コーヒータイム

日々読んだ本を紹介しています。英語や中国語書も時々。面白そうだと感じる本があれば、ぜひあなたも読んでみてください!

【おすすめ】ケン・フォレット《大聖堂》(上)

 

大聖堂 (上) (ソフトバンク文庫)

大聖堂 (上) (ソフトバンク文庫)

 

十二世紀のイングランドを舞台としたこの物語は、不思議な魅力に満ちている気がする。

パリのノートルダム大聖堂が焼け落ちたことを写真や動画や記事で繰り返し見てきたからかもしれない。大聖堂建て直しというこの本のテーマに、ひどく惹かれる。

 

あらすじはとてもシンプル。

いつかこの手で大聖堂を建てたいーー果てしない夢を抱き、放浪を続ける建築職人のトム。やがて彼は、キングスブリッジ修道院院長のフィリップと出会う。かつて隆盛を誇ったその大聖堂は、大掛かりな修復を必要としていた。

読み始めると、まず十二世紀という舞台設定にひきこまれる。著者はかなり丁寧に、でもやりすぎない程度にその時代の街や荒野、貴族や庶民、市場や絞首台を描きだしていき、そこにいつのまにか読者が立っているかのように感じさせる。キリスト教の背景知識がある程度あるとなおのこと楽しめるだろう。

次に惹きつけられるのは、強さも弱さもある、腹のなかでさまざまなことをたくらむ、俗世の欲望まみれの登場人物たち。主人公の建築職人トム、運命に導かれるように修道院院長になったフィリップ、爵位を狙う乱暴者の田舎貴族ウィリアム、高慢な伯爵令嬢アリエナ、神や秩序というものをはなから馬鹿にしている無法者エリンとその息子ジャック。どの登場人物も時に応援したくなり、時に「なにを考えている!」とはり飛ばしたくなる。正義も邪悪もない「人間臭い人間」からますます目が離せなくなる。

 

建築職人トムは、己のもてる技術全てを注ぎこむにふさわしい大聖堂を建てるという夢をもち、安穏な生活を捨てて、家族とともに放浪を続ける。ある街から次の街へ、仕事を求めて旅を続けながら、二人の子供や、妊娠した妻を食べさせることに腐心する。

とはいえ、そもそも家族を食べさせるためであれば、どこかの街に落ち着き、城主お抱えの建築頭になればよかったのである。トムにはその実力と機会があった。にもかかわらず安定した生活を捨てて街から街へと放浪したのは、彼が大聖堂を建てるという考えのとりこになったからに他ならない。

そこで彼は、大聖堂の壁というのは、「よくできている」程度ではだめなのだ、と悟った。「完璧」でなければならないのだ。……トムの腹立ちは消え、かわりにこの仕事に取り憑かれてしまった。とてつもなく大掛かりな建築と、いかなる細部をもゆるがせにできない厳しさとの組合わせが、トムの眼を開かせ、技倆を磨く気を起こさせた。

十二世紀のイングランド、福祉制度などないに等しい時代。飢えれば修道院で一晩の宿と食事にありつくことはできるけれど、朝になればまた旅を続けなければならず、冬が来る前に蓄えをつくらなければ冬を越すだけの食べ物を得られない。仕事を得られず、厳しい冬の荒野をさまよいながら、トムとその家族は文字通り餓死寸前までいく。容赦のない貧乏暮しの中で、大聖堂を建てる欲望を抱きつづけるトムはどこか哀れでさえある。しかし、物語は決して希望を失わず、冬のあとに必ず春が来るように、運命がトムをキングスブリッジに導く。

 

誰かを踏み石にしてのしあがるのがあたりまえの社会で、登場人物はしだいに、自分のなしとげたいことを成功させるために手段を選ばなくなる。時には積極的に、時には切羽詰まって。

ある登場人物がそれまでのやり方を捨て、一線を踏み越える瞬間を独白する。

自分がどれほど軽んじられ、侮られ、牛耳られ、欺かれてきたかを考えると、怒りがむらむらと込み上げてくる。服従は修道生活の美徳であるが、いったん修道院の外に出ると、それは欠陥でしかなくなるのか。権力と富が幅をきかす社会では、他人を信用せず、おのれを強く主張することが要求される。

大聖堂という最も聖なるものを建てることを目的としながら、関係者たちはそろいもそろって俗欲まみれだ。キングスブリッジ修道院院長のフィリップでさえ、最初こそ堕落した大聖堂に義憤を覚え、これを建てなおすことが神の御心にかなうものと信じていたけれど、木材も、石材も、石工たちの賃金も、空から降ってくるわけではない。それらを手に入れるためにフィリップはしだいに政治闘争に身を投じていくが、本人は自分のしていることは正しいと信じて疑わない。その認知の歪みが、彼の語りにほんのすこしずつ混ぜこまれていき、気がつけば彼という人間としての欲望をむきだしにしてしまっている。

 

「信頼できない語り手」である当人の認知が歪んでいたり、重要情報を知らなかったりするせいで、時々途中で「おかしいな?」とわれにかえることがあり、それがまた物語を探偵小説のように面白くしている。

トムは息子アルフレッドのことになると明らかに甘くなるうえにそれを正当化することに余念がないし、フィリップは大聖堂のことになれば冷静さを保つのが難しくなり、ウィリアムは恋するアリエナのことになればまさに手がつけられなくなる。そこへ冷静な登場人物が冷水を浴びせて、ようやく読者は語り手の個人的思いこみに引きずられていたことに気づく。

 

物語は「現代ではない」ことをもうまく利用している。イングランド国王逝去などという大ニュースは、現代であれば半日もあれば地球上のすみずみまで知れ渡るだろうけれど、物語中では主要登場人物のひとりが、なんと一ヶ月間も知らずにいた。情報のやりとりは口コミや手紙でしかできず、しかも大多数の庶民はそもそも文字が読めない(建築職人のトムとその子供たちもほとんど読めない)。この時間差や情報格差をうまく利用して、相手を罠にはめることまで行われる始末。

また、現代では男女格差や経済格差をなくそうと先進諸国が努力を重ねているけれど、物語世界では格差がごくあたりまえに存在している。貴族は庶民の生活について滑稽なほどまでに無知であり、女性はあからさまに差別され、未婚の母などほとんど魔女扱いである。それをごくあたりまえのように受け入れる時代の空気が物語全体に漂い、そこから顔をあげたときに、自分の生きる現代社会に感謝したくなる。

 

さまざまな魅力があり、さまざまな読み方が可能だ。時代背景から、人間関係から、運命のようなできごとまで。

それらすべての渦の中心に「大聖堂」が立つ。

読んでいくうちに、聖なるものであるはずの大聖堂が、これほどまでに欲望まみれの人間たちの権謀術数の中で建てられていくことにがっかりしてきた。

上巻では大聖堂再建の計画が立ったばかりで、まだ着手さえしていないのである。それなのにもうこれだけの犯罪すれすれ、時にはまごうことなき犯罪行為が行われており、これでもかという私利私欲を見せつけられてしまっては、これらすべての上に建つ「美しい」はずの大聖堂は、果たして人々の信仰を集めるに値するのだろうか、と考えてしまう。

それとも、これこそが現実に存在する大聖堂の裏にあった物語なのだろうか?

そう疑いたくなるほどに、物語はリアルだ。

物語はまだ二巻あるけれど、一足先に読書感想を書かずにはいられなかった。これから物語はますます佳境を迎えるだろうから、とても楽しみだ。

熊とワルツを - リスクを愉しむプロジェクト管理(トム・デマルコ&ティモシー・リスター著)

 

熊とワルツを - リスクを愉しむプロジェクト管理

熊とワルツを - リスクを愉しむプロジェクト管理

 

タイトルだけではなんの本やらわからないが、副題でなんとかテーマがわかる本。でも内容ほ大真面目。

「熊とワルツを」という言葉は童謡からとられていて、凶暴な熊とワルツを踊るというのはとてつもなく危険だから、転じてリスクをとることを意味しているらしい。

 

本書はITプロジェクトにおけるリスク管理がテーマ。

ITといえばデスマーチに代表される無茶苦茶な仕事ぶり、短すぎる開発スケジュール、仕様を度々追加する顧客など、とにかく「やりにくい」ことで悪名高い。著者らはこういった炎上プロジェクト管理、リスク管理を専門とするコンサルティング会社の経験豊富な共同経営者である。

「マネジャーたちはプロだ。簡単なことばかりに目を向けて、ほんとうの危険を無視するはずがない」

この、一見部下を信頼しているように見える、経営者にありがちな考え方に、著者らはとてつもなく辛辣な返しをする。

結構なことだ。唯一の問題は、この考え方は、「企業文化」に組み込まれ、埋め込まれたあらゆる阻害要因を無視していることだ。阻害要因とは、やればできる思考、失望させたくないという感情、バラ色のシナリオが色あせることを許さない圧力、不確定性を口に出すことに対する恐怖、(実際にはとうに手に負えなくなっていても)事態を掌握しているように見せかける必要、政治的権力によって現実を打破したいという誘惑、あらゆる人間活動をむしばむ近視眼的思考などだ。

めちゃめちゃグサリとくる。

著者はこういった【人間臭い】要素を「企業文化」とまとめているけれども、わたしは、嫌なことを耳にしたくないのは人間の本能の一部だと思う。古代ギリシャの時代から、不吉な予言をする予言者は徹底的に嫌われ、有力者に罰せられないと保証してもらえなければ話せなかったのだから。

わたし自身、リスク管理の仕事に関わったことがある。その時嫌というほど思い知った。

  • 上層部は「起こるかもしれないし、起こらないかもしれないこと」には、たとえそれがどれほどプロジェクトに影響があっても、「起きていない段階から」お金と時間をかけることを本気で嫌がる。
  • 上層部は「解決策が思いつかないこと」(たとえば官庁申請がうまくいかずに予想以上に時間がかかるかもしれない)は、それを解決するためのお金と時間を確保することはせず、「そうはならないだろう」と、根拠のない楽観的思考に逃げる。

「マネジャーたちはプロだからバラ色のシナリオをうまく実現してくれるはず」と信じて、上層部や経営者が思考停止するのは、わたしから見ると、童話「裸の王様」と同じだ。【バカ者には見えない】服を着て歩いている王様や見物人たちは、「王様は裸だ」とうっかり口にすればバカ者扱いされるから、「なんて素晴らしい服なんだ」と、ありもしない服を褒めたたえることに全力を尽くす。同じく、「このプロジェクトの納期は現実的ではない」と発言すれば社長に睨まれるから、「きっとやりとげてみせます」と部下は心にもないことを繰り返す。

きっと、わたしだけでなく、こうしたことに心当たりがある方はそれなりにいるだろう。

 

この本で、著者らはこれらの悪しき習慣にメスを入れようと悪戦苦闘している。

著者らが言いたいことは二つ。

「信じる権利があることだけを信じるべき」

「締切日をふくめて、ものごとには不確定性があるのがあたり前」

この二つを頭の固い上層部に理解してもらうだけでもとてつもなく大変だ。

まず、信じる権利があることとは、客観的証拠があり、合理的であると考えられることだ。たとえばあるボロ船の船主が「これまでこの船はなんとか無事に港に着くことができたのだから、今度もなんとかなるだろう」と信じて、ボロ船を出港させて、結果、船か沈没したとする。この時、船主は責任を問われるべきだ。船主が「きっと船は無事航海を終えられるはず」と信じたのは、きちんと船の状態を調査したうえでの結論ではなく、ただ船主が根拠もなしにそう信じたがったためだからだ。この場合、船主には「船は無事航海を終えられる」と信じられる権利はない。

著者らはこのことを一言でまとめる。

信じる権利があるものだけを信じることを「リスク管理」という。

 

次に、ものごとには不確定性があるのがあたり前、という項目。

なぜか「すべてが奇跡的にこの上なくうまくいく」ことを前提にして締切日を設定されたことのある人は少なくないだろう。そうではないのだ。締切日は、不確実なさまざまな出来事で引き延ばされる。なにかを見落としていたかもしれないし、途中でビジネス環境が変わって製品の仕様を変えなければならなくなるかもしれない。これらはみな「リスク」と捉えるべきだ。

「リスク」とは、今はまだ表に出てきていないけれど、いったん出てきたらプロジェクトに大きな影響を与えることすべてである。表に出てくるまで、リスクは上層部の嫌う「起きるかもしれないし、起きないかもしれないこと」そのものである。

すべてのリスクには移行指標がある。これを監視するのがリスク管理の一部だ。たとえば「チームメンバーが会社を辞めて、プロジェクトが立ち行かなくなる」というリスクを考えよう(実際良くある)。5人辞められたらプロジェクトに大きな支障が出るならば、たとえば2人辞めたところで残りのメンバーを引きとめる手を打った方が良いかもしれない。逆に、どのようなリスクがあるかも、その移行指標がなにかも考えずに「まあなんとかなるだろう」と根拠なく構えているのは最悪だ。人手不足で大炎上するのがオチである。

 

これを【企業文化レベルで】実施するにはどうすればいいだろう。わたしは、ギリシャ叙事詩イーリアス』の一幕が参考になると思う。うろ覚えだがこういう話だ。

はるか昔、古代ギリシャ。スパルタ軍とトロイア軍は10年間にわたる戦争のさなかだった。

ある日、スパルタ軍内に疫病がはびこった。当時、疫病は太陽神アポロンが怒りのために下す神罰だと思われていた。なぜアポロンは怒っているのか、総大将アガメムノーンが予言者に助言を求めた。予言者は「私は答えを知っていますが、さる尊きお方の怒りを買うやもしれません。身の安全を保証されなければ話せません」と言い、スパルタ軍No.2のアキレウスの保護を取りつけた。

「アガメムノーン殿が、太陽神アポロンの神官の愛娘をさらって我がものとしたのみならず、貢物を携え、娘を返してほしいと哀願した神官を手酷く追い返したため、アポロンの怒りを買ったのです」

予言者の回答にアガメムノーンは激怒した。しかし、スパルタ軍の疫病を止めるのが先だという部下の言葉を聞き入れて、予言者の提案通りに娘を父親の元に帰した。代わりにアキレウスがアガメムノーンの八つ当たりで罰せられ、腹を立てたアキレウスは戦場放棄してテントにこもってしまった。最終的にはアキレウスが損をしてしまったが、スパルタ軍内の疫病はこれて収束した。

  • リスクを唱える者に味方する有力者がいる(アキレウスは予言者を守ると約束した)
  • 誰も反論できないような形でリスクが表現される(疫病は太陽神アポロン神罰だと全員が信じていた。物語ではすでに疫病が起こった後だったが、起こる前であれば完璧なリスク管理となっていただろう)
  • 多少対価を払ってもそのリスクを軽減したほうが得だと皆がきちんと判断できる(アガメムノーンは娘を返し、またこの一件で勇将アキレウスとの仲が悪化した)

この辺りのふるまいができる企業であれば、リスク管理はうまく働くと思う。

 

ところで、わたしはこの読書感想を通勤電車の中で書いているが、隣のサラリーマンが、社内限定文書とおぼしき業務マニュアルを、わたしに丸見えの角度で広げて勉強している。業務マニュアルを紙で配布し、できるだけすぐに身につけるようにと命令したであろうこの会社は、サラリーマンが通勤電車の中で勉強することで、内部情報漏洩リスクがあることを想定したのだろうか?

 

【おすすめ】世界でもっとも強力な9のアルゴリズム(ジョン・マコーミック著)

 

世界でもっとも強力な9のアルゴリズム

世界でもっとも強力な9のアルゴリズム

 

誰もが一度は思ったことがあるだろう。

「検索トップにきているサイトはどうやって選んだのだろう?」

「今自分がネットショッピングで入力したクレジットカード番号は安全だろうか?」

「コンピュータがフリーズしたせいで最初からやり直しだ(怒)フリーズしないアプリはないのだろうか?」

この本はこれらの質問に答えてくれる。素晴らしいことに、コンピュータの前知識なしでもわかるような説明で。

本書をたとえるならば、学研漫画の「ひみつシリーズ」のようなものだと思う。本書は漫画でこそないものの、わかりやすさは同じくらいだ。コンピュータアルゴリズムという数学の塊のようなシロモノを噛み砕き、たとえ話にして、小学生の算数程度の理解力と想像力があればなんとなくわかるようにしてくれている著者の仕事は、ただただ素晴らしい。

著者自身、こんなことを最後の方に書いている。

この本の著者として私がとても驚いたのは、(偉大なアルゴリズムである)これら大きなアイデアは、どれもコンピュータプログラミングやコンピュータ科学の予備知識を一切必要とせずに説明できることだ。

有毒動物のひみつ (学研まんが ひみつシリーズ)

有毒動物のひみつ (学研まんが ひみつシリーズ)

 

 

小学生の算数程度の理解力があれば本書を楽しめると書いたが、中学生程度の数学能力があればなお面白くなる。

たとえば中学数学で学ぶものの中でもなんの役に立つのかよくわからない「素数」「素因数分解」。わたしは素因数分解を学んですぐ忘れ去ってしまった。だが素因数分解が、あなたのクレジットカード番号を、第三者に読み取られることなく安全にオンラインショッピングサイトとやりとりできる「公開鍵暗号法」のアルゴリズムのうち「RSA法」の根幹をなすものだと知れば、もう少し面白がることができるのではないだろうか。

あるいは、超高速でさまざまな可能性を総当たりできる量子コンピュータが、機密保持されている情報の「鍵」を破れる日がくるかもしれないと知ったら?  「量子コンピュータなんてなんの役に立つの?」と聞いてくる人に、「大げさに言えばあなたのオンラインクレジットカード取引や銀行取引の情報が盗み放題になります」と言えば、一発で分かってくれるだろう。(実際に利用されている公開鍵暗号法はもっと複雑なので、量子コンピュータが実用化されてもすぐに破られることはないだろうが)

 

本書で紹介されているコンピュータアルゴリズムの多くは、人類が昔から使用してきたものにヒントを得ている。たとえば検索トップにくるサイトを決めるために、学術書でよく見かける「索引」「引用」を利用しているし、秘密保持のために使用するのは「合言葉(に近いもの)」だ。著者はこのほかにも多くの素晴らしい例え話を使って、アルゴリズムを解説している。

一つだけ紹介してみよう。またクレジットカード番号の安全問題に戻るが、一番の問題は、あなたのことをなにもしらないオンラインショッピングストアに、どうやってあなたのクレジットカード番号を読み取るための「合言葉」を知ってもらうかである。クレジットカード同様、「合言葉」も機密情報であるけれど、インターネットでは基本的にすべてが公開されるから、「機密情報を読み取るための合言葉」を安全に伝えるために、別の機密情報保持方法が必要になる。こうなっては鶏が先か卵が先かという話になってしまう。

では「合言葉」をどう伝えるか。著者はこれを「絵具の色を伝えるゲーム」でうまく説明している。

伝えたい秘密は、絵具を混ぜて作った特定の色だと考えるようにしよう…自分が混ぜた絵具を誰が持っていくかは予測できないということになる。このルールは、実際には通信はすべて公開されていなければならないというルールを拡張しただけのものである。

あなたがオンラインショッピングサイトに伝えるべき「合言葉」は、「共有された秘密の混合色」にたとえられる。第三者に作り方を教えることなく、あなたとオンラインショッピングサイトが「同じ秘密の混合色」、すなわち「合言葉」を作ることが目的だ。著者はこれを次のステップにまとめた。

  1. あなたと秘密を伝えたい相手が、それぞれ自分の「秘密色」を選ぶ。たとえば、あなたは青色、相手は赤色としよう。
  2. あなたか、秘密を伝えたい相手が、新しいこれらとは異なる色を公開する。たとえば黄色としよう。この黄色の絵具が入った壺は公開場所に置かれており、あなたと相手だけではなく、通りすがりの誰もが好きに持っていくことができる。
  3. あなたと相手が、それぞれ公開色1壺と秘密色1壺を混ぜた絵具を作る。あなたは緑色、相手はオレンジ色になるはずだ。あなたと相手はそれぞれの色を「公開秘密混合色」として公開する。この絵具もまた、誰もが好きに持っていくことができる。
  4. あなたは相手の色(オレンジ)を持ち帰り、それに自分の秘密色(青色)を1壺混ぜる。混合色は茶色になるだろう。相手も同じことをする(相手は緑色に赤色を混ぜる)。やはり茶色になる。
  5. というわけで、あなたと、あなたが秘密を伝えたい相手が持つべき「合言葉」は茶色だ。あなたか相手の秘密色を手に入れない限り、第三者は公開された情報(オレンジと緑色と黄色)だけでは、「赤・青・黄が1:1:1で混ぜられた茶色」という「合言葉」を得ることはできない。

素晴らしい!  実際には、絵具は数字となり、絵具を混ぜることは数値計算となり、(かなり乱暴に言えば)混ぜられた絵具を分析して、もとの絵具を突き止めるやり方が素因数分解となる。

この仕組みやほかの仕組みを利用することで、わたしたちは個人情報や機密情報をオンラインでやりとりできる。オンラインショッピングやネットバンクが現代社会にどれほどの影響を与えたかはもはや説明不要だろう。ひとつのアルゴリズムが社会丸ごと作り変えてしまった。文字通り「世界を変えた」のだ。

 

技術が「世界を変えた」ことは、これまでの人類の歴史で何度もあった。というより、高校以前の数学や理系教科書に載っているようなことは、ほぼすべてが「発明当時の世界を変えた」ものであると言ってもおおげさではないと思う。たとえば鉄道輸送。化学の戦争といわれた第一次世界大戦でドイツを支えた「空気から爆薬を作る」方法(窒素からアンモニアをつくるハーバー・ボッシュ法。なおこれは化学肥料の生産方法でもある)。飛行機技術。原子力発電と核爆弾。これらはいずれも目に見える大型機械を必要とするし、それがなにをするのかも見てわかる。

一方、コンピュータアルゴリズムは、普段目に見えないところに組みこまれた、形がないものであり、その働きに人々があまりにも慣れたために、強力さに気づくことが難しい。

著者はコンピュータアルゴリズムの強力さと偉大さを、とてもわかりやすく覗き見させてくれる。覗き見たアルゴリズムの世界に魅了され、もっと見たいと思う人々が、数学知識を身につけてどんどんその世界に深入りしていく。だが最初の扉を開けることがなによりも肝心で、本書はその役割を素晴らしい形で果たしている。

エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢(竜盛博著)

アメリカでソフトウェアエンジニアとして15年働き、面接される側もする側も両方経験した著者が、アメリカで働くことを考えている日本人向けにまとめた渡米・面接・転職・キャリアアップ・レイオフ対策までの実践ガイド。

実践ガイドと銘打っているだけあって、無駄に煽るような文句はなく、アメリカで働くことのメリットとデメリットを淡々と双方公平に述べている。内容はめちゃくちゃ具体的で、ソフトウェアエンジニアではないわたしでさえ、面接状況や職場環境をまざまざと想像できるほど。これに加えて著者自身の面接体験やレイオフ体験のエピソードがこれまたくわしく書かれているから、読み物としても面白い。

時々著者自身の仕事やアメリカ転職に対する考え方もでてきて、参考になる。たとえば最初のこの記述にはハッとした。

「ソフトウェア開発の本場で働きたい」

ベンチャー企業のメッカで挑戦したい」

「一生、エンジニアとして働きたい」

「納得のいかない習慣が存在しない環境で働きたい」

それらの思いが言語の壁、習慣の壁、文化の壁を乗り越えてチャレンジするに値するものなのかと問われたら、迷わずYesと言える人もいれば、最終的にNoとなる人もいると思います。…自分がそれを体験しているところを想像しながら読んでみてください。そして、「自分もやってみたい」と思うか、それとも苦労してまでやりたいとは思わないか、考えてみてください。

年齢を重ねれば重ねるほど、持っているもの、守りたいものが増え、チャレンジするためにはそれらの一部なり全部なりを対価としてさし出さなければならないという事実の重みが増す。

著者のこの言葉には、「あなたにとって、アメリカへのチャレンジにはそれだけの重みがあるか?」と、一度足を止めて考えさせられる。

 

この心理的関門をすぎて、アメリカで働くことを本格的に考え始めるならば、次々待ち受けているのは現実問題だ。

労働ビザはどう取るのか。留学後に現地就職、日本で就職後に移籍、日本から直接雇用のどれを狙うのか、またどれが狙いやすいのか。電話面接と対面面接では、ソフトウェアエンジニアであればコーディングをさせられることが多いが、どのような環境を使うのか。コーディングの前提条件をどのように面接官から聞き出すべきなのか。どのように面接官に今考えていることをアピールすべきなのか(黙って考えこむだけなのはやめた方がいい)。

著者はひとつひとつ丁寧に、自分自身の経験をからめながら説明する。

運良く志望企業に入れたとしよう。同僚とはどうつきあうか(仕事後に飲みに行く文化はないが、同僚とはなるべくランチに行ったほうがよい)。人事評価の仕組みはどうか。反対意見はどう表明すべきで、それが通らなかったらプロフェッショナルとしてどうふるまうべきか。

「自分はその方針に反対であり、そういう話もした。しかし、チームとして決断が下されたので、チームの一員としてその方針にコミットする。その方針の実現に全力をつくす」

こういったことに自分は向いていそうか、それを自問自答しながら読み進めていく。

 

本に書かれていることで、わたしが難しいと感じたのは、同僚との問題や、マネージャーの管理の仕方、仕事の割り振りなどに不満がある場合に、

「わたしはこのことが問題だと思っている」

「わたしはこのような現状に満足していない、なぜならこうだからだ」

「自分でも改善するように努めるが、こういう問題があることだけわかってほしい」

「彼がどういう理由でそういうことをするのかわからない。マネージャーとして彼に聞いてほしい。こちらでできることがあれば喜んでする」

などと、人事権を握るマネージャーに直談判することだ。日系企業では、仕事の不満を論理立てて上司に説明し、改善を希望するなどという機会はそうそうないから、単純にこうしたことに経験値が足りないし、心理的にもやりづらい。

これをやらなければならないのなら、アメリカでうまくやっていくためにわたしは相当苦労しなければならなそうだ。これがわたしにとっての心理的関門になるだろう。案外すぐに慣れるかもしれないが。

 

アメリカでの就職を選んだ理由として、著者は「レイオフは避けられない、だったら次が見つけられる可能性が高いアメリカで働こう」と考えたそうだ。

この言葉は、日本社会にもあてはまりつつある。

つい最近、トヨタ社長が「終身雇用制度の維持は難しい」と発言して話題になった。NECでは45歳以上の正社員を対象としたリストラが始まった。今後、こういう経営姿勢を見せる大企業は増えてくるだろう。バブル崩壊から20年、景気回復を果たせない中で日本企業はさまざまな効率化をすすめてきたが、ついに「人件費」に手をつけてきたということだろう。

終身雇用制度崩壊は、数十年前にアメリカやイギリスがすでに通ってきた道であり、日本はその後追いにすぎないという意見があるけれど、わたしはこの意見に賛成だ。国としての文化的歴史はどうあれ、経済的歴史は、意外にどの国も似たような道をたどる気がしている。わたしは歴史学者ではないから本当になんとなくではあるが。

たとえば今の中国はしばしばバブル時代の日本と比べられるし、日本の終身雇用制度はアメリカの1970年代、大企業のホワイトカラーが終身雇用だったころと比べられる。少なくとも経済分野では、ある国は数十年遅れでほかの国がたどった道のりをたどっているように思う。

では日本もアメリカのような超格差社会、転職社会になるのかといえば、アメリカほどひどくならないのではないかと思う。アメリカは移民国家でそもそもお互いに自由で没干渉でも問題なし、一方日本は人間関係がウェットで協調圧力がかかるから多少は均質さが残るのではないか。それでも現在から見れば格差は広がるだろうし、安定したポジションにつける人数は確実にぐっと減るだろう。アメリカほど広がりも減りもしないだろうというだけの話だ。

その「安定したポジションにつける人」であり続けることができるかが、課題になる。

世界一わかりやすいIT業界の「しくみ」と「ながれ」(イノウ編著)

マンガを交えながらIT業界の全体像を説明している本で、それぞれのマンガのキャラクターはとある架空のIT会社の従業員という設定だが、会社の組織図までしっかりつくるこだわりぶり。内容はごった煮気味で、IT業界の歴史あり、企業紹介あり、プロジェクトの進め方あり、業界あるある話あり、といった具合。わたしがこの本を読んだのは、IT業界の仕事の進め方とそれぞれのポジションを知りたかったからであるが、さまざまな章にちらばっているので、読みながらほしい情報を拾い集める感覚だ。

IT業界のプロジェクトは【要件定義→設計→開発→テスト→導入→運営管理】という順番で進むわけだけれど、企業の業務システム開発にあたって、この要件定義がちゃんとできないことがIT業界の大問題であると聞く。どんなITシステムがほしいのか、受注側がうまく聞き出さなければならないのだけれど、発注側が自分のほしいものをよくわかっていなかったり、途中で気が変わったりするから苦労が絶えないとか。ただ、それぞれについての詳細話は本書にはないから、ものたりない気持ちになる。本書をざっと読んで知りたいテーマを決めて、詳細を別の本で確かめるにはいい。

三日でわかる中国経済(中国法制出版社編)

 

つい先日、わたしがよくリンクを貼るAmazonが中国市場から撤退するかもしれないと耳にした。

中国側はこのことを歓迎しているらしい。オンラインショッピングの競争相手が減るからというのもあるだろう。Amazonの強力なクラウドサービスに国内企業が太刀打ちできずに苦労しており、Amazonが撤退すれば国内企業がクラウドサービスを握れるからだともいわれる。

もしかすると、それ以上の裏事情もあるかもしれない。GoogleFacebookが中国市場から締め出されたのは、アクセス記録提供、「望ましくない」ウェブサイトへのアクセス制限などについて、当局と折り合わなかったためだとささやかれる。Amazonがなんらかの交渉決裂に直面した可能性もなくはない。

今後状況が変わらなければ、中国の小学生以下の子どもたちは、海外留学でもしない限り、GoogleFacebookも知らないまま育ち、オンラインショッピングといえばアリババの提供サービスを使うようになる。

 

中国経済は特殊な歴史事情、政権体制、消費者感情などのために、しばしばヨーロッパやアメリカを中心に発展してきた経済学では説明しがたいようなふるまいをする、というのがわたしの肌感覚だ。

経済学ではいつも開かれた市場、自由競争、需要と供給が決める適切価格などから学び始めるけれど、中央政権による経済活動統制・干渉がとても強い中国において、ここをスタートポイントにするのはおそらく適切ではないし、たとえば需要供給理論だけでは説明できない現実(たとえば数千万戸が売れ残っているとされるにもかかわらず高止まりする不動産価格)がごろごろしている。

だから中国経済を理解したければ、必ず中国で発行された経済書を読まなければならない、とわたしは思う。きちんと中国特有の前提条件から話をすすめてくれるから、混乱せずにすむ。中国ではみんなお金儲けや投資話にすごく関心があり、一般向けのビジネス書や投資関連本でもいいものがどんどん出ている。日本語訳があまりないのがツライけれど、わかりやすいものから手に取るのがいい。本書もその一冊。

 

マンキュー入門経済学が経済学入門編だとすれば、本書は中国経済にスポットをあてた応用編だといえる。いわゆる「三日でわかる」シリーズで、中国経済の現状を経済学原理や社会の現実とからめながら、経済学にくわしくない読者にやさしく説明してくれる。

マンキュー入門経済学 (第2版)

マンキュー入門経済学 (第2版)

 

内容は不動産、株式市場、通貨、個人収入、金融、就職市場、産業構造、エネルギー、環境の9つで、いずれも中国経済を語るにあたって避けることができないキーワード。

バブルの気配が濃厚な不動産市場については、8つもの原因をあげて説明しようとしている。その中でも「貨幣の過剰供給」「政府による土地供給及び土地開発許可独占」がバブルの根本原因だと指摘しているのはかなり的確だと思う。どちらも貨幣政策や土地政策に関することだ。

不動産はいまや中国経済の根幹をなしている。不動産と建設業界はGDPのかなりの部分を占めているし、地方政府は赤字体質で土地開発収入でもっているようなところもあることが明らかになってきたし、金融機関のバランスシートにも不動産ががっちり食いこんでいる。これだけみれば80年代の日本によく似ているが、中国特有のさまざまな利権が話をややこしくしている。

不動産バブルはリスクが高すぎるとみんな分かっているものの、なかなか中国の不動産投資熱は冷めないのは、利権もさることながら「住めるところを確保したい」という消費者心理があるためだ。

中国は近代以降、革命につぐ革命、激動につぐ激動を繰り返してきて、その度に財産没収から地方追放から冤獄まであらゆることが起こってきた。誰もがみな「いつなにが起こるかわからない」ということを骨身にしみて知っている。だからどんな状況になってもせめて身を置くところがあるようにーーという心理で、無理をしてでも不動産を買いたがる。インド人が「いつ故郷を捨てて逃げ出さなければならなくなっても身につけることができて、いつ貨幣が価値をなくしても間違いなく換金できる」黄金のアクセサリーを必ず買うようにしているのと同じ、生きるための知恵である。だがその知恵が不動産バブルをもたらしたのはなんとも皮肉だ。

本書によると、中国政府は不動産価格を抑える政策を打ち出しては緩めることを繰り返しているようだ。

さきほどインターネットで調べてみたところ、2019年5月現在、中国政府はまたもや政策を緩めはじめ、これまで不動産を購入できなかった人々の需要を掘り起こすために、大手銀行に小規模企業への融資を増やすよう迫っているという。小規模企業経営者は一部融資を不動産投資に使い回すことがよくあるから、不動産投資刺激策にもなる。

(2019年4月) 16日に発表されたデータによると、住宅価格の伸びは3月に加速に転じている。11~2月は4カ月連続で伸びが減速していたのとは対照的だ。

WSJコラム)

なんだかサブプライムローンみたいな話ではある。証券化することはないかもしれないが、融資焦付きが増えそうであるが、不動産市場を維持するためにはそうもいってられないのだろう。

 

本書は2016年版であり、2015年までの経済状況しか書かれていない。

そこで、「通貨」問題のひとつとして指摘されている指標、CPI(Customer Price Index、消費者物価指数)のその後についても調べてみた。本書では、貨幣の過剰供給により消費者物価指数がずっと高止まりだが、短期間でこのトレンドが変わることはないだろうとしている。実際はどうか。

2018年以降の中国のCPIはたしかに、相変わらず2%程度成長を続けている。同時期での日本のCPIは低めで、0.2%〜1.4%程度。けれど中国のCPI増加幅は予想よりも小さいとされており、国内需要が冷えこんだためではないかと言われている。本書で心配されているようにCPIが上がりすぎる状況にはなっておらず、むしろ逆のことを心配されているようだ。

中国: 居民消费价格指数(CPI) _ 数据中心 _ 东方财富网

日本: https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/pdf/zenkoku.pdf

 

本書ではどちらかというとマイナス面を多少強調しているけれど、日本のバブル期のように消費者が経済発展はずっと続くと勘違いして身の丈をわきまえない不動産投資に走らないよう、冷や水を浴びせようとしているようにも見えた。中国は日本のバブル崩壊を実によく研究している。自分たちはそうなりたくないという強い思いがある。だが思いとはうらはらに、不動産バブルは危険水準に達している。政府はなんとか経済をソフトランディングさせようとしているけれど、先は見えない。

マンキュー入門経済学(N.G.マンキュー著)

 

マンキュー入門経済学 (第2版)

マンキュー入門経済学 (第2版)

 

めちゃくちゃわかりやすい経済学入門書。これから株式投資したいとか、日経新聞をもっとよく理解したいとか、そういう目的で手軽に手に取るのがおすすめであるし、ニュースで議論になっていることが、経済学で説明出来ることを知るのはとても役立つ。

経済学は、経済をまわすものはなにかというところからスタートするけれど、これが「インセンティブ」と哲学的。もっと直接的にいえば「人間の欲望」であろう。人間誰しも得をしたいし、損をしたくないもの。「こういう経済活動をすればメリットがデメリットを上回る」と思えば、やる理由が生まれる。

経済学を学んでいくと、インセンティブが中心的な役割を果たしていることがわかるだろう。

人間の欲望は、経済学では「お金」の形で現れるため「価格」がとても大切になるけれど、古典経済学では「市場にまかせればどこかでちょうどよいバランスの価格(または需要・供給)に落ちつくもので、それはあたかも神の御技のごとし」と、これまた哲学的な考え方をしているのが面白い。

市場経済が「見えざる手」によって導かれているとするならば、価格システムはその有名な「見えざる手」が経済というオーケストラを指揮するのに用いる指揮棒である。

 

さて哲学的なスタートを切った入門経済学だけれど、ここからどんどん現実的になってくる。介護や乳幼児保育の分野などにそのまんま起こっている「価格上限が決められると需要に供給が追いつかなくなる問題」。市場状況からすると本来もっと高い給料でバランスがとれるはずなのに、政策でより安い給料に固定されてしまうと、なり手がいなくなる一方、需要は多くなり、バランスが崩れるというもの。前回読んだ『東京貧困女子。』では官製貧困の原因と批判された。

政府が競争市場で拘束力を持つ価格の上限を設定すると、財の不足が生じ、売り手は多数の潜在的な買い手に対して希少な財を割り当てなければならない。

一方、その逆。最低賃金引上げのための活動をよく見かけるけれど、これが逆に失業率を上げるというお話。このことも需要と供給で説明できる。需要曲線と供給曲線には、お互い交わる「つりあいがとれた」点があるのだけれど、労働力を供給、企業求人を需要とするならば、最低賃金引上げは労働力供給を増やす(働きたい人が増える)一方、理論的には企業求人を増やさない(現実的には減るだろう)。ゆえに、失業が生じることになる。

もし最低賃金がこの図で示されているように均衡水準よりも高ければ、労働の供給量は需要量を上回る。その結果、失業が生じる。

…...最低賃金引上げをアピールして支持を集めようとする人々は、このことをどう考えているのだろうか、気になる。もちろん古典経済学のモデルはとてもシンプルなので、現実がまったくこの通りになるとは限らないけれど、「なぜこうならないと思うのか」は説明されるべきだと思う。

 

いずれにせよ、古典経済学では、自由市場の結果が「神の御技のごときバランス感覚によって」長期的には資源の効率的配分を達成している、という結論になる。裏返せば「人間が市場のすべてを把握することはできないから、人間が中央計画経済をやろうとしてもうまくいかない(いかなかった)」ということになる。

いま統治者が市場に頼ることなく、自分で効率的な資源配分を選ぼうとしているとしよう。そのためには、市場におけるすべての潜在的な消費者の財に対する価値とすべての潜在的な生産者の費用を知る必要がある。しかも一つの市場だけではなく、経済に存在する何千もの市場一つ一つについてこの情報が必要なのである。このような情報収集は不可能であり、なぜ中央計画経済がうまく機能しないのかを説明している。

わたしが疑問に思ったのは、ビッグデータとAIがますます発展するこの時代に、人間が市場のすべてを把握することはできないということはまだ正しいのだろうか、ということ。

すでに株売買や為替売買は自動化され、0.1秒間隔の高速取引で莫大な利益を稼ぎ出している。コンピュータシステムが予想できない「人間投資家の非合理的な狂気と恐慌心理」のせいでマーケットが予測不能な動きをすることもたまにはあるらしいけれど、予測できない範囲はだんだん狭まってきているのではないかと思う。

また、オンラインショッピングやキャッシュレス化が進めば、国民一人ひとりの消費活動をデジタルデータとして把握することもできるだろう。お隣中国などはその好例で、アリペイはいまやその辺の屋台でさえ使える。いまや人間が把握できないのは、プレイヤーがあまりに多く、データがバラバラに保管されている場合に限られるのではないだろうか。(クラウドを使うとそれもわからないが)

 

このような時代であれば中央計画経済は成り立つか?  技術的には充分可能性があると思う。

できるようになるにはなにが必要だろう。想像してみた。

  1. 経済活動を表すデータの取得。キャッシュレスを徹底し、あらゆる銀行取引、証券取引、為替取引などの記録のみならず、求人数や労働者数や給与額(労働力の需要ー供給解析のため)、商品売上げ個数や在庫数量、ソフトウェアやデジタルコンテンツダウンロード数などをすべての銀行、証券会社、企業、個人から得る。
  2. 現在のみならず過去のデータをも解析してあらゆる項目の需要ー供給曲線を得る。(短期間と長期間のものがそれぞれ必要になるだろう)
  3. 現状を需要ー供給曲線の交わる点と比較する。
  4. 現状と需要ー供給曲線の交わる点とが一致しない場合、どのように一致させるか対策立案する。
  5. 然るべき政府機関を通して、対策を実行する。

1.はかなり手強そうだ。提出させるデータは質が良く、解析可能なものでなければならない。実際のデータは不必要な情報が混ざっていたり、手入力であればミスがあったりするかもしれない(みずほ証券担当者の入力ミスによるジェイコム株大量誤発注事件を覚えているだろうか)。故意に一部データを隠蔽されることもあるかもしれない(公にされたくないお金の流れのひとつやふたつはどの企業にもあるだろう)。信頼できるデータを得ることは技術的には可能なものの、実際には独裁国家でもなければ難しいだろう。

2.〜3.はコンピュータシステムや人工知能により達成出来そうで、一部分野ではもう研究が進んでいても不思議ではなさそう。

4.以降はさらに問題で、その国家のこれまでの政策、これからの国家戦略がからみ、さらに利権関係調整もあるから、一筋縄ではいかず、人間の政治家や経済学者がどうしても必要になるだろう。

ではここまで苦労して中央計画経済を行うためのインセンティブはなんだろうか?

わたしは「金融危機バブル崩壊を未然に防ぐことができること」がもっとも大きなインセンティブになると思う。日本のバブル崩壊アジア通貨危機リーマンショックなどのように、一国の経済体制そのものを根幹からゆさぶり、その後10〜20年に渡る不況を引き起こすようなことは、どの国家も望まないだろう。経済危機を回避するためであれば、ビッグデータを利用して中央管理経済を実施するのは、充分理にかなうし、今後この方向に進む国家も出てくるだろうとわたしは思う。