コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

[テーマ読書]読まずに死んだらもったいない小説

いろいろ大変な世のなかで、日々ニュースに接していると暗い気持ちになりがちだから、たまにはなにもかも忘れて小説をどっぷり楽しみたい。そういうときにピッタリの小説たちを10作紹介。

まじめな感想は個別記事に書いているので、このまとめでは、私から見たそれぞれの作品の素晴らしさをとにかく熱く語ります。

 

小野不由美十二国記』シリーズ

【おすすめ】小説ではなく人生そのもの『白銀の墟 玄の月』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

大好き。超好き。友だちに1作薦めるなら迷わずコレ。というか全巻買ってプレゼントする。

私自身は高校生のとき『月の影 影の海』から初読。当時はホワイトハートレーベルで、紆余曲折を経ていまは新潮社から出ている。作者自身がホワイトハート版のあとがきに書いているが、『月の影 影の海』前半がとにかく暗いものの、ここでメゲなければ最高の徹夜小説になる。

しかしいま後悔しているのは、『月の影 影の海』の前作である『魔性の子』から読まなかったこと。十二国記シリーズの予備知識無しに『魔性の子』を読めば最高の読書体験になっただろう。というわけでこれ以上の内容紹介はしないからとにかく『魔性の子』から読み始めるべし。新潮文庫版はどの順番で読めばいいかちゃんと帯に数字を振ってくれているから便利だぞ。

……というところで止めると魅力が伝わらないからもう少しだけ。中国古代思想に関する専門家顔負けの知識を背景とする重厚な世界観、大河ドラマのようにたまらなく魅力的な歴史語りが、小説を支える揺るぎない地盤である。物語が進むにつれて、世界の成り立ち、【天】と呼ばれる人に運命を与えるものでありながらそれ自体条理に縛られた存在があらわれ、それに人々は畏敬のみならず不信感を向ける。

そこに生きる人々が小説の屋台骨である。登場人物は良くも悪くも信念や理想をもつ者が多く、流されるままに生きる者も、過酷な状況にさらされてやがて自分から動くようになる。主要登場人物は二十人を越え、運命を切りひらくために奮闘し、陰謀をめぐらし、私利私欲に走り、殺し傷つけられ、癒えぬ傷を負い、幾多の血を流し、ときには行先を見失い、ときには虚脱感におそわれてもう殺されてもいいと思いながら(そう思うのが主人公クラスの登場人物であるところがものすごく好き)、己の拠り立つものを見出していく。正義や悪があるわけではなく、あるのは信念のぶつかりあい。そこに惹かれてやまない物語が生まれるのだ。

 

 

田中芳樹銀河英雄伝説』シリーズ

【おすすめ】歴史好き必読のスペースオペラ〜田中芳樹『銀河英雄伝説』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

全10巻のうち2巻までは一気読みしましょう、絶対後悔しませんよ(悪魔の微笑み)。

ということはさておき。

絶対君主制銀河帝国と、民主主義をかかげる自由惑星同盟のあいだで150年間続いている宇宙戦争、その間で暗躍する貿易国家フェザーンというしっかりした構図、医学部出身で中国歴史に造詣深い著者が書く迫力充分の宇宙戦闘や政治闘争は、それだけでも読み応え充分なのだけれど、それに加えて「清廉な絶対君主制」と「腐敗した民主主義」の対比がひどく味わい深い。

現代社会ではなにかといえば民主主義はすぐれているとして独裁国家を否定するわけだけれど、『銀河英雄伝説』では、支持率を上げるために開戦して2000万もの将兵を戦死させる政治家や、宗教団体や過激団体と裏で手をむすんで反対勢力を暗殺する政治家が自由惑星同盟の政権中枢にふつうにいる。中でも最悪とされるトリューニヒトは「私のような人間が権力を握って他人に対する生殺与奪を欲しいままにする、これが民主共和政治の欠陥でなくてなんだと言うのです」 と露悪的に述べながら、度重なる変事をのらりくらりと生き延びた、ある意味では天才悪徳政治家。主人公2人も、理想を追いかけながら、決してそれだけではすまされない人物として描かれる。

後半になればなるほど、思想信条のぶつかりあいがはげしくなり、物語はどちらかというと哲学的展開をみせていく。登場人物たちが苦悩するさまはそのままどうあってもわかりえない様をみせつけており、最期まで目が離せない。

 

 

小川一水『天冥の標』シリーズ

【おすすめ】小川一水《天冥の標》シリーズ - コーヒータイム -Learning Optimism-

すすめる言葉がみつからないくらい好き。

致死率95%の〈冥王斑〉を引き起こすウイルスに侵され迫害を受ける人々と、迫害する人々の因縁が、物語を貫く横糸。〈冥王斑〉感染者たち回復後も生涯感染力を保ち、しかも例外なく両目のまわりに両掌を押しつけたような斑紋が残るから一目で「そう」だとわかってしまう(作中には一切出てこないが、この斑紋は旧約聖書に登場するカインが身に受けた〈しるし〉を意識していると思う)。彼らは迫害され、恨みや呪詛を数世代にわたりためこみ、ついに復讐のため大事件を起こす。

物語の縦糸は、数千万年にわたりさまざまな宇宙知的生物の生活区域を侵略してきた宇宙植物オムニフロラと諸種族との対抗。詳細はぜひ読んで確認してほしいが、人類という種族が内に外に厄介事の山を抱えながらよたよた進み、そのうちで一人一人の生き様が銀河にまたたく星のように目に灼きつく、《天冥の標》はそういう小説だ。

過去から未来へ、空間から空間へ、縦横無尽に想像力の赴くままに紡ぎあげられた一大宇宙叙事詩は、小さくは個に、大きくは種族に、どのように生き、栄え、繁殖するのかを常に問いかける。それに対する答えを読者は己の中に探さずにはいられない。

 

 

劉慈欣『三体』シリーズ

SF小説、謎解きミステリー、哲学的思考実験としてもすばらしい〜劉慈欣『三体』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

中国発の大人気SF小説。中国の文化大革命や日本の神風特攻隊などヤバめのネタをぶっこんでいるところがお気に入り。

ひとことでいうと、文化大革命のさなか、目の前で父親をリンチ殺害され、母親が飛び降り自殺を遂げたという壮絶な経験から人類に絶望した中国人科学者の葉文潔(イエ・ウェンジエ)が、地球侵略の意図をもつエイリアンを呼びこみ、侵略されたくない人類が必死に対抗策を考えるお話。

エイリアンである三体星人にすべての活動を監視された状況で、国際連合が残された希望を「三体星人の裏をかく作戦を頭の中だけで組み立て、真意を悟られることなく実行する」ことにかけ、代表者をたて、三体星人やその手先である地球人と熾烈な心理戦を繰り広げる展開は、何度読んでも手に汗握る。

なにより胸熱なのは第二部『黒暗森林』の主人公羅輯(ルオ・ジー、中国語読みは「ロジック」を意味する単語と同音)が、物語冒頭では盗作論文で研究費をだましとる研究者くずれで女たらしであったのが、三体星人への対抗手段を考える「面壁者/ウォールフェイサー」に選ばれ、しだいに責任感にめざめ、ついには人類を救うために生命をかけるまでになること。

最初はウォールフェイサーの特権を悪用して贅沢な生活と理想の妻(!)を手に入れ、わが世の春を謳歌していたルオ・ジーだったが、まったくやる気がないことを白状した直後に妻が子どもとともにいなくなり、現実を突きつけられたルオ・ジーはようやくまじめに考えはじめる。しかしそうそういいアイデアが思いつくわけもなく、ほかのウォールフェイサーたちの失敗もあり、しだいにルオ・ジーは追いつめられていく。

凍てつく冬の湖面でルオ・ジーがついに起死回生の奇策をひらめく瞬間も(もちろんこれで万事解決ではなく、むしろこの後がほんとうの苦労の始まりといえるが)、そのヒントがすでに故人となった恩師とかつて交わした会話に埋めこまれていたことも、その恩師こそがイエ・ウェンジエその人であったことも、すべてが胸熱展開すぎる。

 

 

ダン・シモンズハイペリオン

<英語読書チャレンジ 45 / 365> D. Simmons “Hyperion”(邦題《ハイペリオン》) - コーヒータイム -Learning Optimism-

もうね、没入する。

SFだけれども遠い未来にほんとうにありそうな風景描写、日常描写、さらりとまぎれこんだ超光速通信や量子宇宙船などのSF設定、かと思えばキーツラフマニノフなど現代地球から受けついだものがちらほら。舞台は数百年後の銀河系だけれど、地球は消滅、植民星間連邦が成立、AIは独立して人間関係と協力関係にあり、一方で連邦をはぶれたアウスターと呼ばれる野蛮人軍団とは敵対関係にある(しかしなぜかアウスターの方が科学技術水準が高い)、と、「なにがどうしてこうなった!?」と好奇心をかきたてられる仕掛けの山、山、山、しかし読者が疲れたりついていけなくなったりしてしまわないように出し方は絶妙。幾重にも仕掛けられた世界観の鍵をにぎる辺境の一惑星ハイペリオンへの旅、旅の仲間たちの身の上話。およそ想像される物語仕様が全部ぶちこまれている超豪華全部盛りをお楽しみあれ。

 

ジェフリー・ディーヴァー『ウォッチメイカー』

脳みそを揺さぶられるミステリーの傑作『ウォッチメイカー』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

物語冒頭に犯人が名前付きで登場し、その後に犯人を追う側が登場するタイプのミステリーで、女のことしか頭にない衝動的な強姦魔と、感情を読み取らせない冷静沈着な殺人鬼という最悪コンビがどのようにつかまるのか楽しみにしていると、中盤あたりから「あれ?」「うわあ……」「はあ!?!?」「待て待てこれは連続殺人事件じゃ……」「騙すつもりが騙されてたということ……?」「理解能力が追いつかない……」と絶句する。これまで見ていたものが実はさかさまや裏返しであったことに気づく。しかもそれすら多面体の側面や背面でしかなかったことにさらに気づかされる。鮮やかさは圧巻。

《ウォッチメイカー》は、四肢麻痺で寝たきりながら鋭いキレの頭脳で手がかりを見逃さない科学犯罪捜査学者リンカーン・ライムと、優れた現場操作能力をもつ女刑事アメリア・サックスの名コンビが難事件を追うミステリーシリーズの第7作にして、文句なしの最高傑作。今作では名コンビにキネシクス(表情や身ぶりを研究する学問。言葉、表情、動作すべてを観察し、巧みに心理誘導することで、尋問対象の嘘偽りをあばき、隠そうとしていることを引き出せる)の天才であるキャサリン・ダンスが加わり、さらに充実している。いちばんの見どころは、「信頼できない(ように仕向けられた)語り手」により読者を全力で騙しにかかることで、見事なマジックショーを鑑賞したあとのような読後感を残してくれる。

 

 

アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ『熊と踊れ』

兄と、弟と、父親の陰《熊と踊れ》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

犯罪小説、と言ってしまっていいのかな?と迷う。主人公レオとその兄弟が銀行強盗を繰り返してついに警察に追い詰められるまでが主軸なのだけれど、レオと兄弟たちの成長過程にちらつくDV親父の陰、暴力にさらされながらそれでも父親を完全には見捨てられない微妙な心理、冷徹な犯罪計画、兄弟間の不協和音などは、ある面家族小説とも言える。リアリティがあるのは、レオの兄弟のひとりでありながら犯罪には手を染めなかった人が素材を提供したから。彼の目を通して見た兄弟たちは、これほどまでに切ない。

 

ケン・フォレット『大聖堂』

聖なるものは欲望から生まれる《大聖堂》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

ヴィクトール・ユゴーは彼の傑作小説《ノートルダムの鐘》の中で、建築物を書物にたとえたことがある。信仰心、人生観、欲望、願望、そういうものを言葉に残すかわりに荘重で華厳な建築物にこめたという。

それを描き出してみせるのがこの小説。大聖堂を中心に、大聖堂にかかわるさまざまな人間の人生、生き様、信仰心を描き出し、激動の十二世紀イングランドの歴史の一端につなげてゆく。

大聖堂は聖なるものだが、とりまく人間たちがもう俗物、俗物、俗物だらけ。大聖堂ができる、すなわち巡礼信者が増える、すなわち街が潤うということで、それをよく思わない隣街の有力者(こいつが婦女暴行のクズなのである)が執拗な嫌がらせを行うし、カトリック教会内部の腐敗や政治闘争もスパイスを効かせている。大聖堂再建に尽力するフィリップス神父からして善人なんかじゃないしね。大聖堂を建てることに執着する大工の棟梁トムも、自分の夢のために安定した仕事につくチャンスをぶん投げて各地を放浪し、極貧生活のあげく行き倒れて妻を死なせているんだから、家族の視点からするとクソ親父以外のなにものでもない。

だがそれが面白い。人間の欲望がからみあい小さく大きく歴史のうねりとなるさまが。人生は続くのだし、だれもが自分の生きた証としてなにかを後に残していきたいもの。この小説は、自分が何者かであることを証明したくてあがく人々の物語だ。

 

 

リン・シャンタラム『シャンタラム』

【おすすめ】全身全霊でおすすめする半自伝小説〜G.D.ロバーツ《シャンタラム》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

もうね、インドはボンベイを主要舞台にした史上最強の人情話だと思う。欲望と素朴さと狡猾さと権謀術数と生き強さをごった煮にして、仕上げに人間のもちうるうちで最上のすばらしい感情で味付けした絶品料理。「人間のもちうるうちで最上のすばらしい感情」はぜひ実際に読んでさぐってほしい……といいたいけれど、著者自身がプロローグでほぼ明かしている。著者自身が「選んだ」ことで骨格がなされ、さまざまな人々の人生そのものが縒り合わされて紡がれる物語が『シャンタラム』。

著者本人をモデルとした主人公は、オーストラリアの重装備刑務所を脱獄した重犯罪者。偽造パスポートでボンベイに飛び、リンという偽名を名乗り、やがて金が尽きてスラム街に紛れこむ。出会い、別れ、本気の恋、裏取引、ひどいめに遭ったり遭わせたりする日々の中、リンはシャンタラムーー “ 平和を愛する人” ーーの名前を得て、しだいに自分自身でも信じられないほどに変化してゆく。インドという国、ボンベイという街、ソ連アフガニスタン侵攻という時代背景、すべてが結び合わさり縒り合わさり、リンの内面変化に反映されるさまは壮大。この原稿は著者がオーストラリアに戻り、刑期満了後、出所して完成させたものだという。リンの内面変化はそのまま著者の内面変化を反映したものであるともいえる。

どのページを開いても、練られ、熟考された文字の間からたちのぼるのは、ボンベイのもわっとした熱気、陽気なインドの若者プラバカルの故郷の村に降り注ぐ豪雨のにおい、刑務所の腐敗臭、アフガニスタンの雪山の冷気、海岸に打ち寄せる波の音と潮の香り。オーストラリアの刑務所で、あるいは出所後暮らしているところで、著者がどれほど鮮やかに、慈しみすらこめて、かつての居場所、【自由】の二文字で結んだ物語がなされた地を思い起こしているかが伝わる。

 

 

古川日出男『アラビアの夜の種族』

アラビアの夜の種族 (古川日出男著) - コーヒータイム -Learning Optimism-

650ページ以上ある単行本が手に吸いついてまいります。やめられない止まらない。仕事?家事?全部放り出して読みふけることになります。

そもそも「寝食を忘れて夢中になる書物をつくる」という目標が本書冒頭にでてきて、その後、その書物の内容となる〈砂の年代記〉が稀代の女物語り師から語られる、という構成なのだから、面白くないわけがない。(しかもその構成自体にも仕掛けがあるのだからたまらない)

千夜一夜もかくやの〈砂の年代記〉にすぐさまとびこみたいところだけれど、物語が語られる背景となるエジプトの貴族屋敷の描写もみごと。これ一節だけでもどういうものかわかってもらえると思う。

この日は、主題を定めて料理人が奮闘したのか、食後の菓子類に目あたらしい品じなと群を抜いた華やかさがあった。扁桃や胡桃をたっぷりまぶして蜂蜜をかけた菱形のバスブーサ(セモリナ・ケーキ)やロズ・ビ・ラバン(ライス・プディング、砕いたココ椰子の果実を糖蜜で固めて焼いたクナーファ(筒状に巻かれたユニークな形状をしている)といったエジプトの名物はもちろん、断食月明けの祝祭で供されるカターイフ(餃子の皮のようなものでナッツ類や干し葡萄、ココ椰子の粉末をつつんで揚げ、シロップを一面に塗りつけたもの)から、大きな胡桃が混ぜこまれたフティラト・ジャザル(人参ケーキ)、何種類もの旬の果物が入った冷たいモハラベイヤ(アラブ世界で広範囲に食べられているババロアで、表面にはアーモンドやピスタチオ等がトッピングされている)、それに揚げたての温かいグラーシュ(薄い生地を重ねて、そこにナッツ類や干し葡萄をはさんだもの。邦訳者であるぼくの個人的な経験を書きつらねるのもおかしいが、日本で市販されている類いの春巻きの皮をつかっても美味しかった。しあげにシロップに浸して粉末状のココ椰子をふるとよい)まで。書家とヌビア人が名前を知らないような菓子もたっぷりあり、それらが種類も豊富で見るからに新鮮そうな果実類に囲われて、一品いっぴんの彩りをきわだたせている。