コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

投資家必読の(《証券分析》よりはとっつきやすい)名著〜ベンジャミン・グレアム《賢明なる投資家》

 

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は文句なしの①。投資の古典的名著であり、かのウォーレン・バフェット氏が師とあおいだ、株式を始めとする証券分析理論そのものを打ち立てたベンジャミン・グレアム氏のもう一冊の著書《証券分析》と並び立つ、重要かつ投資家必読の書物。

 

本書の位置付け

本書は投資家が意思決定をするための適切かつ知的なフレームワークを提供するために書かれた。まえがきには「本書の目的は、投資戦略を決定したり、それを実行に移すための手法を投資の初心者にも理解できる形で示すことにある。証券分析に関してはあまり触れずに、主として投資の原理や投資家の取るべき姿勢を取り上げる。」とある。なお、本書では《証券分析》と同様、投資家と投機家(たとえばチャートの上昇/下落のみを追いかけて投資する人々)を厳密に区別している。

投資とは、詳細な分析に基づいたものであり、元本の安全性を守りつつ、かつ適正な収益を得るような行動を指す。そしてこの条件を満たさない売買を、投機的行動であるという。

また本書では投資家を「防衛的投資家」「積極的投資家」に区分して、それぞれに向けた投資方針を解説している。厳密に合意された定義はないけれど、本書ではだいたいのところ、防衛的投資家とは、大きな失敗や損失を避け、投資判断の手間を減らし、元本の安全性を保障する代わりに、市場平均程度(あるいはそれ以下)の利益で満足すべき投資家のこと。積極的投資家とは、時に元本割れのリスクを抱えながらも市場平均以上の利益をめざし、そのために自分の証券取引をひとつの事業として考えるほどの努力をいとわない投資家のことを指す。

 

本書で述べていること

本書が書かれたのはちょうど、債券収益の期待値が株式収益よりも高いという市場状況においてであった。その中で著者は、初版から変わらない以下の基本姿勢を維持している。

われわれはここで防衛的投資家に対し、基本的な方針を再度強調しておきたい――常にある程度の資金を債券に投資して、同様の資金を株式にも投資することである。いずれにしても、債券と株式を半々で持つというポリシーを維持しながら、時によっては二五%から七五%の間で調整するというのが正しい方針である。

しかし、市場状況は刻一刻と変化する。本書の旧版執筆時(1960年代)には、株式投資のほうが収益の期待値が上だった。さらに1960年代以前は、株式投資はほとんど投機と同義だとみなされる時期があった。

過去起こった状況は将来にも遭遇する可能性が高く、いまの市場状況が永遠に続くものではない。過去、うまくいったように見える投資手法が、現在及び将来もうまくいく保障はどこにもない。いや、そもそもうまくいったように見えるだけで、実際にはうまくいっていなかったかもしれないし、もっと大きなもうける機会を知らずに見逃していたかもしれない。

なぜそうなるのか、どういうことを考えなければならないのか、本書ではさまざまな市場状況、株式と優良債券に対して、議論と思考実験をとことん尽くしている。なかでも力を入れているのは過去のデータから投資理論を検証することである。

本書が多くのぺージを割いて取り上げるのは、金融市場の歴史的――時には数十年前までさかのぼる――パターンである。証券投資を賢明に行うには、多種多様な債券や株式がさまざまな状況下で実際にどういう動きを示したかについて、あらかじめ適切な知識を得ておく必要があるからだ(投資家が将来的に、過去と同じ状況に一度ならず遭遇する可能性は高いのだ)。ウォール街を最も適切に表現しているのは、哲学者サンタヤーナの「過去を忘れた者は同じことを繰り返す」という訓戒の言葉なのである。

 

感想いろいろ

なんとか読み進めてきたけれど、正直なところ、いまの私にはまだほぼ歯が立たない投資書。なんというか、入学式を終えたばかりの中学生が大学教育水準の教科書を読んでいる気分。今後、さまざまな投資経験を積むにつれて、本書の理解が深まることを期待するしかない。

《証券分析》もそうだったけれど、なんかこう、投資指南書というよりも、歴史的事実の分析と、将来起こりうることの思考実験を数多く盛りこんだ論文を読んでいる感じもする。

株式市場や投資理論は(《証券分析》でもふれていたが)科学的分析対象にするには難ありで、しかも実験もほぼ不可能。結局のところ、過去の情報から将来使えそうな経験則をみつけ出すしかなく、その試行錯誤がまとめられたものが本書、と言えるかもしれない。

私が投資する理由のひとつは老後資金確保だが、今の収入を預貯金ではなくインデックスファンドなどの投資信託で運用するのは、インフレによる購買力低下に備えたいからである。しかし本書では「インフレ(またはデフレ)状態と、普通株の株価・収益変動の間には密接な関係はない」と断言されてしまった。それどころか、企業の債務増加によって逆効果をもたらすことすら考えられるという。

結局は債券や株式市場がインフレ率よりも高い収益をもたらしてくれることをただ期待するか、自分でより高収益の投資先をみつけるしかない。いまのところ日本のインフレ率目標は2%だから、それほど難しいことではないけれど、今後何が起きるかはだれにもわからないのだから(某国やら某国やらの不穏な動きは何年も前からいわれている)、投資戦略はアップデートしつづけなければならない。

最後に本書の警句をメモしておく。

株式市場においてカネを儲けるための手法として、原理が簡単で多くの人が追随し得るものは、それがどんなものであろうと、単純かつ安易すぎるために長続きすることはないということだ。スピノザが用いた結びの言葉は、哲学だけでなくウォール街にも当てはまる――「卓越したものというのはすべて、稀有であると同時に困難なものである」。

 

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