コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 21-22 / 365> Freeman Publications “Covered Calls for Beginners” / “Credit Spread Options for Beginners”

英語の本365冊読破にチャレンジ。ページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日
オプション投資入門書を2冊一気読み。いずれも未邦訳。タイトルはそれぞれ『初心者のためのカバード・コール』『初心者のためのクレジットスプレッド・オプション』。基本的に私はオプション取引はやらないのだが、勉強のために読むことにした。

みずほ証券用語解説によれば、カバード・コール(Covered Call)の意味は以下の通り。

原資産を買いポジションで保有しながら、同時にその原資産のコール・オプションを売りポジションで持つ戦略である。

コール・オプションを売る際にプレミアムを手に入れることができる。ただし、原資産が一定の価格以上まで上がっても、得られる利益は限定される。将来の値上がり益を放棄する代わりに、現時点で追加的な利益を得たい場合に用いられる戦略である。

そもそもオプションとはなんぞやという話について、本書はおもしろいエピソードを紹介している。古代ギリシャの哲学者であるミレトスのタレスは、気象学に造詣深く、オリーブが豊作になる年を予測していた。彼は街中回ってオリーブオイルを生産するための搾油機の使用権を買い(オプション)、オリーブの収穫時期(期日)にオリーブオイル業者たちに使用権を売りつけた(オプションを売買できる)。売買差額分(プレミアム)がタレスのもうけになり、金持ちになった彼は好きなだけ哲学に集中できるようになったという。

「原資産を買いポジションで保有しながら、同時にその原資産のコール・オプションを売りポジションで持つ戦略」とは、すなわち原資産(たとえば株式)を保有しながら「その株式をある期日前にある権利行使価格で買う権利」(コール・オプション)を別の投資家に売ること。たとえば権利行使価格が1,000円だとすれば、株式価格が1,000円以上になり、さらに株価上昇が見込めれば、コール・オプションの買い手は権利行使するであろう。売り手は1,000円の株価売却益とコール・オプションを売った代金(プレミアム)を手にすることができるが、その後株式がたとえ2,000円になろうとも、株価上昇分の利益を得ることはできない。すなわち、将来得られるかもしれない利益を一部手放すかわりに、確実にプレミアム分のもうけを得る戦略だ。

本書ではうまく権利行使価格を設定してカバード・コールを繰返し売ることで「キャピタルゲイン(原資産売却による利益)だけではなくキャッシュフローを得られる」と強調している。かのウォーレン・バフェットもオプションを取引しているというのが以下の記事。

Case Study - Warren Buffett Writing Put Options To Obtain A Lower Stock Purchase Price - The Options Manual

ただしもちろん売れるかどうかの問題があるほか、株価下落時の含み損にはなんら対応できない、逆に株価上昇時の売却益は限定される、というのがカバード・コールなので、「この株は将来急騰することはないだろう」と考えた銘柄についてプレミアムを多少稼げればラッキーと考えたほうがよさそう。また、本気で長期保有を考えている株式にはカバード・コールをかけるべきではない(思いがけない株価上昇に見舞われて手放すことになるかもしれない)。結局のところ変動が小さい、長期保有でなくてもいい株式にかけるのがいちばんうまいやり方なのだろうと思う。

本書の最終章は、面白いことに、詐欺師の見分け方についてである。取引履歴 (audited records) を開示させる、シャープレシオ (Sharpe Ratio) について質問する、投資商品販売許可を開示させる、許可証が有効かどうかをオンラインで確認する(専用サイトまである)など、多種多様なやり方が用意されており、アメリカ政府がこの手の詐欺師に頭を悩ませてきたのがよくわかる。ちなみに有名なオー・ヘンリーの短編小説をはじめ、アメリ近代文学には金融詐欺師や山師がわんさか登場する。かなり身近なのだろう。

Ask and Check | FINRA.org

 

本書でとりあげるのはスプレッド取引の一種であるクレジット・スプレッド。基本的にはオプションをセット買いする、いわゆる「動きがない」相場で利益をあげる取引方法である。クレジット・スプレッドは数十種類あるけれど、本書ではもっとも基本的な3種類を中心に説明している。

たとえばある期日までにある株式を権利行使価格10,000円で購入する権利(コール・オプション)を売り、代金(プレミアム)100円を手にする。同時に、同期日のコール・オプションを10,000円よりも高い権利行使価格で買い、プレミアムを支払う。手にした100円と支払ったプレミアムの差額、すなわち受取額が大利となり、権利行使価格差から受取額を引いた金額が最大損失となる。

このように受け取りになるものがクレジット・スプレッド(ちなみに支払いとなるものはデビット・スプレッド)。クレジット・スプレッドでは株価予測は必要ないし、カバード・コールで必要とされていた最低100株の株式保有さえ必須ではない。リスクと利益は確定しており、株式売買のように売りたい時に売れず損失拡大することもない、というのが著者の説明。変動が小さい相場で利益を得る方法であるため、逆にいえば、変動が大きい相場ではリスクが高まる。このため、市場のオプション価格から逆算される変動率(インプライド・ボラティリティ (Implied Volatility、IV) )が高いオプションには手を出すべきではない。

本書ではクレジット・スプレッドのほかに、オプション取引業者の選び方、高頻度取引 (High Frequency Trading。証券取引所から株式売買情報を買い、個別株式買付注文があればそれにーーミリ秒単位でーー先回りして株式買付し、利益を上乗せして売るなど、さまざまな方法がある)など機関投資家の取引方法、さらには「空腹のとき、怒っているとき、孤独感があるとき、疲れているとき、酒やドラッグをやっているときは絶対取引してはいけません」といった注意事項など、いろいろな話題に触れているのが楽しい。

 

 

<英語読書チャレンジ 20 / 365> P. Dashupta “Very Short Introductions: Economics”

英語の本365冊読破にチャレンジ。ページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日

本書は未邦訳(だと思う)。タイトルはそのまま『経済学』。

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

本書は②。経済学という学問がどういうものなのか説明するための小冊子であり、私がこれを読むのは投資勉強のためである。

 

本書の位置付け

本書はオックスフォード大学出版局から出ているVery Short Introuctions(VSI)シリーズのうち『経済学』をとりあげた1冊。VSIは難解なテーマを初学者向けに解説する入門書として書かれたものであり、わかりやすく読みやすい。

 

本書で述べていること

Economics in great measure tries to uncover the processes that influence how people’s lives come to be what they are. The discipline also tries to identify ways to influence those very processes so as to improve the prospects of those who are hugely constrained in what they can be and do. The former activity involves finding explanations, while the latter tries to identify policy prescriptions.

なかなか和訳しにくいが、ようするに経済学の目的は、人々の生活のあり方がどのようにしてある状況になるのかを解き明かし、困窮している人々の境遇を改善するための政策立案に役立てることにある。遠回しに "those who are hugely constrained in what they can be and do." ーー「職業や能力に著しく制限がある人々」という言いまわしをしているが、ようするにーー経済学的にいえばーー生きていくためのお金を充分稼ぐことができず、生活保護などの福利厚生のお世話になる必要がある人々のことだ。

19世紀以前の経済学は文章による論述が中心で、ある特異なできごとが、ある時代、ある地域で起きたのは(たとえば産業革命が18世紀にイングランドで起きたのは)なぜなのかを問うものであった。20世紀後半から、統計数字と数学モデルを用いて、異なる時代、異なる地域で起こるできごとの背後にある共通点や要因をさぐる研究が増えてきたという。

経済的活動をするにあたり、社会制度は重要な役割を果たす。信用、所有権などがそれだ。なかでも信用は大変重要である。信用が保たれる仕組みを説明するための理論としてナッシュ均衡(Nash equilibrium)がある。「自分以外のプレイヤーが全員『約束を守る』戦略をとるであろう」「ならば自分も約束を守るほうが得をする」とプレイヤー全員が考えることがそれである。

本書の後半では、すぐれた財産としての【知識】に焦点をあてる。【知識】は【科学 (science)】と【技術 (technology) 】に区別することができ、前者は私有財産(たとえば特許)、後者は公共財産としてとりあつかわれる。欧米諸国の優越性は先進技術によるものが大きいとされており、科学者や技術者たちにどのように研究開発に力を入れてもらうかが本書後半のメインテーマ。

 

感想いろいろ

先進国と発展途上国のちがいをもたらすもののひとつとして "institution" (制度) が考えられる、という話からはじまり、経済活動を行うにあたり信用(すなわち商売相手がお金を持ち逃げしないという信頼)が大切である、先進国は法律により信用を守らせるが発展途上国は社会規範に頼ることが多い、というふうに論理展開していくのはいかにも欧米らしい。

信用を裏切られたとき、先進国は裁判所に訴え出ることができるけれど、発展途上国はコミュニティの規範を破ったことによるコミュニティ構成員からの罰ーーいわゆる村八分などーーに頼らなければならない。規範を破ったことがまず知れ渡らなければならないため、発展途上国ではプライバシーがあまり重視されず、だれもがコミュニティ構成員を監視できる状態にある、という、なかなかおもしろい説明があった。たしかに相手を信用できなければどこまでも監視するしかないわけで、従業員監視にどこまでコストをかけるかはすべての会社経営者が頭を悩ますところ。しかし、相互監視がうまくいくのは家庭や小さな村程度で、人口1000万人を越えるような都市部ではどうあっても無理だし、しかもコミュニティ全員が参加するような組織犯罪には無力である(だから発展途上国には汚職が多い)。

 

あわせて読みたい

なぜ欧米諸国はほかの地域を植民地支配し、イギリスで産業革命が起きたかという点を考察した本。読書感想もおいておく。

『銃・病原菌・鉄(上)』(ジャレド・ダイアモンド著) - コーヒータイム -Learning Optimism-

『銃・病原菌・鉄(下)』(ジャレド・ダイアモンド著) - コーヒータイム -Learning Optimism-

マジの経済学教科書はもっと分厚いけれど読み応えがある。

なぜ最低賃金が安いままなのか理解するために『マンキュー入門経済学』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

<英語読書チャレンジ 19 / 365> M. R. Kratter “A Beginner’s Guide to the Stock Market”

思いつきで英語の本365冊読破にチャレンジ。ページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日

本書は未邦訳(だと思う)。タイトルは直訳すれば『初心者のための株式市場ガイドブック』。

タイトルそのままのいわゆる初心者向け株式投資本。日本でもこの手の本はよく見かける。内容は初心者向けだからシンプルでよくまとまり、株式市場投資でよくでてくる英単語勉強にもよい。

著者はさまざまな投資手法を試してみて自分に合うものを見つけるのが良いというスタンス。株式市場の値動きのしくみを理解し、まずは無難なところからインデックスやETF(exchange-traded fund、上場投資信託)などから始めるという王道投資手法を紹介している。定期的に株式配当金(dividend)を得るのもよい。著者のおすすめはS&P500配当貴族指数(S&P500 Dividend Aristocrats Index)に連動する運用成果を目指す米国ETFであるNOBLであり、安定した配当金収入が見込める。

機関投資家(institutional players)である投資信託 ("mutual funds")、年金基金(pension)ヘッジファンドはだいたいのところ時価総額50億ドル以上の企業しか相手にしていないから、それより小さい企業は直接影響されることは少ない、という豆知識があちこちに散りばめられているのでなかなか面白いし、最後のところで「初心者はどうせ安値拾いも企業研究もできないんだからインデックス買え。個別株式は業界一位だけにしとけ、株価収益率が10未満の企業なぞどれだけ安かろうが論外だ。あと、悪いことはいわないから空売りレバレッジもするな」とドライに突き放すのも面白い。

株式投資ができるサイトにはさまざまあるが、著者のお気に入りはRobinhoodというサイト。また、株式値動きについてリアルタイムに表示しているサイトなども数多く紹介している。
Commission-free Stock Trading & Investing App | Robinhood

All US Exchanges 52-Week New Highs - Barchart.com

 

<英語読書チャレンジ 18 / 365> S. Coll “Private Empire: ExxonMobil and American Power”(邦題『石油の帝国ーエクソンモービルとアメリカのスーパーパワー』)

思いつきで英語の本365冊読破にチャレンジ。ページ数100以上、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日

本書は『石油の帝国―エクソンモービルアメリカのスーパーパワー』という邦題で翻訳されている。私は2019年1月31日から読み始めたが、重厚長大本でなんども挫折したり積読したりしてようやく読み終えた。

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。石油帝国と呼ばれるエクソンモービルの歴史、現状、背後にある石油業界そのものの成長をまとめた、いわば偉人伝記の企業版というべきものであり、非常に読み応えがある。

 

本書の位置付け

本書は敏腕ジャーナリストが書きあげたドキュメント。石油帝国と呼ばれるエクソンモービルの社史はエネルギーの世紀と呼ばれる20世紀現代史と分かち難くからみあい、その浮き沈みを臨場感たっぷりにまとめあげている。

 

本書で述べていること

本書のタイトル "Private Empire" は次の一文から来ている。

He did not manage the corporation as a subordinate instrument of American foreign policy; his was a private empire.

ーー彼(1989年当時のエクソンモービルのCEOであるリー・レイモンド)は、アメリカの外交政策の従属物としてエクソンモービルを経営しているわけではなかった。エクソンモービルは彼が所有する帝国であったのだ。

エクソンモービルの伝記は、1989年のエクソンバルディーズ号石油流出事故と、1992年に起きた従業員誘拐事件ーー身代金目当ての犯行で、誘拐犯は逮捕されたが従業員は死亡したーーから始まる。この二つの事件後にエクソンモービルは従業員の安全をはじめとするリスク管理に力を入れ、とくに情報管理体制は著者にいわせれば「諜報機関なみ」。安全教育や従業員管理はあらゆる場面に浸透し、エクソンモービル社員は無慈悲でなにを考えているかわからない一方、いやにきちょうめんで長老派教会の助祭のようだとも言われる。ようするに保守的なのだ。著者は多少皮肉をこめて「南部出身で、白人で、息子をもつ父親」が出世していると書く。

本書は最初の章でエクソンモービルの企業体質、社風、歴史にふれたあと、各章でエクソンモービルとさまざまな組織とのかかわりを紹介する。アメリカの政府機関や産油国政府機関、環境保護団体、発展途上国における反政府活動組織(インドネシアアチェ州紛争など)、人権団体など。もちろんエクソンモービル自身の社内政治闘争やリー・レイモンドの後継者探しも外せない。

圧倒的石油埋蔵量をほこるのはサウジアラビア、イラン、イラク、ロシアの4ヵ国。アメリカは「石油目当てではない」と強調しつつイラク侵攻を実行したが、フセイン政権崩壊後のイラクは混迷をきわめており、外資系企業による石油開発ができる状況にない。サウジアラビアはいうまでもなく国営石油企業サウジアラムコが権益をにぎり、イランはアメリカと長く敵対関係にある。本書出版時、エクソンモービルプーチン大統領率いるロシアとの協力を手探りで進めており、その過程も本書に登場する。

 

感想いろいろ

プロローグのタイトルからして強烈である。こんなことをさらりと言える民間企業関係者がどれくらいいるだろう?

“I’m Going to the White House on This”

ーーこの件でホワイトハウスに行くよ。

読み進めていくと、この言葉が発されたのは、史上最大規模の環境破壊のひとつともいわれるエクソンバルディーズ号原油流出事故発生後だということがわかる。黒いねっとりとした油にまみれた海鳥たち。その写真を目にしたことがあるかもしれない。

事件当時、エクソンバルディーズの船長が酩酊状態にあったこと、海上運輸を監視していたはずの湾岸警備隊員からアルコール反応と軽い薬物反応がでたことが大々的に報道されていたが、政府の事故調査委員会では、苛烈な経費削減により安全対策が充分ではなかった可能性ーーすなわち企業体質や組織構造そのものの問題ーーがほのめかされている。

 

読書感想とは別に。

本書は英語原書で読み進めたものの、実は最初に手にとったのは日本語版であり、英語原書と日本語版を両方手元において比較してみたこともある。

訳者は「なにぶん大著であるから、冗長な部分を若干刈りこまざるを得なかった」と断っている。日本語版で章ごと削除されることもあることを考えればまだよい方かもしれない。例をあげてみよう。付近地域で操業していたBP(British Petroleum, 英国石油)が、原油漏洩を知りながら初動除染に遅れたことを述べた一節である。

(原文) the inadequate response was their failure, too, but it would soon be overshadowed by Exxon’s culpability.

(訳文) 不十分な対応は彼ら(BP)の問題でもある。

この文では後半の「しかしこのことはすぐにエクソンの過失に覆い隠されてしまった」(意訳)が抜けている。冗長な部分と言われればそれまでだが、このように文章の一部を除かれるのは、章丸ごと削除されるのとはまたちがった違和感がある。

なんとなれば、似ているのだ、検閲に。

本物の検閲を受け、のちに完全版出版がかなった本を読んだことがあるが、まさにこのように文章の一部を削除したり固有名詞をあいまいな書き方にしたりしていた。もちろん本書の訳者がそれを意図していないのはわかっているが、連想してしまった。

 

<英語読書チャレンジ 17 / 365> H. R. McMaster “Battlegrounds: The Fight to Defend the Free World”(邦題『戦場としての世界 自由世界を守るための闘い』)

思いつきで英語の本365冊読破にチャレンジ。ページ数100以上、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日

本書の邦訳タイトルは『戦場としての世界 自由世界を守るための闘い』。原書タイトルもほぼ同じ。

 

なぜこの本を読むことにしたか

なぜわたしはこの本を読むために時間を使うのか。

①世界の見方を根底からひっくり返す書物、

②世界の見方の解像度をあげる書物、

③好きだから読む書物

この本は②。本書は自由世界が抱えているさまざまな安全保障上の問題とそれをもたらしている敵を整理し、敵対側の歴史、論理やイデオロギー、対米感情などを学ぶことで、今後必要となる安全保障対策を打ち立て、次世代に自由と繁栄をもたらす一助とする試みである。

 

本書の位置付け

表紙の眼光鋭い軍人が著者で、1984年に名門ウェストポイント陸軍士官学校を卒業してアメリカ陸軍に入隊して以来、2018年に退役するまで、30年以上の軍事経験があるベテランであり、トランプ前大統領政権時代の国家安全保障担当補佐官もつとめた。

本書は7つの国家及び地域ーーロシア、中国、南アジア、中東、イラン、北朝鮮、北極地域ーーの歴史、現状、経済政策や外交政策、今後の展望をまとめ、アメリカがこれらの国家及び地域にとるべき政策の方向性を提言している。外国のことをよく学び、戦略的視点からさまざまな動きが意味することを読み解いている本書は大変読みがいがある。

 

本書で述べていること

ここでは7つの国家及び地域のうち3つについて覚書程度に。

第1部: ロシア

ロシアは偽情報発信、反ロ政権転覆、西側諸国の国内分断と対立をあおることにより、市民たちに自国政府や民主主義に対する自信を失わせ、大量の偽情報にさらされて疲れ果てたあげく政府発表そのものを信用しなくなるように仕向けている、というのが著者の見方。それがある程度成功しているとも。

クレムリンの動きの背後にあるのは、冷戦敗北とソ連解体により失われた栄光への執着、かつてはアメリカと世界覇権を争うほどであったロシアがただの地方勢力に転落することへの恐れ、傷つけられた誇りを回復し、ふたたび世界の大国に返り咲く野心であると著者は見ている。たとえプーチンクレムリンの主でなくなってもこの傾向は続くだろう。

ロシアがやろうとしていることに対し、著者はそれを阻止するような手を打つことを提案する。すなわち、内部分断を避け、民主主義や政府への自信をとりもどさせる努力をし、ロシアの偽情報に踊らされる西側諸国の市民を減らす試みである。

第2部: 中国

中国を理解するには、中国歴史の文脈を理解しなければならない。トランプ大統領就任直後の中国訪問で、習近平主席はトランプ大統領を歴代中国皇帝の居城たる紫禁城でむかえ、「中」央にある「国」たる中国の威光をアピールした。そのマインドは、清王朝時代、イギリスからの使者が乾隆皇帝を訪問したとき「わが大清王朝に臣属し、朝賀を申し出るためにやってきたにちがいない」と頭から決めてかかっていたころとさほど変わらない。

中国の狙いは、経済面や地政学面での自国の影響力を強め、アメリカの影響力を弱めるところにあり、アメリカへの脅威という点ではロシアにも勝る。中国の脅威は、この方針が政府、経済界、学術界、軍事領域のすべてに浸透している点にある。1978年に中国を世界経済体系に迎え入れるにあたり、中国市場解放、経済民営化が期待されたが、現実はこのとおり進んではいない。

中国が自国影響力を強めるために推進しているのは三つ。「中国製造2025」「一帯一路」「軍民融合体」である。「中国製造2025」は外資系企業の中国進出において中国企業とのジョイントベンチャーや技術移転を強制し、中国企業を通じて外資系企業が保有する技術をあらかた吸い上げたところで類似の国産製品をつくらせて市場シェアをにぎるやり方。「一帯一路」は地政学上重要な拠点となりうる国家のインフラ、港湾施設などを建設するために巨額の借款を約束し、中国人労働者を派遣して外資をかせぎ、借款が返せなくなれば対象施設を接収するやり方。「軍民融合体」はすべての中国企業および国民に外国からの情報取得を義務付けるやり方である。これには留学生を海外大学などに派遣してその研究内容を不正に持ち帰らせることなども含まれる。

なお、習主席が文化大革命中にひどいめにあったにもかかわらず、毛沢東思想に傾倒し、文化大革命を肯定するようふるまうことについて、著者は「ストックホルムシンドロームではないか」と、なかなか面白い見方をしている。もちろんそれだけが理由ではなく、 "Losing control of the past is, for autocrats, the first step toward losing control of the future." (独裁者にとって、過去を支配できないことは、未来を支配できなくなることに通ずる第一歩である)と書いているとおりなのだが。

 

第3部: 南アジア

ここでいう南アジアはミャンマーからアフガニスタンまでの地域のことである。アフガニスタンで20年間近く戦争が続き、インドとパキスタンーーいずれも核保有国ーーが反目しあうため、この地域は世界規模で見てもまとまりの悪さでは指折り。
著者は、アメリカはアフガニスタンに対して都合の良い幻想を抱いているという。①対テロリスト戦法のみで充分である、②タリバンアルカイダなどの国際テロ組織から切り離すことは可能である、③タリバンが信頼に値する交渉相手である、④パキスタンタリバンやほかのテロ組織への支援減少に同意すること、である。もちろん幻想と現実は異なるため、アメリカのやり方はうまくいっていない。

パキスタンのテロ組織への支援は、インドへの敵対行為としての意味をも持つ。インドはアメリカにとり世界最大の民主主義国家であり、インド太平洋地域において中国勢力を牽制するためのパートナーであるが、パキスタンのテロ組織と核武装に悩まされている。

 

感想いろいろ

It seemed likely that Putin, emboldened by perceived success, would become even more aggressive in the future.

(ロシアによる2008のグルジア侵攻やサイバー攻撃などの工作について)これらを成功と受け止めたプーチンがより大胆となって、今後より攻撃的に出てくる公算は大きそうだった。

著者の予言は残念ながらウクライナ侵攻で事実となってしまった。著者はみずからの経験を通して、歴史を学ぶこと、敵を知ることの大切さを痛感したというが、プーチン大統領がかかげる「栄光の回復」はまさにロシアの歴史を知らなければ理解できないものであろう。プーチン大統領ソ連時代にウクライナを構成共和国と定めてある程度自治権を与えたのはレーニンの大失敗であると断じ、ロシアの理想像をさらに昔のピョートル大帝治世時代に求めているが、失われた栄光に執着する点では同じである。

中国もまた、アジアでは長きにわたって支配的地位にあり、諸外国は中国の歴代王朝に使者を派遣し、忠誠を誓うこととひきかえに主権を承認される立場であった。諸外国は中国に対して臣下の礼をとるべき存在なのである。それだけに20世紀に入ってからの中国近代史は言葉にできないほど屈辱的なものであり、西側諸国をたたきのめし、かつての威光をとりもどすことが現政権の悲願である。

そのほかの地域について私は詳しくないので、歴史含めて大変面白く読ませてもらった。アメリカがインドを南アジアにおける重要な戦略パートナーと位置付けていることには少々意外であった。私が中国人知人から聞いたインドの評価は「カシミール地方の国境紛争で一度もまともに勝てたことがないし、経済成長は停滞、人口ばかり多くて教育水準は低い、公衆衛生や医療制度はむちゃくちゃ、カースト制やら家族制度やらでビジネスは非効率、イギリスの植民地支配が長かったせいで一握りのエリート以外はろくに頭を使おうともしない。あんなのが中国の相手になるわけないだろ」であったので。

まあでも南アジアの面子を見るに、インド以外はほぼアメリカの敵対国だからほかに選択肢がないのであろう。そのインドにしても、ウクライナ紛争ではロシア制裁になかなか加わらず、ロシアの石油や天然ガスを買いこんで転売するようなことをしていたようだから、アメリカと足並みがそろっているとはとてもいえないのだが。

本書の目的が「アメリカ人をはじめ自由世界の人々に、自分たちの正しさについて自信を持ってもらうこと」にあるため、自由貿易や民主主義のすぐれている点を強調しているところが多々ある。このポジティブさは政府のあれがダメこれがダメという報道に慣らされた日本人読者にはちょっとなじみうすいが、嫌いじゃない。

<英語読書チャレンジ 16 / 365> A.Christie “The Murder of Roger Ackroyd”(邦題《アクロイド殺し》)

思いつきで英語の本365冊読破にチャレンジ。ページ数100以上、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日。本書はミステリーの女王アガサ・クリスティーによる名探偵エルキュール・ポアロシリーズ《アクロイド殺し》。ポアロシリーズの中でも屈指の名作にしてクリスティーの代表作のひとつといわれる。

舞台はどこにでもあるようなイギリスの小さな村キングズ・アボット。娯楽といえば「ゴシップ」の4文字で済んでしまうような田舎村である。物語は地元に住むシェパード医師の一人称ですすむ(ちなみにこれまで語り手だったポアロの友人ヘイスティングズはこのとき南米に滞在している)。

裕福な未亡人フェラーズ夫人が睡眠薬の飲みすぎと思われる状況で死亡した翌日、シェパード医師は地元の名士ロジャー・アクロイドに夕食に招かれる。アクロイドはフェラーズ夫人の再婚相手と噂されていた。その晩シェパード医師は思いもがけない話をアクロイドから聞かされる。フェラーズ夫人は死の前日、彼女の前夫は病死ではなく、彼女が毒殺したのだとアクロイドに告白し、その夜に睡眠薬自殺したという。

その晩、シェパード医師は帰宅後に緊急電話でアクロイド邸に呼び出される。ロジャー・アクロイドが殺されたというのである。シェパード医師が駆けつけたとき、アクロイドは胸を一突きにされて死亡していた。おかしなことに、ロンドンにいるはずのアクロイドの義理息子ーー前妻の連れ子ーーであるラルフがキングズ・アボットで目撃され、アクロイドが殺された夜から姿をくらましていることが明らかになる。アクロイドの姪であり、ラルフの婚約者であるフローラは、ラルフの無実を信じ、引退してシェパード医師の隣人となっていたエルキュール・ポアロに真相を解き明かすよう依頼するーー。

 

わりと序盤でシェパード医師が「信頼できない語り手」であることが明かされるーー彼はアクロイド殺しがあった夜、ラルフの滞在先を訪れたことを意図的に語らずにいた。

ポアロによれば、あの晩アクロイド邸にいた人々はだれもが隠しごとをしていて、だれもが嘘をついている可能性があるという。おかげで、本人以外の登場人物がいないーーすなわち本人以外に立証できる者がいないーー証言全部に疑いをもち、さらにシェパード医師の語ることーーすなわち小説の地の文すべてーーにも神経を尖らせなければならなかった。それでもしっかり騙されて、「騙された!!」と膝打ちしつつすっきりした読後感を抱いたのだからすごい。ちなみに中学生程度の英語読解能力と英和辞書(Google翻訳でもよい)があれば、叙述トリックに気づくことは充分可能だ。

<英語読書チャレンジ 15 / 365> A. Christie “The Mysterious Affair at Styles”(邦題《スタイルズ荘の怪事件》)

思いつきで英語の本365冊読破にチャレンジ。ページ数100以上、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2025年3月20日
本書はミステリーの女王アガサ・クリスティーの初の長編作品にして、名探偵エルキュール・ポアロシリーズの第1作目《スタイルズ荘の怪事件》。クリスティーの作品は《春にして君を離れ》《そして誰もいなくなった》しか読んだことがなく、エルキュール・ポアロシリーズはまったくノータッチだったため英語多読にちょうど良い。しかもきちんと細部まで英語を読みこなさなければ楽しめないから、気合いが入る。

舞台は第一次世界大戦のさなか。語り手のヘイスティングズは元銀行員から従軍し、物語開始時には負傷により休暇をとっていた。ヘイスティングズはたまたま旧友ジョン・カヴェンディッシュと再会し、彼の実家であるスタイルズ荘に招待される。そこではジョンの継母であるエミリー・イングルソープ夫人が、再婚相手のアルフレッドとともにヘイスティングズを出迎えた。

ジョンと弟ロレンスの実父はすでに亡く、遺産の大部分はエミリー夫人が受け継いでいた。その彼女が再婚すれば遺産問題でこじれるのがわかりきっており、ジョンはアルフレッドが気に入らない。スティルズ荘に長年勤める家政婦のエヴリンは、アルフレッドは遺産目当てで結婚したと言い放ち、エミリー夫人と大喧嘩して出ていってしまう。

ヘイスティングズがスタイルズ荘に滞在しはじめてから2週間ほどたったある日の早朝、エミリー夫人がけいれんの果てに死亡する。状況から毒殺が疑われた。死亡前日に夫人が誰かと激しく言い争っていたのをメイドが聞いている。深まる謎を解き明かすため、ヘイスティングズはジョンの許可を得て、たまたま付近に滞在していた名探偵エルキュール・ポアロに事件捜査を依頼するーー。

処女作である本作は、謎解きのためにわかりやすいヒントをちりばめており、ウォーリーをさがせ!のような楽しみ方ができる。たまにわかりやすすぎるヒントが配置されていてものたりなくなることもあるが、ちゃんとどんでん返しが用意されているのでご安心を。

ろうそく照明、第一次世界大戦時の節約志向、当時の英国法律などのように20世紀前半ならではの時代背景をもつ一方、毒殺トリックについては相当掘り下げているため意外性も抜群。化学系出身者としては、そうきたか!!と膝打ちしたくなることうけあい。