コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

[テーマ読書]わたしの好きな中国現代小説家

中国現代小説を読むのはワクワクする。日本でいう半沢直樹みたいな立身出世小説もあれば、林真理子あたりが書きそうなどろどろ家庭小説、不倫小説、若者たちのなやみをつづった青春小説など、ジャンルは日本とあまり変わらないけれど、90年代以降急激に発展してきた中国の社会情勢とあいまって、どの小説の登場人物もとてもエネルギッシュで、良くも悪くも生きることに貪欲、欲望に忠実、くよくよ悩んでいるヒマがあったらとにかく行動してやるというタイプが多い。たまに内省型の登場人物が出てきたら逆に落ち着かないほど。

わたしが好きな中国現代小説家を、何人かとりあげてみたい。一般庶民の日常生活を生々しくあばき、その背後にひそむ巨大な社会問題をあぶりだすことを得意とする小説家が多い。

 

豆豆(ドウドウ)

未翻訳。わたしの一押しは『遥かなる救世主』。

重要登場人物のひとりである丁元英(ディン・ユェンイン)は金融界の鬼才。プライベートファンドの共同経営者として中国株式市場で数億元(数十億円)の利益をあげながら、突如ファンドから身を引き、代償として期間限定で資産を凍結され、貧乏生活を余儀なくされた変人。クラシック音楽鑑賞が趣味。宗教・哲学・歴史も造詣深いという、中国現代小説ではめずらしい内省型人物。

小説の中で丁元英がやったのは、貧しい農村の村民たちを束ねて木製の高級音響設備を生産する小さな株式会社を立ち上げ、国産音響設備の大手会社と業務提携をとりまとめ、大手の販売能力とブランド力を利用して村民たちのビジネスに持続性を持たせたこと。農村での起業物語という点では『限界集落株式会社』に少し似ている。いまならアメリカのシリコンバレーでスタートアップ企業が数年で身売りしたり提携したりすることも珍しくない。だがこれを1990年代の中国社会で実現させるというのはなかなか面白い。

しかも丁元英がやったことは、作中ではサクセスストーリーとはみなされていない。「中国国内音響設備会社の部品を仕入れ、農村の廉価な労働力を利用して組み立てただけの音響設備を、いきなり国際市場に出品する」ことで、それまでの価格設定にけちをつけた、国産ブランドの価値を毀損した、と、徹底的に批判されるのだ。

丁元英自身、実は貧困農村を助けようとしたわけではまったくない。彼は将棋やチェスのように駒を進めてゲームをしただけ。旧態依然とした農村社会にいきなり冷酷な金融投資の論理を持ちこみ、法制度の不備と社会制度の欠陥を最大限利用しながら、持株、共同経営、さらには法廷訴訟まで利用してしまう辣腕ぶりは、プライベートファンドで巨額の利益をあげた鬼才の名に恥じない。

この小説は『限界集落株式会社』みたいな農村起業物語に終わらない。丁元英の宗教・哲学的思考、現代社会についての深い考察、丁元英本人が「文化暗号」と呼ぶ、中国文化に特徴的な思考方式への洞察、それをとことん利用してのける冷徹ぶりが、ただの小説では終わらない奥行きをもたせている。丁元英とは対照的に、利権にあやかろうとする登場人物の浅ましい姿を通して、人間の救いのない愚かさをもあぶりだしている。一粒で何度も美味しい作品。

 

六六(リュウリュウ

どろどろ家庭小説といえばこの人。嫁姑地獄を書ききった『双面胶』(両面テープ。夫は嫁と母親どちらにも迎合しなければならないという意味)と、不動産高騰によるローン地獄、公務員の汚職、拝金主義、不倫などの社会問題をぎゅっと凝縮させた『蜗居』(『上海、かたつむりの家』というタイトルで日本語版が出ている)を読んだ。

『上海、かたつむりの家』がわたしの一押し。日本のバブル時代以上の住宅ローン地獄をとりあげた問題作。

物語のきっかけはとても些細なこと。主人公の郭海萍(グオ・ハイピン)は地方出身者で、夫とともに大都会上海で働き、いわゆる賃貸ワンルームで生活している。ワンルームはダブルベッドと勉強机を入れるのがせいいっぱいの狭さで、キッチンがなく、アパートでシェアハウスならぬシェアキッチンを利用しなければならない。息子が産まれてからは実家に預けていたが、息子が彼女に全然懐かなくなったため、「上海で家を買って、親子三人で暮らしたい」という素朴な夢を抱く。

だが海萍はすぐさま現実に打ちのめされるーー上海の不動産高騰はすさまじく、頭金さえ出せそうにない。それでもどうしても夢をあきらめきれない海萍はしだいにヒステリックになり、結婚を控えた妹をはじめ、両親、義両親になりふりかまわず借金をしようとする。姉を助けたい一心で、妹は仕事関係で知りあった公務員に借金を申し出て、その見返りとして愛人関係を迫られてしまう……。

昼ドラにぴったりのストーリーだが、主人公姉妹の葛藤、社会問題の描写がとことん市民目線で、共感を呼ぶ。思えば、海萍はただ、上海で家族水入らずで暮らせる家を買いたかっただけなのに、なんでこんなことになってしまうんだろう。そういう無言の叫びが聞こえてくるよう。

上海、かたつむりの家

上海、かたつむりの家

  • 作者:六六
  • 発売日: 2012/08/30
  • メディア: 単行本
 

 

方方(ファンファン)

コロナ禍拡大により、旧正月直前に都市封鎖された武漢でオンライン日記をしたため、炎上・検閲・削除とのいたちごっこになったファンファンだが、本職は小説家で、武漢を舞台に、名もなき一般市民の生活を生々しくさらけだした小説を得意とする。

わたしの一押しは『万箭穿心』。主人公は一児の母である李宝莉(リー・ボーリィ)。夫は工場でそこそこ出世しているが、経済的余裕はあまりない。本人は肝っ玉母さんを自負しているが、実際のところは、人前でも夫を平気で罵倒してはばからないただの根性悪である。夫はたまりかねて彼女から距離をとろうとするが、彼女は逆に夫の浮気を疑ってストーキングし、とうとう夫が勤め先の女性とホテルに入ったところを見てしまう。怒り狂った彼女は、○○ホテルで違法売春が行われていると警察に通報し、夫と相手の女性はあわや逮捕されそうになり、面目丸潰れになる。

この一件で夫は入水自殺し、息子は彼女と決裂する。李宝莉は悲惨な運命を呪い、息子を恩知らずと罵倒しながら、男でもなかなか耐えきれないような体力仕事で汗水垂らして日銭を稼ぎ、たくましく生活をたてる。こうなった原因が彼女自身にあることに、彼女は気づかない。

世のカカア天下の家庭が読んだら冷や汗かきそうだが、この小説、男性読者と女性読者の感想が180°違う。男性読者は「主人公は度をすぎて夫を馬鹿にする悪妻、息子に見放されて当然」、女性読者は「主人公はぼんくら夫に悩まされた被害者、夫亡きあとに過酷な体力仕事をしながら女手一つで息子を立派に育てあげた、なのに息子の仕打ちはあんまりだ」。男女の価値観の違いを反映しているようで実に興味深い。

武漢日記:封鎖下60日の魂の記録

武漢日記:封鎖下60日の魂の記録

  • 作者:方方
  • 発売日: 2020/09/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

郁秀(いく・しゅう)

未翻訳。わたしの一押し『花季・雨季』は20世紀末に出版された。経済発展著しい深圳にある男女共学高等学校に通う高校一年生たちの青春群像劇であり、中国青春小説の草分け。

恋愛禁止、高校時代のすべては大学受験のためにあるという当時の中国社会の価値観に反して、『花季・雨季』の登場人物たちは同級生とのあいだに淡い初恋を芽生えさせ、教師に恋愛感情にすら近いあこがれを抱き、進路指導で親とケンカしたり、流行歌を楽しんだり、物売りだって株式投資だって面白がって体験しちゃう。一方では、両親の離婚問題や自身の戸籍問題(中国では住民票を簡単に移すことができず、居住地域に住民票がない人々はさまざまな差別に直面した)といった社会の現実にも、しだいに向き合わせざるをえなくなる。

そんな等身大の少年少女たちの青春を書いた青春小説は、20世紀末の中国ではまさに画期的だった。わたしの一番好きな小説のひとつ。

 

韩寒(かん・はん)

1980年代生まれ、高校時代にデビュー作『三重門』(日本語版タイトル『上海ビート』)がベストセラーとなり、高校中退後はカリスマ作家として一時代を築き、ラリーレーサーとしても活躍する、中国現代小説家の中でもひときわ異彩を放つ人物。

デビュー作『三重門』がわたしの一押し。高校生らしい生意気さや反逆精神、試験対策一辺倒の高校教育制度への批判に満ちあふれていながら、それを皮肉やブラックユーモアにみごとに昇華させているから後味が良い。韓寒は高校生ながらすでに中国古典や欧米文学歴史をたくさん読んでおり、呼吸するように史記だのブレイクだのポーランド侵攻だのがでてくる一方、

「家庭は山にたとえられる。夫婦はふたりとも懸命に登ろうとするが、山頂にはひとりが立つスペースしかない(意訳)」

「造物主は上海に湖をおつくりになったとき、体力の限界に達していたにちがいない。カナダ人が上海にきて、地元民が湖と呼ぶものを見たときには、思わず"Pool! Pit!" と叫びつつ、五大湖(Grate Lakes)を見せてやりたいと思うのだそうな。まあ淀山湖は少しはマシらしい。"Pond"と言ってもらえるくらいにはね(意訳)」

というような、およそ高校生らしからぬ言葉がぽんぽん書かれる。かと思えば「政治的検閲対象ぎりぎりを狙ってます?」みたいなあやうい記述があったり。中国の尾崎豊といえるかも。高校時代に読みたかった。

上海ビート

上海ビート

  • 作者:韓 寒
  • 発売日: 2002/07/01
  • メディア: 単行本