なぜこの本を読むことにしたか
なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。
①世界の見方を根底からひっくり返す書物、
②世界の見方の解像度をあげる書物、
③好きだから読む書物
この本は②。私は株式投資に興味がある。決算書や財務3表(「賃借対照表」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書」)を読めなければお話にならないので、いまさらながらお勉強。
本書の位置付け
初心者向けの財務3表解説書。基本事項についてそれぞれ独立ではなく「財務3表間のつながり」という切口から説明したあと、架空の会社のケースで財務諸表を一から作り上げるという形式で、財務3表の理解を深める。わかりやすい説明に努める一方、あくまで初心者向けゆえ、ある程度知識がある読者にはもの足りなさそう。
本書で述べていること
著者はズバり言い切る。
財務3表は、会社が「どのようにお金を集め」、「何に投資し」、「利益をどれくらい上げたか」、という基本活動が理解できる道具です。
まとめると以下の通り。
- 【どのように/いくらお金を集めたか】→賃借対照表の右側「負債 (liabilities)」と「純資産 (shareholder equity)」、キャッシュフロー計算書の「財務キャッシュフロー (Cash from financing activities)」
- 【何に/どれくらい投資したか】→賃借対照表の左側「資産 (assets)」、キャッシュフロー計算書の「投資キャッシュフロー (Cash from investing activities)」
- 【利益をどれくらい上げたか】がわかる→損益計算書、キャッシュフロー計算書の「営業キャッシュフロー (Cash from operating activities)」
では、財務3表間のつながりはというと、財務3表の作成者視点から、以下5つにまとめられる。
- 【どのように/いくらお金を集めたか】で、損益計算書で記述される、会社が稼いだ利益「利益剰余金 (accumulated earnings) は、賃借対照表の「純資産」に入れる。なぜなら、純資産にあたる英語表現 shareholder equity が示すとおり、会社とは資本家や金融機関がお金を出しあってつくった利益追求団体であり、会社のもうけはすべて彼らに還元されるべきであるから。
- 賃借対照表の右側と左側は一致する。
- キャッシュフロー計算書の「現金及び現金同等物(cash and cash equivalents) 」の期末残高と賃借対照表の左側「現金及び預金(cash and deposits)」は一致する。
- 損益計算書の「税引前当期純利益 (income before income taxes)」と間接法キャッシュフロー計算書の数字は一致する。
- 間接法キャッシュフロー計算書と直接法キャッシュフロー計算書の営業キャッシュフローは一致する。
このようなつながりを説明されると、ある企業活動が生じたときに財務3表がそれぞれどのように動くかがわかる。
現実では売掛金やら税処理やら、3表作成時点で「一定期間後にカネを受け取る権利だけあり、現金がない」「税務署の裁量で変えられる」状態がままあり、それを記述するために(そして主に賃借対照表の左右をバランスさせるために)いろいろ直感的にはわかりづらい会計規則が積み増しされていることも、本書後半で説明される。
感想いろいろ
直感的にはわかりづらい会計規則としていくつかあがっている中で、とりたてて面倒そうだと感じたのが「法人税調整額」。
たとえば貸倒引当金を損金として認めてくれるかどうかは税務署判断待ち、という状況では、「認められた場合」「認められなかった場合」それぞれで法人税額が違ってしまう。それを賃借対照表に盛りこむために「法人税調整額」というよくわからない項目が増えることになり、さらにこれを利用して当期純利益を押し上げることもできるというのだから、会計は奥深い(ちなみにこういう「財務諸表上は数字があるが現金が動いていない」項目は、粉飾にも利用されやすいらしい)。
あまりにもさまざまな種類がある商売の現状を、たかだか3種類の表の規定科目に落としこもうというのだから、いろいろ無理がでてくるのは当然で、それでもこれ以上優れた枠組みがないから、仕方なく無理を受け入れているのだろう。それに会計規則上のグレーゾーンをうまく利用すれば当期純利益を多くみせたり少なくみせたりできるから、一部の企業にとっては有難いのだろう。だからこそ投資家は財務諸表の読み方とごまかしやすいところを知らなければならない。というのが私の感想。
財務諸表の基礎知識は『決算書がスラスラわかる財務3表一体理解法』を読めば充分であるが、たまたま、財務諸表の読み方について書かれた中国の本を入手したため、比較のために併読してみた。
経営者目線と投資者目線の双方から、財務報告の読み方、分析方法、経営者であれば会社をより良くするために注目すべき財務数値についてやさしく解説した本。基本的内容は『決算書がスラスラわかる財務3表一体理解法』とかぶっているが、ウォルマートの財務報告を始め、より多くの具体例や投資家たちのアドバイスを紹介していたり、さまざまな例え話や名言やエピソードを盛りこんで、財務報告の重要性を直感的に理解できるようつとめている。
ちなみに『決算書がスラスラわかる財務3表一体理解法』では五つの利益、すなわち「粗利益」「営業利益」「経常利益」「税引前当期純利益」「当期純利益」に着目しているが、本書では「粗利益」「営業利益」「当期純利益」の三つに着目し、残り二つはほぼ流している。
株式投資家向けに、財務報告の読み方について、実際に貴州茅台酒有限会社(Kweichow Moutai Company Limited) の2013年度財務報告をベースに解説した本。副題「財務報告は企業を排除するために使う」とあるように、投資家目線で投資を考えている企業の財務報告を分析し、虚偽や粉飾、水増しを見つけ出すためのノウハウがふんだんに紹介されている。『決算書がスラスラわかる財務3表一体理解法』を読んだあと、応用篇として読める。
貴州茅台酒有限会社及びその子会社は、高級白酒である茅台酒を生産・販売する。2013年度時点で、貴州省の100%持株会社がその株式の61.99%を保持し(すなわちこの61.99%は国有)、それ以外の35.1%は上場株式として取引されている。
投資家視点で財務諸表を読むのであるから、話の中心は、企業分析で一番重要な賃借対照表及びその解釈である。それぞれの科目の意味、注目点、気をつけなければならない粉飾手法小ネタ集などを本書は説明している。とくに粉飾手法小ネタ集は大変勉強になる。いくつか例をメモしておく。
- 会計規則そのもの(たとえば減価償却費計上のしかたなど)が変更されたら、絶対に軽視してはならない。変更理由、財務報告への短期的・長期的影響をよくよく検討すること。落とし穴がひそんでいる可能性が非常に高い。
- 不動産や証券等の含み益を損益計算書にふくめていないかどうか要注意(時価会計(Current value accounting)という)。一見、利益が右肩上がりでも、不動産価格上昇を織りこんでいるだけの場合がある。
- 定期預金が異様に多かったり、当座資産が充分あるにもかかわらず有利子借款が妙に多かったりしたら気をつけよう。財務報告上は現金があることになっていても、資産凍結されて使用不可だったり、ふだんは大株主に『借用』されていて、財務報告前に一時的に戻っているだけの現金もあるかもしれない。(ちなみに「大株主」が意味するのは……お察しください)
- 建設仮勘定(construction in progress (CIP))がやたら多い上になかなか固定資産に転換されなければ要注意。建設仮勘定が完工まで固定資産に転換されないことを利用して、建設費用という名目で別会社に資金を払い出し、それをさらに売上に還流させて営業利益を水増ししているかもしれない。
- 建設仮勘定に限らず、そもそも発生主義(accrual basis)により、現金授受が発生していないにもかかわらず売掛金や買掛金等の「現金授受の権利/義務」をもとに会計報告を作成するのだから、ここをいじるのがもっとも典型的な粉飾手法。同業他社に比べて多いか少ないか、急に増加していないか要注意。
言うは簡単だけれど、実際に粉飾に気づくにはかなりの財務報告読解経験と業界理解が必要になるので、本書はまさに「今日から財務報告を読み始めるためのとっかかり」にすぎず、ここから学びつづけなければならない。