コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

バンダルの塔 (高杉良著)

この小説は実話をベースにしている。

産油国イラン。石油産出にともない、天然ガスが大量に噴き出ていたが、活用されることなく焼却され、灼熱の砂漠にある油田をさらに焦がさんとするかのように、火柱が立ちのぼっていた。この天然ガスを産業利用すべく、1973年、日本とイランの間に、合弁による石油化学事業計画がもちあがり、イラン・ジャパン石油化学(IJPC)が立ち上げられ、主人公の山中正史が赴任することになった。油田最寄りの空港に向かって、飛行機がゆっくりと降下するところから、物語が始まるーー。

これだけ書くと、著者得意の事実をベースにしたモーレツ社員によるプロジェクト成功譚のようだが、「イラン革命」という不吉な言葉を知っている読者であれば、これがそれとは正反対の小説であることをすぐさま察するだろう。

物語序盤から不吉な影はゆっくりとたちのぼってくる。最初はイスタンブール総領事からもたらされた、イラン現体制の安定性を不安視する噂。それがしだいに外務省に広がり、専門誌記者にまとこしやかにささやかれ、プロジェクト担当者の胸の奥に不安の澱みを生じさせる。石油ショックによる建設費用の高騰、イラン人気質との折り合いの難しさなども小説の中で浮き彫りにされるが、これはどのプロジェクトでも起こりうることだ。この小説での結末を決めたのは、イラン革命。すなわち政権交代だった。

実際にはイラン革命でプロジェクト中断が決まったわけではない。革命政権も、これがイランの今後の国運を決めるほどの重要プロジェクトであることを理解していたため、むしろ継続を望んだ。プロジェクト中断の決め手となったのは、この後始まるイラン・イラク戦争が長引いたことである。しかし、この小説ではイラン革命に追われるようにして山中たちが建設現場を去る場面で終わる。著者は多くを書きこんではいないが、五年以上の年月をかけ、建設終了間際までもちこんだプラントから去らねばならなかった担当者達の無念はいかほどだっただろう。

イラン革命はイランの内政問題であったが、たとえ政権が比較的安定していても、欧米諸国に睨まれているイランとの貿易はいつも困難を極める。そしてその背後には、イランの石油利権を独占したいという欧米諸国の打算が見え隠れする。こういう小説やノンフィクションを読むと、資源と警備力をセットでもたない国は、ありあまる資源を狙われるために不幸になるのだなあ、と、ため息をつきたくなる。

 

最後に少しだけ救われる話を。

日本側はプロジェクトから撤退したが、イラン・イラク戦争停戦後、イラン側は社名をBandar Imam Petrochemical Companyに変更、韓国企業を使い、国の威信をかけて石油化学設備を再建した。各プラントは1994年から順次生産開始。現在、このプラントがイランの石油化学産業の中核となっている。

完成間近までこぎつけながら無念にも去らねばならなかった設備が、再建され、イランの経済を支える一助になっていることを思えば、「やってきたことは無駄ではなかった」と思えるのではないだろうか。なんといっても、イランを石油化学製品輸出国へと転換させ、イランの人々の生活をよりよくする、という目的を果たすことはできたのだから。