コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

教訓が風化しないことを願って〜羽根田治『山岳遭難の教訓』

私は以前山好きの知りあいに初心者向けの夏山に連れていってもらったことがあるが、「当日の降水確率が30%以上なら中止」といわれた。その時は慎重すぎると若干不満だったものの、さいわい当日は天気にめぐまれた。

登山ではどれだけ天候に気をつけても慎重すぎることはないということは、その後に登山上級者が教えてくれた。慣れ親しんだコースであっても、予想外の暴風や雪に見舞われることがあり、そうなれば登山者は簡単に低体温症や凍傷を起こし、遭難の危険にさらされるということを。

 

本書は、山の遭難をテーマに執筆活動をしているフリーライターによる、実際に起きた山岳遭難あるいは遭難未遂のレポート。雪崩、高体温疾患、低体温症などの状況別に実際の出来事を詳細に書き、その後に医師あるいは救助にあたった山岳救助隊員など専門家による解説、気をつけるべきことをつけている。ことに高体温疾患は、著者本人が体験しており、症状の描写はリアリティたっぷり。

右足の太ももに続いて左足のふくらはぎがつり、その激痛から少しでも逃れようとして体を動かしたら右足のふくらはぎ、さらには左足の太もも、両脇腹、両腕などの筋肉が次々につり出して全身硬直状態。激痛に声も出ず、痛みが去ってくれることだけをただただ祈った。しかし、ようやく治まったと思ってちょっと体を動かすと、またすぐにピキッとつってしまうのである。それはそれは地獄の苦しみであった。(『高体温疾患の恐怖』)

 

本書で強調されているのは、いわゆるベテラン登山者であっても、遭難のリスクから逃れることはできないということ。慣れ親しんだ山でも予想外の暴風雪に見舞われれば、簡単に方向感覚を失ってコースアウトしてしまう。

登山歴が長ければ長いほど、山に慣れすぎてしまい、山の怖さを忘れてしまうのかもしれない。あるいは経験豊富な登山者としてのプライドが高くなり、絶対事故を起こさないから非常用装備など必要ないと思いこんでしまうのかもしれない。たとえば、雪崩に埋もれたときに遭難者の位置を知らせてくれるビーコンを持ちたがらないベテランガイドもいる。本書ではそうしたガイドの言い分を紹介している。

「僕は今でも使いたくない。だって、あれは雪崩に巻き込まれてから初めて使うものでしょ。われわれが安全を第一に考えるのだったら、〝万一〟ではなく〝絶対〟でなければならない。そうすればビーコンなんて必要ない。僕は40数年ガイドをやっていて、ビーコンの世話になろうなんて思ったことは1回もない。今は社会的にも世間的にもうるさくなってきたから、しょうがなくわれわれも付けますけど」(『スキーツアー中の雪崩事故』)

だが、運転歴40数年の運転手が、絶対事故を起こさないから必要ないという理由で、「事故を起こしたときに初めて使う」エアバッグを車から取り外したりするだろうか。しないはずだ。万一事故が起こったら、エアバッグの有無が生死を分けるのだから。なのにビーコンはいらないというのはおかしい。ベテランガイドとしてのプライドが邪魔していると、私には思える。

 

天候悪化や雪崩で遭難事故が起こったあと、よく調べてみれば、数十年前に同じ山で似たような事故が起こっていたことがある。時間とともに記憶が風化してしまうからだ。

著者が山岳遭難をテーマにしつづけているのは、事故防止に役立てばと願ってのことだという。

カナダでは、新型コロナウイルスが感染拡大しているなか、感染者を救助したことで山岳救助隊員が隔離対象となってしまい、事故が起こっても救助できないという理由で、バンフ国立自然公園が閉鎖されてしまった。山岳遭難事故は遭難者のみならず、救助者をも危険にさらすことが少なくない。本書に記録されたような遭難事故がふたたび起きないことを願う。

 

山岳文学の珠玉〜萩原浩司『写真で読む山の名著』

登山、自然、歴史などにまつわる名著を出し続けているヤマケイ文庫から編集長自ら「山好きな方なら最低限知っておいてほしい」と思う17冊を厳選し、写真付きで紹介したのが本書。巻末に33冊のヤマケイ文庫紹介がおまけされ、全部で50冊の文庫紹介となる。

 

孤高の単独登山者、加藤文太郎が残した遺稿をまとめた『単独行』、数々の初登攀記録を打ち立てた松濤明の遺稿集『風雪のビバーク』などは、「引き返そうか」「なぜ自分はここにいるのか」と自問自答しながらも、ひたすら山に挑戦し続けたアルピニストの心のうちを伝えてくれる。ことに松濤明は遭難死しているが、遭難に至るまでの壮絶な手記を残している。死を受け入れ、凍死間際まで意識があるさまがカタカナで書き記され、涙を誘う。

 

山奥の湖、頂上から眺める絶景、秋の紅葉に染まる山肌など、山の美しさを文章にとどめる文学も数多く紹介されている。串田孫一のエッセイ集『若き日の山』には、レンズ状の雲がいくつか重なったような形の雲が出てくる。山谷に風を運ぶこの雲は、イタリアで「風の伯爵夫人(コンテッサ・デル・ヴェント)」と呼ばれるという。なんと素敵な言葉。

 

美しいだけではなく、山は峻烈な一面を登山者に向ける。松田宏也『ミニヤコンカ奇跡の生還』は、山岳遭難史上、最も酷烈な生還記録だといわれる。発見されたときは重度凍傷、敗血症、厳重脱水、急性胃穿孔、腹膜炎、小腸劇性潰瘍出血……など15もの病名がつく状態で、両手指全切断、両足切断となった。それでも彼は義足でリハビリを続け、やがて山に復帰したというから、どこまでも山に魅せられていたのだろう。モーリス・エルゾーグ『処女峰アンナプルナ』は、ヒマラヤ山脈の一角、挑戦者のうち死亡率40%近くをたたき出しているアンナプルナに初登頂したときの記録。

 

登山に興味ある人も、ない人も、登山家たちが極限の中で山と向き合い、己と向き合い、人生そのものに向き合う物語には魅力を感じるだろう。外出自粛がつづく週末に、気分だけでも、自由に山岳をさまよってみてはいかがだろうか。

【おすすめ】暴力によって格差が縮まるという不都合な真実〜ウォルター・シャイデル『暴力と不平等の人類史』

 

【読む前と読んだあとで変わったこと】

「公平」「平等」を求めること自体は間違いではないけれど、格差拡大こそが人間社会が(なにも手を打たずにおいたら)自然にすすむ方向であり、それに逆らって平等を実現するためには、想像を絶する代償を支払わなければならないのなら、ある程度の格差は受容すべきではないか…という考えが芽生え、暗澹とした気分にさせられる。著者がこの本を書くにあたり、慎重に論理展開している理由がよくわかる。

 

たまたまある友人とお酒を飲みながら雑談したとき、「貴族や地主の私有財産をとりあげて平民に分配するのは不公平ではないか?」というおもしろい話題が出てきた。

その友人いわく、貴族や地主とて最初から「持つ者」であったわけではない。父祖が戦争で手柄を立てて貴族に叙されたのかもしれない。経営学や経済学を夜遅くまで勉強して私有地を維持拡張してきたのかもしれない。いずれにしてもなみならぬ努力をしたはずだ。なのになぜ財産をとりあげられ、「努力もせず文句しか言わない」貧民に分配されるのを黙って見ていなければならないのか。それこそ不公平だと考えられないだろうか、というわけだ。

一緒に飲んでいた友人たちが乗ってきたが、お酒の勢いでさらに身も蓋もない方向に話がころがっていく。

「平等なんてのは、貧民が金持ちに嫉妬しているのをきれいな言葉で言い換えてるだけなんだから、金持ちがどうやって金持ちになったかなんて知ったことじゃないんだよ」

「だから金持ちは貧民の嫉妬心から自分自身を守るために、警備員を雇って家屋敷を守ったり、慈善事業に大金注ぎこんだりしてるじゃないか」

「ワンピースなどの海賊話が流行るのも、自分たちの代わりに金持ちから財宝奪ってくれるのを見るとスカッとするからじゃないか?」

さすがにこの辺でストップがかかり、話題が変わった。ちなみに最後の発言をした友人はワンピースの熱心な読者である。念のため。

ONE PIECE  1 (ジャンプコミックス)

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平等と不平等。

人類がこの課題にどうこたえてきたかは、本書『暴力と不平等の人類史』がとてもいい参考になる。尊敬するブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」から見つけた。

人類を平等にするのは戦争『暴力と不平等の人類史』: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

 

あまりにも長いわ、学者向けで小難しいわで、興味のあるところだけつまみ読み。

  • 序論「不平等という難題」
  • 第5部「第四の騎士ー疫病」
  • 第16章(終章にあたる)「未来はどうなる?」

読んだのはこれだけ。それでもめちゃ時間がかかった。

読んでみた結果、「貴族や地主の私有財産をとりあげて平民に分配するなんてことは、極端にいえば膨大な破壊と流血の果てに起こること。不公平かどうかはともかく、起こらない方がいいのは確か。貧民は高額な所得税や慈善事業くらいで我慢したほうがいいのかもしれない」という、どこまでも身も蓋もない、暗澹たる感想が残ってしまった。

文章、内容とも、読みすすめるのにかなり気力を必要とするから、気持ちに余裕があるときに読むのをおすすめする。

 

本書の目的は、過去に不平等をもたらしたもの、平等をなしとげたものを徹底調査して、過去にはどういう方法が不平等を是正できたか、現在および将来の不平等(「格差」という方がいいかもしれない)を是正するためにはどういう方法が必要になるかを議論すること。

これまでのさまざまな研究によると、平和な時代の経済政策は格差縮小にあまり役立たず、むしろ乱世にこそ格差解消はなされてきたのではないか、という「不都合な真実」にも思える仮説が浮かびあがる。それを著者は徹底的に検証する。

 

[暴力的破壊→不平等是正]には、4つのタイプがあると著者はいう。

Four different kinds of violent ruptures have flattened inequality: mass mobilization warfare, transformative revolution, state failure, and lethal pandemics. I call these the Four Horsemen of Leveling.

不平等を是正してきた暴力的破壊には4つの種類がある。すなわち、大量動員戦争、変革的革命、国家の破綻、致死的伝染病の大流行だ。これらを「平等化の四騎士」と呼ぶことにしよう。

ただし、すべての戦争・革命・崩壊・疫病が、不平等是正をもたらすわけではない。ある程度の規模がなければならない。

この意味で近代までの戦争はわずかな例外を除いては平等化にあまり役立たず、20世紀に入ってからの世界大戦、ロシア革命中国共産党が実行した土地改革などこそが、史上最も重要な平等化をなしとげたと著者はいう。平和な時代で、政策によって格差が縮小したことはなく、むしろ拡大する一方だというのだ。本書は暴力的破壊によって不平等が解消されてきたことを、大量のデータとともに説明している。

For war to level disparities in income and wealth, it needed to penetrate society as a whole, to mobilize people and resources on a scale that was often only feasible in modern nation-states. This explains why the two world wars were among the greatest levelers in history.

戦争によって所得と富の格差が是正されるためには、戦争が社会全体に浸透し、たいていは現代の国民国家でしか実現しない規模で人員と資源が動員される必要があった。2度の世界大戦が史上最大の平等化装置の例となったことも、これで説明がつく。

 

しかし、21世紀になって、状況はさらに変わった。大量動員戦争が起こるとは考えづらくなったのだ。2019年にイランがドローンとミサイル攻撃によってサウジアラビアの心臓部にある石油施設を破壊したように、2020年にアメリカが無人機でイランの重要人物をピンポイントで爆殺したように、軍事攻撃は無人化がどんどんすすんでおり、大量動員した軍隊のぶつかりあいは考えづらくなった、と著者はいう。このあたりは以前読んだことがあるサイバー戦争最前線についての本にも記述があった。

Army of None: Autonomous Weapons and the Future of War

Army of None: Autonomous Weapons and the Future of War

  • 作者:Scharre, Paul
  • 発売日: 2019/03/12
  • メディア: ペーパーバック
 

技術的なことだけではない。高齢化によって若い兵士を大量動員するのが難しくなったこと。2度の世界大戦がもたらした生々しい教訓。いずれも「大量動員戦争」の再来を難しくする。

21世紀的な戦争は、主に株式市場などへの経済的影響が大きくなるが、著者によると、このような経済変動に20世紀の世界大戦のような格差解消効果を期待することはできず、金持ちたちの資産は一時的には減るかもしれないが、数年もすればもとに戻るといわれる。

 

となれば、21世紀には不平等解消は期待できないのだろうか?

そこまでは著者も断言していないけれど、これまで不平等解消に役立ててきた「四騎士」が近いうちにもう一度来る可能性は低いだろう、と推測している。とくに戦争・革命・崩壊が訪れる可能性はかなり低く、起こるとしたら疫病の世界的大流行くらいだろう、というのだ。

ちなみに「疫病」は14世紀の黒死病のように、人口の何分の一かが死滅するレベル、現代でいうと数億人単位の死者を出す伝染病を指すから、現在、世界中で大流行している新型コロナウイルスは該当しない。

しかも疫病による平等化とは、①最も収入が低い貧困層が多数死ぬことで見かけ上格差が小さくなる、②労働力になる人間が死ぬことで労働力確保が難しくなり、給与水準があがり、金持ちたちの利益が圧迫される、この2つによって起こるという。私としては、新型コロナウイルスがここまでの効果を引き起こすとは思えない。せいぜい経済面で不況が起こるくらいで、何年かすればもとにもどるだろう。

 

21世紀はこれまで人類が経験したことのないIT時代となる。この時代に、誰もが想像していなかった「五人目の騎士」が不平等解消を行うようになるだろうか?

神ならざる著者と読者にはわからない。

著者に言えるのは、もし戦争・革命・崩壊・疫病の「四騎士」のみが不平等解消を行いうる、という仮説が正しければーー少なくともこれまでの人類史では正しかったーー、不平等解消を望むとき、それがもたらす代償を考えなければならない、ということだけ。

著者は次の言葉で本書を結ぶ。

If history is anything to go by, peaceful policy reform may well prove unequal to the growing challenges ahead. But what of the alternatives? All of us who prize greater economic equality would do well to remember that with the rarest of exceptions, it was only ever brought forth in sorrow. Be careful what you wish for.

歴史的に見れば、平和的な政策改革では、今後大きくなり続ける難題にうまく対処できそうにない。だからといって、別の選択肢はあるだろうか? 経済的平準化の向上を称える者すべてが肝に銘じるべきなのは、ごく稀な例外を除いて、それが悲嘆のなかでしか実現してこなかったということだ。何かを願う時には、よくよく注意する必要がある。

[昔読んだ本たち]少女小説(女性向けラノベ)編

昔読んだことがある少女小説(女性向けラノベ)を思い出していく。一時期毎日のように読んでいて、気に入ったものはいまでも大切に保管している。

 

月の影  影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

月の影 影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

 

神。いくらでも語れる。十二国記シリーズは私の中でぶっちぎりNo.1スゴ本小説。20数年を経てようやく昨年完結した。二人の主人公、高校生の中嶋陽子と高里要が、天の定めた規則を守らなければ死罰が下る異世界で、己のなすべきことを必死で果たそうとする物語。二人がさまざまな試練をくぐりぬけながら精神的に成長していく物語ではあるけれど、その試練の過酷さは読者である私でさえまわりから空気が薄まっていくような息苦しさを覚えさせる。

 

キノの旅 the Beautiful World (電撃文庫)

キノの旅 the Beautiful World (電撃文庫)

 

主人公のキノの旅物語。この世界ではたくさんの「国」(実際には都市国家のようなもの)があり、それぞれの国は言葉、文化、習慣、価値観などがまったく違う。キノは相棒・エルメスとともにそれぞれの国を旅していくけれど、それぞれの国のあり方を通して、現代社会を風刺したり、深く考えさせられたりする。私が印象深かったのは、かつての大洪水を忘れないために記念式典を大々的に開催しておきながら、肝心の洪水対策を怠っていたために、もう一度大洪水が来たときに壊滅的な被害を受けた「忘れない国」。

 

スレイヤーズ17 遥かなる帰路 (ファンタジア文庫)

スレイヤーズ17 遥かなる帰路 (ファンタジア文庫)

  • 作者:神坂 一
  • 発売日: 2019/10/19
  • メディア: 文庫
 

魔法の呪文がカッコ良くて全部暗記した。自称天才美少女魔術士、通称「盗賊殺し」「ドラゴンもまたいで通る」リナ・インバースが、相棒ガウリイ・ガブリエフと一緒に魔王退治やら魔族退治やらの珍道中を繰り広げる物語。世界滅亡の危機が何度もあったはずだけれどなぜかシリアスになれない。なにげに女の子が月一度迎える「あの日」が魔力に影響するなんて生々しい設定がある。

 

銀の海金の大地シリーズは、古事記にある「狭穂彦の反乱」をベースにした古代転生ファンタジー。不可思議な霊力をもつ巫王の血筋・佐保一族の出身でありながら一族を追われた兄妹、真澄と真秀が、佐保一族の王子である佐保彦と敵対しつつ、未だ統一されない大和にうずまく政治的野心に巻きこまれる物語。真秀のしたたかな生き強さに惚れこむ。古事記に登場するひとたちがたくさん出てくるから、古事記を読むときに親近感を覚えること間違いなし。作者が亡くなったため未完。

 

影の王国 十六夜異聞 (集英社コバルト文庫)
 
龍と魔法使い 1 (集英社コバルト文庫)

龍と魔法使い 1 (集英社コバルト文庫)

 

「影の王国」シリーズの表紙が美麗すぎて手にとったのがきっかけ。

「影の王国」シリーズは、月の影にある王国の王子でありながら、父親である月の王・百雷に殺される運命から逃れるために地球上に隠れ住んでいた月哉(つきや)が、同じく影の王国の血をひく瞳との出会いをきっかけに、兄王子たちとの戦いに巻きこまれていく物語。物語が進むにつれて、主人公であるはずの月哉よりも百雷の方がずっといい奴に見えてくるのが不思議。

「龍と魔法使い」シリーズは、主人公の魔法使いタギが、龍の娘シェイラギーニと感情を通わせる物語。物語自体はさわやかで「風を感じる」ものだけれど、タギがとある姫君に陥れられて政治的判断から国を追われたり、タギの奥さんになるリデルが親子ほどの年の差がある男に犯されかけた過去を持っていたりと、さらっと闇設定が混じるのが醍醐味。

 

破妖の剣5 翡翠の夢1 (集英社コバルト文庫)
 

表紙に惚れこんだ小説その2。強大な力を持つ魔性を倒す破妖剣士でありながら、魔性の王の血をひく半人半妖の少女・ラエスリールの物語。護り手の闇主との軽妙なかけあいが好きだった。

 

英国妖異譚 (講談社X文庫)

英国妖異譚 (講談社X文庫)

 

英国パブリックスクールを舞台に、在らざるものが見える霊感少年・ユウリと、何かと騒ぎに巻きこまれがちなユウリを気遣うフランス伯爵家の貴公子・シモンがさまざまな妖異譚に巻きこまれる物語。ゴシックホラー、パブリックスクール、貴族、魔術、妖精と、英国への憧れをぎゅっと濃縮したシリーズ。



イギリスの幽霊譚でアフタヌーンティーを〜Charles River Editors “Ghost Tales of the United Kingdom: Historic Hauntings and Supernatural Stories from the UK”

幽霊屋敷、呪われた教会、イギリスの「呪われた場所」をカラー写真入りで紹介する本。

私は幽霊や超常現象などはあまり信じていないけれど、たまに息抜きでこういう怪談話を読んでみるのは嫌いではない。ただし『リング』やら『着信アリ』やらの精神的にくるジャパニーズホラーは苦手で、欧米の怪談集が多い。

Having traveled the length and breadth of England, it is hard to go to a single town or village however small where locals did not claim a house was haunted.
ーーイングランドをくまなく旅すると、どんなに小さな街や村であろうと、地元住民に、呪われている、と言われる家がないところはめったにない。

本書で紹介されるイギリスの幽霊物語は、日本の幽霊話と似ているところがある。イギリスでは死後煉獄で苦しめられている者が幽霊となって現れ、生前の過ちを正そうとしたり、自分のためにミサをあげてほしいと頼んだりするが、日本の幽霊談でも死者が地獄の責め苦について話したり、読経をしてほしいと願ったりする。

イギリスの田舎町には、残酷な死にかたをした人が(日本の言い方をすれば「成仏できずに」)幽霊となってさまよう屋敷や教会がある。たとえばある教会では、恋人と駆け落ちをしようとして失敗した修道女が、煉瓦壁の中の空間に覗き穴だけ残した状態で閉じこめられ、彼女の恋人が斬首されるのを見せつけられてから、覗き穴を塞がれて窒息死か餓死させられたという。その修道女がその後、亡霊となってさまよい、教会で数々の怪奇現象を起こしたという噂がまことしやかに立つ。

こういう話を聞くとぞっとしないが、日本とイギリスで似たような幽霊譚が伝えられてきたのは、残酷な死にかたをした人への罪悪感、復讐されるかもしれないという恐怖感、悪いことをすれば地獄に落ちるという教育的意義など、さまざまな思惑が背後にあったからだろう、などと穿った読み方をしてしまう。まあ最近人気の漫画『鬼灯の冷徹』ではないけれど、「地獄は本当にあるかもしれません。現世での行いには充分注意しましょう」だ。

株式市場での栄光と破滅と、また栄光〜ニコラス・ダーバス『私は株で200万ドル儲けた』

1950年代、あるダンサーの個人投資家が株式トレードで200万ドル儲けた。彼は自分自身の株式投資のやり方や、200万ドル儲けるまでのできごとを本にまとめた。それが本書である。

本書は、株式投資の教科書として広く読まれているというけれど、私が読んだところ、株式投資家だけではなく、それ以外の人々にとってもおもしろい読み物だ思う。まったくの初心者から数百万ドルを動かす株式トレーダーになるまでのできごとはドラマチックで、株式は会社の実名入りで登場し、失敗や挫折も率直に書かれているので、株式投資に興味がない人であっても、手に汗握る人生物語として充分楽しめる。

 

著者はダンサーが本業で、ある日、トロントのナイトクラブからダンサーとしての報酬を株券で支払いたいと申し出され、ビギナーズラックで儲けたのをきっかけに株式投資にのめりこんだ。

「株は上がったり下がったりするものだ」という程度の知識しかなかった著者は、最初はナイトクラブで出会った「信頼できる秘密情報を持った金持ちたち」におすすめの銘柄を聞き回り、次にニュースレターで「必ず儲かる」と書かれている銘柄に手を出し、ウォール街のブローカーが「絶対安全です」とまことしやかに説明する銘柄を買った。この方法では絶対に儲からないーーそれに気づくまで相当の時間がかかった、と著者本人は書いている。

自分では気づかなかったが、わたしはすでに小口投資家が陥る大きな落とし穴ーーつまり、「いつ」の段階で取引に参加すべきかという解決不可能に近い問題にぶつかっていたのだ。買った直後に株価が下落するというのは、素人が最も戸惑いを感じることのひとつだ。金融界の予想屋が特定銘柄の買いを小口投資家に推奨するのは、彼らのような玄人筋がもっと早い時期に内部情報に基づいて買った株を売る場合だという事実に気づいたのは、何年もたってからのことだった。

……もし私が株式売買に手を出しても、きっと著名投資家はどの銘柄を買っているのか気になって仕方ないだろうし、著名投資家のブログやらニュースレターを読みあさるだろう。著者の気持ちはとてもよくわかる。

これ以外にも著者は自分がやらかした(初心者にありがちな)失敗を、具体的な銘柄の名前、取引数、利益と損失を出しながら説明している。利食いに焦るあまり、数週間余分にもっていればもっと儲かったはずの株式を手放したり、株式売買の回数が多すぎてブローカーに支払う手数料が多くなったり、そんな失敗だ。

著者は何度も株式売買をして、損を出してようやく、自分のやり方が間違っていたのではないかと思い始めた。そこで著者はちゃんと業界研究を行い、会社の業績報告書の読み方を勉強して、「信頼すべき統計に基づいた完全に客観的な投資」を行いーー大損した。

破産の危機に瀕した著者は、打ちのめされ、自暴自棄になりながらも、土地を担保に借りたお金を株式市場につぎ込んでいたから、損を取り戻して土地を守るために、必死で上がりそうな株式を探してトレードした。なんとか立ち直った著者は「業界展望や格付け、株価収益率などといったものにどれほどの価値があるのか。上がりそうな株式を探すべきだ」という結論に至る。会社研究をやめ、噂話や秘密情報といったものをシャットアウトして、株式価格と出来高のみに従って株式売買を行うと決めている。

この時期の苦しみが、著者が「ボックス理論」という株価上下についての独自の理論を編み出す第一歩となった。またそれにとどまらず、株式投資をするにあたってのスタイルを整理するきっかけにもなった。

株価というのはほぼ常に高値と安値の間を行き来している。この上下変動を取り囲む領域がフレーム、つまりは「ボックス」だ。このボックスが、わたしには非常にはっきり見えるようになった。

一連の決断をしたあと、わたしはくつろいで株式市場における目標をもう一度明確に決めることにした。

 一.正しい銘柄の選定

 二.正しいタイミングの判定

 三.損は少なく

 四.利益は大きく

使える武器を検討した。

 一.価格と出来高

 二.ボックス理論

 三.買いは自動的なストップ・オーダー(仕掛けの逆指値注文)

 四.売りはストップロス・オーダー(手仕舞いの逆指値注文)

これで著者の株式投資がうまくいくようになったーーわけではなく、結局利益と損失を繰り返しながら徐々に資産を増やしていったのだが、だんだんと株式市場の上下に一喜一憂しなくなり、自分の投資スタイルを守れるようになったという話が続く。

本書は「株式投資の教科書」と呼ばれているものの、中身は著者がうまくいくまでのドキュメンタリーのようなものであるから、ここからなにを学ぶかは読者次第。

投資環境が違っても、やることの原理原則はそんなに変わらない。経験を積み、自分の投資方法を確立させ、まわりをとびかう情報に惑わされることなくそれに従い、うまくいかなかったらさっさと損切りすることだ。……ただし、大金がからむとこの原理原則などカンタンに忘れ去ってしまうから、気をつけなければならない。私が本書より学んだのは、こういうことだ。

不動産投資もひとつの選択肢、かもしれない〜稲垣浩之『不動産投資専門税理士が明かす 金持ち大家さんが買う物件 買わない物件』

新型コロナウイルス感染爆発のために世界規模で経済状況が悪化しており、日本国内でも休業・廃業が相次いでいる。わが家もいつ不況の大波をかぶって給与カットされるかわからないため、ここしばらく投資関係の本に手がのびている。

 

本書はタイトルの通り、不動産投資専門税理士が、お金の面から不動産投資について説明したもの。「海外に比べれば表面利回りはまだ高いです」「低金利時代にのって不動産投資をしましょう」「不動産投資家はここ数年増えてきました、みんなやっているので不動産投資をしましょう」などのポジショントークはあるものの、お金関係をしっかり説明しており、不動産投資前にお金の流れについてしっかり調査するために役立つ。土地なら路線価、建物なら固定資産税評価額を元とした再調達価格が基準になる、これらが銀行融資が下りやすいかどうかを決める、期限の利益喪失(返済期日によらず借金の一括返済を迫られる)を定めた契約条項には要注意、といった具合。

不動産投資が成功するかどうかは「購入時にどれだけ手間をかけたか」の一点で決まるのです。

2019年の統計によれば、平均年収441万円、平均年収以上を稼ぐ人の割合(400万円~2500万円超)は、労働人口の45.76%。一方、本書で出されている情報によれば、不動産投資相談に訪れた人たちのうち、年収500万円以上の割合は9割以上で、まああたりまえながら比較的年収が高い層である。だがそういう人たちも、いつまでこの高収入を維持できるのか不安に感じ、アベノミクスで経済状況が良くなっていたころから、不動産投資相談をすすめていたのだろう。

この本によれば、不動産投資のうち、中古区分(マンションの一室など)の表面利回りは5〜6%、新築一棟は7〜9%とのこと。ただしここから各種管理費や税金が引かれるから、手元に残るお金はもっと少ない。一方、不動産業者の手数料は中古なら売却金額の3%程度、新築なら15%になる(2016年当時)などという話を聞けば、とっても真剣に不動産業者選び、物件選び、銀行(貸出金利)選びをする気になること、間違いなし。

 

この本には面白い情報がさらりと載っている。2016年2月時点で、銀行の総資産に対する日銀当座預金を中心とした「現金預け金」の比率は、静岡のスルガ銀行が最も高かったというもの。マイナス金利のために日銀当座預金が多ければ多いほど損をする仕組みになったころだ。

スルガ銀行といえば、シェアハウス「かぼちゃの馬車」を運営していた不動産会社スマートデイズの破綻をきっかけに、不動産投資にからむ不正融資が明らかになり、2018年10月に一部業務停止命令を受けている。現金預け金比率が高いゆえ、とにかく貸し出したいと焦ったためであろうと言われている。2016年2月時点の現金預け金比率1位というデータは、スルガ銀行にとっては不気味な予言になってしまった。この本では触れられていないが、不動産投資では、融資を受ける銀行にも用心しなければならないのだろう。