紹介されている。

 

 

感想いろいろ

気になったところをいくつか引用。

感染して発病した人を治療できる抗ウイルス剤は非常に限られており、しかも体内のウイルスを抗ウイルス剤だけで排除することはできない。ワクチンによる予防がウイルス感染に対するもっとも有効な手段である。

さらっと書かれているこの一文を知らない人が多すぎるんだよな〜と思う。私もよく知らなかった。病気は薬で治すものと考えている人々がいかに多いことか。ワクチンを嫌がる人々は「それ以外の選択肢=薬があるはずだ」と信じこんでいるように思う。しかもなぜか自分だけは後遺症もなく全快すると考える。こういう「受験科目にはないけど知らないとだまされる」知識は、家庭教育はもちろん、小学校でも教えてほしいものだ。

二〇一八年には、馬痘ウイルスの人工合成という驚くべき内容の論文が「プロスワン」誌に掲載された。馬痘ウイルスは、天然痘ワクチンの成分であるワクチニアウイルスの仲間で、このゲノムには天然痘ウイルスのゲノムすべてが含まれている。この研究では、馬痘ウイルスのゲノムを一〇個の断片に分けてメールで注文して合成してもらい、それをつなぎあわせて馬痘ウイルスのゲノムが構築された。費用は約一〇万ドル(一一〇〇万円)であった。このゲノムをヘルパーウイルスとしてウサギのポックスウイルスを感染させた細胞に導入することにより、感染性のある馬痘ウイルスが合成された。この手法により、天然痘ウイルスの人工合成は容易にできる。

これもさらっと書かれているけれどなかなか恐怖をかきたててくる文章。天然痘ウイルスは地球上でごく限られた研究機関に保管されているのみだから、そこから漏れなければバイオテロは起こらないと考えていたのに、もはや簡単に人工合成出来るようになっているとは。バイオテロは事実上阻止不可能になりつつあるのだろうか?

 

あわせて読みたい

著者は一般向けウイルス解説書をいくつか出版しているが、参考までに、そのうち2冊を置いておく。