コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

孔子《論語 第二篇 為政》

孔子の「論語」を読んでいこうと思ったのは一年前だったが、全20篇のうち2篇読んだだけで止まってしまった。ようやく再開しよう。

今回読むのは《為政篇》、政治について孔子が考えたことをまとめた部分だ。その中で心に残ったものをいくつかブログに書きとめる。

 

02-03

子曰。道之以政,齐之以刑,民免而无耻。道之以德,齐之以礼,有耻且格。

子曰く、これを導くに政を以ってし、これを斉えるに刑を以ってすれば、民免れて恥なし。これを導くに徳を以ってし、これを斉えるに礼を以ってすれば、恥有りて且つ格し。

論語第二篇では理想的な政治のあり方を述べるわけだけれど、これはもともと各国をまわって支配者たちに説いてまわった内容である。

言っていることはこうだ。刑罰により犯罪を取りしまっても、人々はなぜ犯罪はいけないのか理解出来ない。それよりも支配者自ら道徳規範となることで、人々が犯罪はいけないことだと思い、自発的にこれを遠ざけることが理想的な姿である。

いかにも理想的だ。けれど、現実的だろうか?

歴史を見るに、残念ながら、人の本性としては刑罰で取りしまられた方がうまくいっている。

まず第一に、支配者が道徳規範になることがほぼない。恐ろしいもので、自分以外の人間を好きに動かすことができる状況は、人の心をたやすく変える。支配力に酔う。一方では支配力を失うことに恐怖を覚え、どんな手を使ってでも権力の座にしがみつこうとする。そうなれば道徳規範どころの話ではない。

では一般庶民の方は?  これまた無理難題。

なぜなら「刑罰や社会罰などのデメリットがなければ、いわゆる掟破り行為の方が、得られるものが圧倒的に多い」からだ。

この誘惑に勝てる人間はそうそういない。宗教を見るといい。あれほど恐ろしげな【地獄】という概念を生み出し、こうなりたくなければ罪をおかすな、と、さんざん脅かさねば人々は「正しい行い」ができなかったではないか。

孔子の言っていることは、全員がデメリットなしでも模範的行為をするような聖人君子になれば世の中最高だという、よくいえばユートピア、悪くいえば夢物語。

 

02-08

子夏問孝、子曰、色難、有事弟子服其労、有酒食先生饌、曾是以為孝乎。

子夏、孝を問う。子曰く、色難し。事あれば弟子その労に服し、酒食あれば先生に饌す。曾ち是以って孝と為さんや。

孝行は儒教思想ひいては中国政治の中心であり、親に仕えるように君主に仕えることや、家庭を治めるように天下を治めることが最も重要だとされる。

孝行について書いている章は論語の中で数多いけれど、これはそのひとつ。生活環境面だけでは充分ではない。なお親や年長者を気持ちよくさせるような表情や雰囲気を出さなければならないという。いわゆる忖度だろう。

最近、司馬遷の歴史書資治通鑑》を読んでいるが、歴代皇帝はそれはまあ好き嫌いや合う合わないで部下を取りたてるものである。「耳に痛い意見を聞き入れる」のが賢帝の最重要資質とされるほど。それほど、できていた皇帝が少ない。儒教の本場中国でこれなのだから、実際には努力目標といったところだろう。