コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 55-56 / 365> 趣味で読む全米防火協会 (NFPA) 規格 - NFPA13 / NFPA 72

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度(減らしました)、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

今回は『キャプテン・ソルティの消防隊のための賢者の書』を読んだときに趣味で調べた海外消防事情や、アメリカの消防関連基準であるNFPA  (National Fire Protection Association、全米防火協会) Codesの続き。本ではないけれど、100頁を余裕で越えるものばかりなので読破した英語本の数にカウントする。

<英語読書チャレンジ 39-40 / 365> B.Gaskey “ Captain Sally’s Book of Fire Service Wisdom” - コーヒータイム -Learning Optimism-

<英語読書チャレンジ 52-54 / 365> 趣味で読む国際防火基準 (International Fire Code、IFC) / NFPA 10 / NFPA 30 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

火を手に入れたことが、人類を人類たらしめたとよく言われるように、文明の発展は火とともにあった。火は恵みであるが、獰猛な一面も併せ持つ。どの宗教でも地獄にあるものとして真っ先に「業火」を挙げる。山火事や火山噴火はもちろん、人間社会でも、古くはネロ皇帝が見たローマの大火から、近くは震災後にしばしば被災地をおそう大火事まで、制御不能の火は悪魔そのものにもなる。

別記事でアメリカの消防法事情をまとめてみたが、イギリスにおける事情はすこし異なる。イギリスでは、消防署が建物を検査したうえで防火安全証明書 (Fire Certificate) を発行する仕組みをとっていたが、2005年のRegulatory Reform (Fire Safety) Order 2005 (RRFSO)施行により、事業者に火災リスクアセスメント実施を義務付け、消防行政は火災リスクアセスメント実施有無や内容妥当性を確認するというものになった。なお、火災リスクアセスメント実施基準や技術的要求については、やはり民間機関が作成する防火基準を参照するところが大きい。

この記事では以下を読んだ。なおNFPAシリーズではCodeは「なにをつける」、Standardは「どうつける」を定めている。

  • NFPA 13: スプリンクラー (Standard for the Installation of Sprinkler Systems)
  • NFPA 72: 火災報知器 (National Fire Alarm and Signaling Code) 

 

NFPA 13: スプリンクラー (Standard for the Installation of Sprinkler Systems)

火には水、というわけで、スプリンクラーは消火器と並ぶ初期消火設備のツートップである。個人住宅以外の消火設備計画は「スプリンクラー+◯◯」という組立てのものが多い。スプリンクラーの原型はかのレオナルド・ダ・ヴィンチにまで遡るそうだが、実用的なものが開発されたのは1723年のイギリス。黒色火薬(!)を利用して起動したらしい。現代のスプリンクラーは感熱体を使用して起動しているのでより安心。

長く使われてきたこともあってか、建物用途、床面積、利用人数、貯蔵物種類などにより、スプリンクラーの設置範囲や散水量などがこまかく定められており、どれが適切なのかさがすのがそもそも一苦労 (*1) 。NFPA 13の紙幅の多くはこれに割かれている。可燃物としてはとくにある種のプラスチック (*2) 、タイヤ、ロールペーパーは危険度が高いとみなされており規制もきびしい。

スプリンクラー設計では水力計算を必要とすることが多い。物理方程式は以下の3点セットが基本。

 ①エネルギー保存則(ベルヌーイの定理

 ②圧力損失計算式

 ③ヘッド散水量計算式

スプリンクラーにかぎらず、消防設備とはようするにある範囲にある量の水を撒き散らすための道具であり、うまく作動するためには入口である程度以上の流量と水圧を確保しなければならない (*3)スプリンクラーの場合、消防用水供給口での水圧 (*4) が、スプリンクラー配管を通り抜けるときに摩擦によりどれくらい減少するかを計算して (*5)スプリンクラーの出口側で必要散水量を得られるだけの水圧が残るか (*6) を確認しなければならない。そのための物理方程式3点セットである。

NFPA13には水力計算のための物理方程式とさまざまな係数が与えられている。とはいえ実際には専用ソフトウェアを使用することがほとんどであろう(*7) 。より詳細にスプリンクラーヘッドの配置を決めるためには、K-Factor (*8)、取付向き、散水範囲、起動温度、応答速度などを決めなければならない。

(*1) コストカットのためにはなるべくスプリンクラーの設置範囲と流量を切り詰めたいと考えるオーナーも居そうだが、法令で定められた設置基準を満たさなければ建物の建設許可や使用許可が下りなかったり、火災保険加入に支障がでたり、まあデメリットしかない。政府もその辺のことは考えて、個人住宅や小規模建物にはスプリンクラー設置を義務付けないなど、必要以上のコスト負担を強いないようにバランスをとっているらしい。

(*2) プラスチックの種類だけではなく成型方法によっても対応が異なる。いわゆる発泡樹脂(スーパーの生鮮食品トレイで広く使われる発泡スチロールなど)の火災は、スプリンクラーだけでは初期消火がむずかしいとされ、NFPA 13の記述は限定的。

(*3) 設計圧力や設計流量と呼ばれ、製品カタログに必ず記載される。圧力や流量が足りなければ、水が飛ばなかったり足りなかったりして、期待した消火機能が得られないのはいうまでもない。

(*4)  ①として挙げたベルヌーイの定理によると、流体のエネルギーは運動エネルギー、位置エネルギー、圧力エネルギーの総和。本来流体エネルギーは一定であるが、摩擦による熱エネルギーへの変換などにより流体から失われる。これを計算するのが圧力損失計算。

(*5) 摩擦による圧力損失計算には②を使用。摩擦係数は配管内壁の粗さと流れの状態(Reynolds数により表現)により決めることもできるし、経験値であるムーディー線図を使用することもできる。なお配管高さとオリフィスなどの配管要素でも圧力損失は生じる。

(*6) ③を使用。一般的にスプリンクラーヘッドでの噴出水量は、圧力の1/2乗に比例するとして計算。

(*7) ここまでは「確認」のための水力計算を念頭においているが、実際にはスプリンクラー配管径や消防用水供給圧力を決めるのがエンジニアの主な仕事であることはいうまでもない。いわば「設計」のための水力計算が必要とされる。配管径、材料、流速などの制約条件を考えつつ、仮の値を入れてさまざまなケースを試算し、最適解を探す。

(*8) 散水量を計算するための定数。スプリンクラーヘッドの製造元が提供する。NFPA 13で使用可能な値(レンジ)が設定されている。


NFPA 72: 火災報知器 (National Fire Alarm and Signaling Code) 

いかなる消防設備も火災発生まではただそこにあるだけであり、火災発生時に素早く起動させる必要があるわけだが、いかに監視カメラネットワークが発達しているとはいえ、高層ビルのすみずみまで人間が目を光らせるわけにはいかない。人間の目の代わりとなり、初期火災を検知、報告するのが火災報知器の役割である。人間の五感のうち味覚以外の四感覚ーー視覚・嗅覚・聴覚・触覚のいずれかあるいは複数を、機械に置き換えたものといえようか。

NFPA 72は、火災報知器やガス検知器が、どのように火災やガス漏洩などに応答し、どのように人間に知らせるかを定めている。人間は警報を受けとり、必要な行動ーー消防活動要請、避難、退避、救助活動などーーにより、生命や財産(ときには環境)を守らなければならない。時間との勝負だ。

こまかい規定をあげればきりがないのだけれど、火災報知器の種類、設置場所、警告灯や構内放送の設置方法、それらをつなぐ電気回路の種類、情報を送受信するネットワーク(有線/無線)の種類など、まさに【システム】としてあるべき構成要素すべてに言及している。読み手の方も消防設備の知識のみならず、基本的な電気回路や情報ネットワークについての知識が必要になるため、なかなか難儀するのが正直なところであった。