コーヒータイム -Learning Optimism-

18歳のわが子に読書をすすめるために、まずわたしが多読乱読しながらおすすめを探しています。英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 25-27 / 365> D. Barnett, Employment Law Library Book 1-3

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日

本書は未邦訳の英国労働関連法規解説シリーズ1作目〜3作目。本来想定している読者は雇用主側の人事担当者であるが、逆にいえば人事がどのようにふるまうかを労働者が学ぶためのテキストでもある。

 

シリーズ1作目が従業員紛争に伴う内部調査 (Employee Investigations) というのはいったいどういうお国柄なんだ……。

と思うけれど、旧植民地からさまざまなバックグラウンドをもつ移民がどんどん流入するうえ、イギリスでは従業員保護が手厚く、雇用関連裁判が日常茶飯事、雇用紛争専門法廷(Employment Appeal Tribunal、雇用上訴裁判所)が整備されていて、人種・性別・性的指向・宗教などで差別的待遇があったと認定されれば会社倒産しかねないほどの賠償金を課せられる、しかも賠償金目当てにわざと紛争を仕掛ける「プロ従業員」のような連中までいる、というから、企業の方もあらゆる対策を練るのはあたりまえといえばあたりまえ。

本書は法廷への証拠提出を前提として、労働契約 (Contract) に記述はあるか、組織員運営方針や実施手順書 (Policies and Procedures) にどう書いているのか、調査対象への説明責任を充分果たしているか、などについてとことんこだわる。場合によっては懲戒書、 (Discipline)、降格 (Demotion) 、解雇(Dismissal) につながりかねないため、証拠として採用されなければ意味がないし、やりすぎれば逆に訴えられて不利になりかねないということ。コワイ。

内部調査において人事担当者が果たすべき役割については、判例付きで説明されている。本書では判例がちょこちょこでてくるからリアリティがある。

Dr J Dronsfield v The University of Reading: UKEAT/0255/18/LA - GOV.UK

ビジネス・エネルギー・産業戦略省傘下のACAS (Advisory, Conciliation and Arbitration Service) が、雇用関係に関する行動規範(ACAS Code)を作成している。ただしACAS Codeの適用可否は慎重に判断されなければならない。

Acas codes of practice | Acas

独立行政法人労働政策研究・研修機構によるイギリスの労働基準監督官制度についての説明。

イギリスの労働基準監督官制度(イギリス:2018年4月)|フォーカス|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 

シリーズ第2作目。内部調査のお次は個人情報保護規則。これも日常的に従業員情報にアクセスする人事担当者がうっかり踏んづければ身の破滅を招きかねない地雷。というか本シリーズは『地雷原の歩き方〜人事担当者向け〜』にタイトル変更した方が良い気がしてきた……。

情報保護規則GDPR (General Data Protection Regulation) は、欧州連合域内、及び域外輸出に関する個人情報保護規則。2019年に日本のリクナビが就活生のサイト閲覧歴等のデータを加工して、「内定辞退率」予測を作成して大手企業に販売していたという報道がなされていたが、このデータにEU市民権をもつ就活生が含まれていれば、GDPR違反に問われて高額な賠償金を課されていた可能性もあるといわれる。(とはいえそもそも個人情報保護の概念がない某国家とか某国家がEUでふつうに商売しているのだから、建前と本音はもちろんあるのだろう)

イギリスはEUを離脱しているが、EU規則はイギリス法体系に組みこまれており、依然、法的拘束力をもつ。IPO (Information Commissioner’s Office, 英国個人情報保護監督機関) が監督官庁であり、GDPR適用についてのIPO報告書の影響力はEUを越えてアメリカなどにも広がるという。本書はIPO対策に個人情報保護に関する社内規則を作成しておくべきだとすすめる。いわゆる個人情報 (Personal Data) は、個人を識別できる情報、個人に対する意見や評価などを含む。中でも取扱に注意を要する個人情報 (Sensitive Personal Data) は、人種、宗教、信条、健康状況、労働組合員かどうか (!) などが含まれる。

 

シリーズ第3作目。お次はストレスによる休職防止。これもなかなかの地雷原。

雇用主の立場からストレスをもたらす要因をどう管理するか、HSE (Health and Safety Executive、英国安全衛生庁)が6種類にまとめている。はっきりいって日本型企業はこのうち半分以上に日々さらされるのがふつうである。病む人が多いわけだ。

  1. 需要 (demands) - 過大な業務負荷や身体的負荷がかからないよう業務調整する
  2. 支配 (control) - 従業員がみずからの仕事に決定権をもつように責任分担させる
  3. サポート (support) - 十分な情報や、上司や同僚のサポートを得られるようとりはからう
  4. 人間関係 (relationships) - 職場が良い雰囲気を保ち、いじめやパワハラなどがないよう気配る
  5. 役割 (role) - 役割と仕事内容をはっきりさせる
  6. 組織変更 (change) - 配置換えや組織変更などがあるときに充分説明する

What are the Management Standards? - Stress - HSE

このシリーズで繰返し強調されていることだが、こうした規定は一度読めば存在を忘れてもよいガイドラインではない。従業員に訴えられたときに雇用主が自分や企業を守り、会社が破産しかねないほど高額な賠償金を回避するためのよりどころである。被告として労働審判法廷に立たされた時に「ガイドラインに推奨されていることをはじめあらゆる手段で従業員の心身健康を守ろうとした」と証拠付きで示すことができなければならない。やっぱりコワイ。

Employees can also bring a breach of contract claim if they argue that the stress they are suffering from is a result of the employer’s breach of their employment contract. This is often seen as a constructive dismissal claim in the employment tribunal under the Employment Rights Act 1996, but can be a stand-alone claim in the civil courts in some circumstances.

また、従業員は、雇用主による労働契約違反 (*1) の結果、ストレスで苦しんでいるとして、契約違反の訴えを起こすかもしれない。このようなケースはたいてい1996年の雇用権利法にあるみなし解雇 (*2) に相当するとして労働審判所に訴えを起こされるが、場合によっては、単独で裁判所に訴えられることもありうる。

(*1) 契約にある仕事内容以外のことをさせること

(*2) ケンブリッジ辞書では、constructive dismissal は"actions taken by an employer that intentionally make working conditions for an employee difficult or unfair so that the employee feels forced to leave their job"、すなわち不当な就労環境を押しつけ、従業員がみずから辞職するよう圧力をかけることをいう。労働政策研究機構では「コモンロー上労働者が雇用契約を即時解約できるケースにおいて、労働者が雇用契約を解約(すなわち、辞職)することを指す。」と説明している。

Employment Rights Act 1996

https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2019/f0bd292f281910e3/201912.pdf

https://www.jil.go.jp/foreign/report/2015/pdf/0615_03-1-uk.pdf