コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 57-60 / 365> Downton Abbey シリーズ公式料理本

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度(減らしました)、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

子供時代から料理本好き(ただし読むだけで料理の腕はいまいち)、成長してから英国上流社会のフィクションが大好きになったが、中でも《ダウントン・アビー》とそこに登場する料理たちはとても魅力的。NHKの特集番組で、本物の貴族称号持ちの研究者をお招きして俳優たちに礼儀作法を指導した(「アラステアの指示は天の声さ」)らしいが、料理関係も気合いが入っている。

その《ダウントン・アビー》の公式料理本、それもレシピだけではなく時代背景解説もたっぷり記載されているものが出たと聞いて、4冊全部即購入。著者のAnnie Grayは1650-1950頃の英国の食に関する考古学専門家で博士号持ち、著書多数のほか、時代劇監修にラジオ出演にコンサルタントと幅広く活躍している。

ちょうどロイヤルホストで英国フェアをしているけれど、そこに登場するメニューも幾つかでてくる。

  • パスティ......Cookbookに昼食用料理として "Cornish Pastie" が登場。もともとは中世からイングランドで親しまれてきた野菜餡を包み焼きにした庶民料理で、中流階級以上に広まるのは19世紀後半、餡も肉をふんだんに含むようになったという。
  • フィッシャーマンズカレー......解説に「ケジャリーをイメージした一品」とあるけれど、"Kedgeree" はCookbookで朝食に欠かせない一品として登場。インド料理が起源ではあるもののカレー粉は使わず、炊いて味を整えた米に牛乳で煮込んでほぐした燻製魚、クリーム入りの炒り卵を炒め合わせ、ゆで卵を乗せたものとして紹介されている。
  • パイ......英国フェアにでてくる庶民料理代表のコテージパイ(パイ生地の代わりにジャガイモを使用したもの)は登場せず、きちんと小麦粉のパイ生地を使用した "Veal and Hum Pie" などが登場。かつてはパイ生地は硬く、上流階級の紳士淑女は中身だけ召しあがり、生地は従者たちの食事にしたり貧しい人々に施したりしたというから面白い。ジャガイモで代用したくもなる。

 

最初にあるメニューカードが美しい。手描きの縁取りがなされた厚みのあるカードに、前菜からデザートまで飾り文字のような筆記体で書かれている。UPSTAIRS (上の階=屋敷の住人たち、あるいは "family") とDOWNSTAIRS (下の階=使用人たち、あるいは "servants") のメニューの分量が2倍以上違うのは階級社会のお約束。

レシピに入る前に、食材、調味料、分量などについて丁寧に解説されているが、歴史上の料理を再現するだけありこだわりが凄い。たとえばりんごは1945年以降に開発された品種は《ダウントン・アビー》の時代のりんごよりかなり甘いからあまり適切でないとのこと。分量は基本的にグラム法と米国慣用単位を使用しているが、《ダウントン・アビー》のオリジナルレシピはImperial Measurement(帝国単位 - 1824年以降使用されていた単位系)で書かれており、現代の米国慣用単位とはまた異なるというからややこしい。

食事はそれほどかしこまらない朝食 (breakfast)、昼食 (luncheon) 、ご婦人方の社交の場にもなるアフタヌーンティー (tea)、そして1日のメインの食事である夕食 (dinner) の4回。上流階級の食事は社交の場、富と名誉を見せびらかすマウンティングの場であり、すぐれた品質、調達しにくい食材、珍しい品種などに湯水のごとくお金を使う。自前で農場や温室を持ち、新鮮な卵や乳製品、季節外れの野菜や果物を出すことができるのが富裕層の証とみなされていたが、第一次世界大戦前後は農場や温室を維持する余裕がある上流家庭は少なくなり、食料品店で買える旬の生鮮食品の登場が増えてきたという。

Like every social occasion, even informal afternoon tea was surrounded by an appearent plethora of rules in the etiquette guides of the time. However, such guides didn't apply at houses like Downton: if you need the book, you weren't born to it, and you were definitely not the right person to be doing it.

どのような社交行事もそうであったが、たとえ非公式なお茶会おいても、その時代の行儀作法指南書にあるように、山ほどの決まりごとがあった。しかし、ダウントンのような一族はそのような指南書とは無縁である(注: 上流階級の一員として幼少時から礼儀作法をたたきこまれるのでいまさら本など読むまでもない)。もしあなたが指南書を必要とするようなら、あなたは上流階級の生まれではなく、そのような行儀作法にふさわしい人間ではまったくないということなのだ。

 

紅茶を飲む習慣をイングランドにもたらしたのは、17世紀半ば、当時貿易先進国であったポルトガルからチャールズ2世に嫁いだキャサリン・オブ・ブラガンサだといわれる。

今日、英国式アフタヌーンティーはある意味では文化的象徴とさえ言えるが、《ダウントン・アビー》の時代では女性中心の社交の場としても重要な役割を果たしていた。女性は身体を絞めつけるきついコルセットを外してガウンを着込み(初期のガウンは日本の着物を模したものであったという。しかし《ダウントン・アビー》の時代には、コルセットの廃れとともにティーガウンも時代遅れと認識されるようになっていたらしい)、紅茶とお菓子、会話を楽しんだ。

ミルクを加えるとき、イギリスでは「ミルクに紅茶」派と「紅茶にミルク」派が長く対立していたようだけれど、この本では、耐熱性容器ができる前は、陶器が割れることを防ぐためにまずミルクを入れ、それから熱いお茶を注いだ、としている。

 

カクテルはアメリカ発祥というイメージが強いが、実際に英国上流階級で晩餐の前に食前酒をとるようになったのは第一次世界大戦後かららしい。《ダウントン・アビー》の中でも、それまで晩餐時にワイン、晩餐後にスコッチやポートワインなどをたしなんでいた人々が、晩餐前に軽いアルコールをとる習慣を身につけ、ロンドンで流行りはじめた新しい飲み物(=カクテル)をまわりにすすめる。とくにキャリアウーマンでロンドンを定期的に訪れていたイーディスは、好んでカクテルを口にしていた。

ダウントン・アビー》の写真とカクテルの写真がふんだんに盛りこまれ、面白く、時に艶やかなカクテル名が由来とともに紹介されているので、読んでいてとても楽しい。たとけば "Hanky Panky"すなわち「いんちき、火遊び」というカクテル名は英語の俗語から来ている。ほかに "hosty tosty" (性的魅力溢れる)、 "bee's knees" (素晴らしくレベルが高い) などもカクテル名として紹介されている。

It feels so wild to be out with a man, drinking and dining in a smart London restaurant. Can you imagine being allowed to do anything of the sort five years ago, never mind ten?

(イーディスの台詞)男性と出かけて、ロンドンの素敵なレストランでお酒をたしなんだり食事したりするのはすごく奔放な感じがするわね。そんなことが許されるなんて、5年前に想像できた? 10年前はもってのほかよね?

 

クリスマスが呼び起こすのは郷愁、伝統、家族とすごした暖かい時間への追憶であろう。クリスマスの起源は古代ローマの農神祭Saturnaliaまでさかのぼり、農耕の神Saturnを祝う祭りが12月17日から23日まで行われ、そのすぐあとの25にちにWinter Solstice (冬至) が過ぎたことを祝う太陽神の祭りが続く。

意味合いはもしかするとアジアでの冬至の行事ーーたとえば中国では家族団欒して餃子を食べ、日本では柚子湯に入るーーと似ているのかもしれない。これから始まる厳冬を無事乗りこえることを願い(裕福な家庭ではふんだんに薪や石炭で暖を取ることができたが、貧しい家庭で凍死者が出ることは全く珍しいことではなかった)、無病息災を祈り、家族との絆を再確認することである。

クリスマスの飾りつけはヒイラギなどの常緑樹、生花、紙飾り、クリスマスツリーも欠かせない。テーブルには美しい銀燭台にキャンドルがあると良い。もちろん素晴らしい料理の数々は外せない。《ダウントン・アビー》では、クリスマスの日の昼食は紳士淑女みずからが料理を取り分けるが、これは使用人たちがクリスマスディナーの準備などに集中できるようにするためである。しかし給仕を受けずに食事をとるなど当時の上流階級からすれば考えられないことであり、クリスマスの昼に《ダウントン・アビー》を訪れる人々を仰天させたようだ。

Even though Downton Abbey had electricity, candles were always on the table for the Christmas feast, bathing both the food and the diners in a warm, inviting grow that people still welcome today. Taper candles are a good choice. Choose unscented ones, preferably by beeswax, which has a nearly undetectable naturally sweet scent and burns both slowly and clearly.

ダウントンアビーには電気が通っていたが、クリスマスのごちそうのテーブルには常に蝋燭があり、料理や出席者たちを、今日まで人々が好んでいる柔らかく感じのよい光で包んでいた。テイパード [標準型] 蝋燭を選ぶのがいい。無香料がよい。蜜蝋でできたものが望ましい。蜜蝋でできた蝋燭は、ほとんど気づかれることがないほど微かに自然な甘い香りがあり、緩やかに、きれいに燃える。

ダウントン・アビー》には「(上流階級の)英国人は狩猟とよい食事に目がない」という場面がでてくる。よくイギリス料理はマズイといわれるけれど、《ダウントン・アビー》に出てくる上流階級の、それもクリスマスという特別な日の食卓には、めずらしい食材とみごとな獲物を手間暇かけて調理した美味な料理が並ぶ。

本書で紹介されたレシピの最初が "Pheasant Soup" (キジのスープ) & "Quenelle" (キジの挽肉を使う蒸し料理) なのは、いかにも狩猟が重要な社交行事であった英国貴族風。新年最初の狩猟で仕留められたキジで、若くないものは肉は硬くて食用に向かないが、スープにはもってこいだった由。ほかに猟果を使うクリスマス料理として "Game Pie" がある。 "Game" はもちろん狩猟のことだ。

肉料理はもちろんローストビーフから始まる。ローストビーフとプラムプディングの組合せほど英国料理というにふさわしいものはないとか。ほかに代表的なのは七面鳥ミンスパイ。飾りつけとして仕留めたばかりのイノシシの頭 "Boar's Head" も外せない。クリスマスプディングも外せない。こうしてみると英国上流階級はジビエ料理愛好家がそろっているともいえそう。