ノルウェー・ブック・クラブが選出した「世界最高の文学100冊」(原題:Bokkulubben World Library)の一冊。
https://www.bokklubben.no/SamboWeb/side.do?dokId=65500
めっっちゃ面白い!!
ジャンルとしては《古事記》と同じく建国神話。かのホメーロスが《イーリアス》で詠いあげたギリシャとトロイアの戦争物語の続きともいえる作品。作者のウェルギリウスはギリシア文学に絶大な影響を受けながらローマ文学を打ち立てる試みを障害かけて行い、それがこの《アエネーイス》に結実したという。
物語の世界観は《イーリアス》《オデュッセイアー》と同じ。《イーリアス》で語られるトロイア戦争末期からわずかに後、オデュッセウスが提案した有名な木馬の計(*1) によりトロイアの都は陥落した。トロイア王の娘婿であり女神ウェヌス (*2) の子であるアエネーアースは、炎上する都で妻を失いながら、わずかな部下とともに落ち延び、地中海沿岸を彷徨い、艱難辛苦の果てについにイタリアに居住の地を見出す。これが《アエネーイス》の物語である。
数百年後、アエネーアースの血を引く一族から双生児が産まれるーーローマの建国の英雄であるロームルスとレムス (*3) である。このようにローマ帝国はトロイアの流れを汲み、アエネーアースを祖とする大帝国であり、ユーピテル (*2) はローマに「終局も、期限も与えない」永遠の繁栄を約束する。
(*1) 中が空洞になった巨大な木馬にギリシャ兵を隠し、残りの兵はわざと敗退したふりをして撤退した。トロイア人は騙されて木馬を都に引き入れた。深夜、隠れていたギリシャ兵が木馬から出てきて街を襲い、門を開けて味方を引き入れ、トロイアを焼き討ちにして王を殺し、ここにトロイアは滅亡した。
(*2) ギリシャ神話ではヴィーナス。《アエネーイス》では諸神の王である主神ユーピテル(ジュピター、またはギリシャ神話ではゼウス)の娘とされているため、アエネーアースはユーピテルの血統に連なる存在とされる。
(*3) この二人もまた軍神マルスの血を引くとされる。マルスはユーピテルとその妻ユーノーの子であるから、二人はユーピテルの血統に連なる存在とされる。
要するにアエネーアースの物語はローマがギリシアを支配することを正当化するものであり、ローマの繁栄は神に嘉された永遠のものと宣伝している。
こう書くとなんだか読む気が薄れるのだが、そういう政治的意図とはまったく別次元で《アエネーイス》は面白い。神話、伝説、戦記、恋愛(悲恋)の全部盛り。読み手をまるでその場に居るような、あるいは大スクリーンで映画を見せられているような感じにさせる臨場感たっぷりの語り口は見事。当時の貴人たちの生活、信仰作法、家族関係まで垣間見ることができるのも面白い。
古代ローマでどのような暮らしが営まれていたかについては『古代ローマの24時間』という本を合わせて読むのがいい。《アエネーイス》の理解が格段に広がることまちがいなし。この本は西暦115年、トラヤヌス帝の治世下におけるローマを想定しており、詩人が生きた時代より100年以上後であるため、さまざまな生活習慣や社会制度はより洗練されたものとなっていたことだろう。
おもしろいことに、ローマの裕福な人々は「古美術品」収集を好んでいたという。ローマ時代から見て古美術といえるものは、エジプト王朝美術やエトルリア芸術など。エジプト王朝で最も有名な覇王の一人であるラムセス2世が生きたのは、トラヤヌス帝からおおよそ1400年昔(一説では紀元前1303年頃〜紀元前1213年頃)という。われわれの現代から1400年昔といえばちょうど聖徳太子が生きた頃である。まだ奈良時代も始まっていない頃だ。古代ローマ人にとっては、古代エジプトがまさにその感覚だ。