コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

<英語読書チャレンジ 55-56 / 365> 趣味で読む全米防火協会 (NFPA) 規格 - NFPA13 / NFPA 72

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度(減らしました)、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

今回は『キャプテン・ソルティの消防隊のための賢者の書』を読んだときに趣味で調べた海外消防事情や、アメリカの消防関連基準であるNFPA  (National Fire Protection Association、全米防火協会) Codesの続き。本ではないけれど、100頁を余裕で越えるものばかりなので読破した英語本の数にカウントする。

<英語読書チャレンジ 39-40 / 365> B.Gaskey “ Captain Sally’s Book of Fire Service Wisdom” - コーヒータイム -Learning Optimism-

<英語読書チャレンジ 52-54 / 365> 趣味で読む国際防火基準 (International Fire Code、IFC) / NFPA 10 / NFPA 30 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

火を手に入れたことが、人類を人類たらしめたとよく言われるように、文明の発展は火とともにあった。火は恵みであるが、獰猛な一面も併せ持つ。どの宗教でも地獄にあるものとして真っ先に「業火」を挙げる。山火事や火山噴火はもちろん、人間社会でも、古くはネロ皇帝が見たローマの大火から、近くは震災後にしばしば被災地をおそう大火事まで、制御不能の火は悪魔そのものにもなる。

別記事でアメリカの消防法事情をまとめてみたが、イギリスにおける事情はすこし異なる。イギリスでは、消防署が建物を検査したうえで防火安全証明書 (Fire Certificate) を発行する仕組みをとっていたが、2005年のRegulatory Reform (Fire Safety) Order 2005 (RRFSO)施行により、事業者に火災リスクアセスメント実施を義務付け、消防行政は火災リスクアセスメント実施有無や内容妥当性を確認するというものになった。なお、火災リスクアセスメント実施基準や技術的要求については、やはり民間機関が作成する防火基準を参照するところが大きい。

この記事では以下を読んだ。なおNFPAシリーズではCodeは「なにをつける」、Standardは「どうつける」を定めている。

  • NFPA 13: スプリンクラー (Standard for the Installation of Sprinkler Systems)
  • NFPA 72: 火災報知器 (National Fire Alarm and Signaling Code) 

 

NFPA 13: スプリンクラー (Standard for the Installation of Sprinkler Systems)

火には水、というわけで、スプリンクラーは消火器と並ぶ初期消火設備のツートップである。個人住宅以外の消火設備計画は「スプリンクラー+◯◯」という組立てのものが多い。スプリンクラーの原型はかのレオナルド・ダ・ヴィンチにまで遡るそうだが、実用的なものが開発されたのは1723年のイギリス。黒色火薬(!)を利用して起動したらしい。現代のスプリンクラーは感熱体を使用して起動しているのでより安心。

長く使われてきたこともあってか、建物用途、床面積、利用人数、貯蔵物種類などにより、スプリンクラーの設置範囲や散水量などがこまかく定められており、どれが適切なのかさがすのがそもそも一苦労 (*1) 。NFPA 13の紙幅の多くはこれに割かれている。可燃物としてはとくにある種のプラスチック (*2) 、タイヤ、ロールペーパーは危険度が高いとみなされており規制もきびしい。

スプリンクラー設計では水力計算を必要とすることが多い。物理方程式は以下の3点セットが基本。

 ①エネルギー保存則(ベルヌーイの定理

 ②圧力損失計算式

 ③ヘッド散水量計算式

スプリンクラーにかぎらず、消防設備とはようするにある範囲にある量の水を撒き散らすための道具であり、うまく作動するためには入口である程度以上の流量と水圧を確保しなければならない (*3)スプリンクラーの場合、消防用水供給口での水圧 (*4) が、スプリンクラー配管を通り抜けるときに摩擦によりどれくらい減少するかを計算して (*5)スプリンクラーの出口側で必要散水量を得られるだけの水圧が残るか (*6) を確認しなければならない。そのための物理方程式3点セットである。

NFPA13には水力計算のための物理方程式とさまざまな係数が与えられている。とはいえ実際には専用ソフトウェアを使用することがほとんどであろう(*7) 。より詳細にスプリンクラーヘッドの配置を決めるためには、K-Factor (*8)、取付向き、散水範囲、起動温度、応答速度などを決めなければならない。

(*1) コストカットのためにはなるべくスプリンクラーの設置範囲と流量を切り詰めたいと考えるオーナーも居そうだが、法令で定められた設置基準を満たさなければ建物の建設許可や使用許可が下りなかったり、火災保険加入に支障がでたり、まあデメリットしかない。政府もその辺のことは考えて、個人住宅や小規模建物にはスプリンクラー設置を義務付けないなど、必要以上のコスト負担を強いないようにバランスをとっているらしい。

(*2) プラスチックの種類だけではなく成型方法によっても対応が異なる。いわゆる発泡樹脂(スーパーの生鮮食品トレイで広く使われる発泡スチロールなど)の火災は、スプリンクラーだけでは初期消火がむずかしいとされ、NFPA 13の記述は限定的。

(*3) 設計圧力や設計流量と呼ばれ、製品カタログに必ず記載される。圧力や流量が足りなければ、水が飛ばなかったり足りなかったりして、期待した消火機能が得られないのはいうまでもない。

(*4)  ①として挙げたベルヌーイの定理によると、流体のエネルギーは運動エネルギー、位置エネルギー、圧力エネルギーの総和。本来流体エネルギーは一定であるが、摩擦による熱エネルギーへの変換などにより流体から失われる。これを計算するのが圧力損失計算。

(*5) 摩擦による圧力損失計算には②を使用。摩擦係数は配管内壁の粗さと流れの状態(Reynolds数により表現)により決めることもできるし、経験値であるムーディー線図を使用することもできる。なお配管高さとオリフィスなどの配管要素でも圧力損失は生じる。

(*6) ③を使用。一般的にスプリンクラーヘッドでの噴出水量は、圧力の1/2乗に比例するとして計算。

(*7) ここまでは「確認」のための水力計算を念頭においているが、実際にはスプリンクラー配管径や消防用水供給圧力を決めるのがエンジニアの主な仕事であることはいうまでもない。いわば「設計」のための水力計算が必要とされる。配管径、材料、流速などの制約条件を考えつつ、仮の値を入れてさまざまなケースを試算し、最適解を探す。

(*8) 散水量を計算するための定数。スプリンクラーヘッドの製造元が提供する。NFPA 13で使用可能な値(レンジ)が設定されている。


NFPA 72: 火災報知器 (National Fire Alarm and Signaling Code) 

いかなる消防設備も火災発生まではただそこにあるだけであり、火災発生時に素早く起動させる必要があるわけだが、いかに監視カメラネットワークが発達しているとはいえ、高層ビルのすみずみまで人間が目を光らせるわけにはいかない。人間の目の代わりとなり、初期火災を検知、報告するのが火災報知器の役割である。人間の五感のうち味覚以外の四感覚ーー視覚・嗅覚・聴覚・触覚のいずれかあるいは複数を、機械に置き換えたものといえようか。

NFPA 72は、火災報知器やガス検知器が、どのように火災やガス漏洩などに応答し、どのように人間に知らせるかを定めている。人間は警報を受けとり、必要な行動ーー消防活動要請、避難、退避、救助活動などーーにより、生命や財産(ときには環境)を守らなければならない。時間との勝負だ。

こまかい規定をあげればきりがないのだけれど、火災報知器の種類、設置場所、警告灯や構内放送の設置方法、それらをつなぐ電気回路の種類、情報を送受信するネットワーク(有線/無線)の種類など、まさに【システム】としてあるべき構成要素すべてに言及している。読み手の方も消防設備の知識のみならず、基本的な電気回路や情報ネットワークについての知識が必要になるため、なかなか難儀するのが正直なところであった。

<英語読書チャレンジ 52-54 / 365> 趣味で読む国際防火基準 (International Fire Code、IFC) / NFPA 10 / NFPA 30

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度(減らしました)、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

今回は『キャプテン・ソルティの消防隊のための賢者の書』を読んだときに趣味で調べた海外消防事情や、アメリカの消防関連基準であるNFPA  (National Fire Protection Association、全米防火協会) Codesの続き。本ではないけれど、100頁を余裕で越えるものばかりなので読破した英語本の数にカウントする。

<英語読書チャレンジ 39-40 / 365> B.Gaskey “ Captain Sally’s Book of Fire Service Wisdom” - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

いわゆる日本の消防法にあたるものはアメリカ連邦法にはなく、州ごとに権限が委ねられている。州が作成する法律は、民間機関による基準や規格に基づいている。広く採用されている基準として、国際建築基準(International Building Code、IBC)と国際防火基準(International Fire Code、IFC)があり、これらは国際基準評議会 (International Code Counsil, ICC) が作成している。

前回のブログ記事でこの部分を書いたときに「民間機関が作成した基準を立法機関がそのまま参照するとはなんぞ???」という疑問が残ったので、どうしてこうなったのか調べてみた。

19世紀の終わりごろ、それまで伝統的に地方自治体が防火基準を管轄してきたアメリカにおいて、防火基準統一に対する要求が強まり、民間機関がさまざまな地方自治体のコンセンサスに基づいた防火基準を設定する作業をはじめた。この頃防火工学 (Fire Protection Engineering) が伝統的分野である土木、機械、化学工学などからしだいに分離し、独立分野として扱われるようになった。鶏が先か卵が先かはいえないが、アメリカ連邦全体で使用できる防火基準の設定と、防火についての知識の体系化は、おたがいがおたがいに影響されるものであっただろう。

やがて民間機関がコンセンサスのとれた防火基準を制定し、州政府がおのおのの実情を考えつつ防火基準を州法にとりいれて法的拘束力を与え、今日にいたる。主なものは国際建築基準 (International Building Code、IBC) と国際防火基準 (International Fire Code、IFC) 。いずれもオンラインで全文無料公開されている。なお防火規定についての内容はほぼ共通らしい。

 

国際防火基準 (International Fire Code、IFC)

Digital Codes

アメリカでは42州が、消防関連州法の根幹としてIFCを州毎のFire Codeに組み込んでいる (たとえばカリフォルニアなら "California Fire Code") 。ちなみにフロリダ州ハワイ州などIFCを採用していない州は代わりにNFPA1 Fire Codeを参照している。

IFCは7部構成。第1部冒頭第1条が [A] 101.1 Title. These regulations shall be known as the Fire Code of [NAME OF JURISDICTION], hereinafter referred to as "this code". と、管轄権を有する者の名称を入れられるようになっており、立法機関が法令化しやすい構成。Severability =分離可能性条項(一つの条項が法律違反などにより無効とされても、ほかの条項の有効性に影響を与えるものではないという規定)があり、一部適用もできる。しかし、条文自体の改正はICC担当委員会に諮らなければならない。

内容としては、消防設備の設置要件や基本的仕様を与えるもの。おおむね①床面積や敷地面積、②想定利用者数、③建物高度により設置要件を分けている。このあたりの考え方は日常生活でもよく見かける。

第5章で消火栓配置、第9章でそれ以外の消火設備について規定しているのがちょっとややこしいが、第5章は主に消防隊についてとりあげた章でおり、消火栓も「消防隊が使うもの」として同じ章に書かれたのかもしれない。肝心要の「どれだけの消防用水量 (Fire Flow) を想定しなければならないか(もちろんこれにより消火栓の必要基数、配置、容量が影響を受ける)は、残念なことにIFCには書かれず、詳細についてはほかの規格を参照すべしとしている。ある意味これがIFCの特徴といえる。

 

NFPA Codes & Standards

NFPAシリーズ全体にいえることだが、しつこく "Authority Having Jurisdiction" すなわち「管轄当局」という表現がでてくる。NFPAシリーズのそもそもの成り立ちが自治体ごとにバラバラだった防火基準の最大公約数的な規格を提供することにあったから「最終的な決定権は管轄当局にありますよ」というのが基本スタンス。つまり正当な理由があれば、管轄当局がNFPA以上にきびしい防火基準を求めるのは問題ない。柔軟性があるといえば聞こえはいいが、担当者によって判断が甘くなったり厳しくなったりしないか不安なところではある。

もうひとつ重要なのは "Code" と "Standard" の違い。ざっくりいえば "Code" は「なにをつける」、"Standard" は「どうつける」について定めており、"Code" の方が上位。NFPAシリーズは300以上規格があるけれど9割程度はStandard。

個人的にはシリーズ本文だけではなく、前文にある改訂履歴も読むとなおのこと楽しめる。「米国化学事故調査委員会 (CSB:Chemical Safety and Hazard Investigation Board) の要請で◯◯を追加した」というような文章がでてくることがあり、実際の事故事例から明らかになったことが反映されていることを実感できる。

この記事では以下を読んだ。

  • NFPA 10: 消火器 (Standard for Portable Fire Extinguishers)
  • NFPA 30: 可燃性液体 (Flammable and Combustibel Liquids Code)

 

NFPA 10: 消火器 (Standard for Portable Fire Extinguishers)

いわゆるバケツリレー方式による消火活動は紀元前には存在しており、人力ポンプで水をかけることができる消火器の原型のような設備も早くから実用化されていた。しかし、水ではなく金属筒に消火剤(当時は炭酸カリウムを使用した)を充填した消火器ができたのは19世紀初め。現在市販されている消火器は、粉末薬剤、強化液、機械泡、二酸化炭素などを充填している。

本基準は消火器を必要とする施設において「最低限の要求 (minimum requirement) 」を与えるもの。実際には消火器は各種試験に合格しなければならない。(たとえば日本であれば、日本消防検定協会の検定に合格しなければならない)面白いのは4.4項で廃止をうたわれている消火器で、「1955年以前製造の消火器 (Any extinguisher manufactured prior to 1955) 」とあり、逆に1956年以降ならOKなの!?と驚き。それ以外にもさまざまなタイプの消火器が廃止となっており、いろいろなタイプが開発されてはよりすぐれたタイプにとって代わられるさまが想像できる。

また、消火器設置基準にもお国柄がでている。たとえばNFPA 10は消火器を床に直置きすることを禁じているが、日本ではありふれた光景である。たかが消火器、されど消火器だ。

 

NFPA 30: 可燃性液体 (Flammable and Combustibel Liquids Code)

液体可燃物ーーむかし「燃える水」と呼ばれた原油、ガソリンや灯油などの燃料、ペンキなどの揮発性液体、料理に使われるさまざまな食用油などーーが火災を引き起こすことはめずらしくない。

NFPA 30はそういう可燃性液体 (Flammable and Combustibel Liquids) の貯蔵、取扱、使用についての規定。

  • 液体貯蔵量を一定以下に抑える
  • 漏洩時にはダイクなどで封じこめる
  • 着火源となりうる電気製品などを制限する
  • 適切な消防設備を設置する

こういったことを柱に、さまざまな規制をかけており、とくに電気品には防爆仕様にするなどきびしい制限を設けている。

しかし可燃性液体の引火点を①華氏73F (摂氏22.8℃) / ②華氏100F (摂氏37.8℃) / ③華氏140F (摂氏60℃) / ④華氏200F (摂氏93℃) の4つにカテゴリ分けしているのがよくわからん。キリがいいからかな?

[テーマ読書]読まずに死んだらもったいない小説

いろいろ大変な世のなかで、日々ニュースに接していると暗い気持ちになりがちだから、たまにはなにもかも忘れて小説をどっぷり楽しみたい。そういうときにピッタリの小説たちを10作紹介。

まじめな感想は個別記事に書いているので、このまとめでは、私から見たそれぞれの作品の素晴らしさをとにかく熱く語ります。

 

小野不由美十二国記』シリーズ

【おすすめ】小説ではなく人生そのもの『白銀の墟 玄の月』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

大好き。超好き。友だちに1作薦めるなら迷わずコレ。というか全巻買ってプレゼントする。

私自身は高校生のとき『月の影 影の海』から初読。当時はホワイトハートレーベルで、紆余曲折を経ていまは新潮社から出ている。作者自身がホワイトハート版のあとがきに書いているが、『月の影 影の海』前半がとにかく暗いものの、ここでメゲなければ最高の徹夜小説になる。

しかしいま後悔しているのは、『月の影 影の海』の前作である『魔性の子』から読まなかったこと。十二国記シリーズの予備知識無しに『魔性の子』を読めば最高の読書体験になっただろう。というわけでこれ以上の内容紹介はしないからとにかく『魔性の子』から読み始めるべし。新潮文庫版はどの順番で読めばいいかちゃんと帯に数字を振ってくれているから便利だぞ。

……というところで止めると魅力が伝わらないからもう少しだけ。中国古代思想に関する専門家顔負けの知識を背景とする重厚な世界観、大河ドラマのようにたまらなく魅力的な歴史語りが、小説を支える揺るぎない地盤である。物語が進むにつれて、世界の成り立ち、【天】と呼ばれる人に運命を与えるものでありながらそれ自体条理に縛られた存在があらわれ、それに人々は畏敬のみならず不信感を向ける。

そこに生きる人々が小説の屋台骨である。登場人物は良くも悪くも信念や理想をもつ者が多く、流されるままに生きる者も、過酷な状況にさらされてやがて自分から動くようになる。主要登場人物は二十人を越え、運命を切りひらくために奮闘し、陰謀をめぐらし、私利私欲に走り、殺し傷つけられ、癒えぬ傷を負い、幾多の血を流し、ときには行先を見失い、ときには虚脱感におそわれてもう殺されてもいいと思いながら(そう思うのが主人公クラスの登場人物であるところがものすごく好き)、己の拠り立つものを見出していく。正義や悪があるわけではなく、あるのは信念のぶつかりあい。そこに惹かれてやまない物語が生まれるのだ。

 

 

田中芳樹銀河英雄伝説』シリーズ

【おすすめ】歴史好き必読のスペースオペラ〜田中芳樹『銀河英雄伝説』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

全10巻のうち2巻までは一気読みしましょう、絶対後悔しませんよ(悪魔の微笑み)。

ということはさておき。

絶対君主制銀河帝国と、民主主義をかかげる自由惑星同盟のあいだで150年間続いている宇宙戦争、その間で暗躍する貿易国家フェザーンというしっかりした構図、医学部出身で中国歴史に造詣深い著者が書く迫力充分の宇宙戦闘や政治闘争は、それだけでも読み応え充分なのだけれど、それに加えて「清廉な絶対君主制」と「腐敗した民主主義」の対比がひどく味わい深い。

現代社会ではなにかといえば民主主義はすぐれているとして独裁国家を否定するわけだけれど、『銀河英雄伝説』では、支持率を上げるために開戦して2000万もの将兵を戦死させる政治家や、宗教団体や過激団体と裏で手をむすんで反対勢力を暗殺する政治家が自由惑星同盟の政権中枢にふつうにいる。中でも最悪とされるトリューニヒトは「私のような人間が権力を握って他人に対する生殺与奪を欲しいままにする、これが民主共和政治の欠陥でなくてなんだと言うのです」 と露悪的に述べながら、度重なる変事をのらりくらりと生き延びた、ある意味では天才悪徳政治家。主人公2人も、理想を追いかけながら、決してそれだけではすまされない人物として描かれる。

後半になればなるほど、思想信条のぶつかりあいがはげしくなり、物語はどちらかというと哲学的展開をみせていく。登場人物たちが苦悩するさまはそのままどうあってもわかりえない様をみせつけており、最期まで目が離せない。

 

 

小川一水『天冥の標』シリーズ

【おすすめ】小川一水《天冥の標》シリーズ - コーヒータイム -Learning Optimism-

すすめる言葉がみつからないくらい好き。

致死率95%の〈冥王斑〉を引き起こすウイルスに侵され迫害を受ける人々と、迫害する人々の因縁が、物語を貫く横糸。〈冥王斑〉感染者たち回復後も生涯感染力を保ち、しかも例外なく両目のまわりに両掌を押しつけたような斑紋が残るから一目で「そう」だとわかってしまう(作中には一切出てこないが、この斑紋は旧約聖書に登場するカインが身に受けた〈しるし〉を意識していると思う)。彼らは迫害され、恨みや呪詛を数世代にわたりためこみ、ついに復讐のため大事件を起こす。

物語の縦糸は、数千万年にわたりさまざまな宇宙知的生物の生活区域を侵略してきた宇宙植物オムニフロラと諸種族との対抗。詳細はぜひ読んで確認してほしいが、人類という種族が内に外に厄介事の山を抱えながらよたよた進み、そのうちで一人一人の生き様が銀河にまたたく星のように目に灼きつく、《天冥の標》はそういう小説だ。

過去から未来へ、空間から空間へ、縦横無尽に想像力の赴くままに紡ぎあげられた一大宇宙叙事詩は、小さくは個に、大きくは種族に、どのように生き、栄え、繁殖するのかを常に問いかける。それに対する答えを読者は己の中に探さずにはいられない。

 

 

劉慈欣『三体』シリーズ

SF小説、謎解きミステリー、哲学的思考実験としてもすばらしい〜劉慈欣『三体』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

中国発の大人気SF小説。中国の文化大革命や日本の神風特攻隊などヤバめのネタをぶっこんでいるところがお気に入り。

ひとことでいうと、文化大革命のさなか、目の前で父親をリンチ殺害され、母親が飛び降り自殺を遂げたという壮絶な経験から人類に絶望した中国人科学者の葉文潔(イエ・ウェンジエ)が、地球侵略の意図をもつエイリアンを呼びこみ、侵略されたくない人類が必死に対抗策を考えるお話。

エイリアンである三体星人にすべての活動を監視された状況で、国際連合が残された希望を「三体星人の裏をかく作戦を頭の中だけで組み立て、真意を悟られることなく実行する」ことにかけ、代表者をたて、三体星人やその手先である地球人と熾烈な心理戦を繰り広げる展開は、何度読んでも手に汗握る。

なにより胸熱なのは第二部『黒暗森林』の主人公羅輯(ルオ・ジー、中国語読みは「ロジック」を意味する単語と同音)が、物語冒頭では盗作論文で研究費をだましとる研究者くずれで女たらしであったのが、三体星人への対抗手段を考える「面壁者/ウォールフェイサー」に選ばれ、しだいに責任感にめざめ、ついには人類を救うために生命をかけるまでになること。

最初はウォールフェイサーの特権を悪用して贅沢な生活と理想の妻(!)を手に入れ、わが世の春を謳歌していたルオ・ジーだったが、まったくやる気がないことを白状した直後に妻が子どもとともにいなくなり、現実を突きつけられたルオ・ジーはようやくまじめに考えはじめる。しかしそうそういいアイデアが思いつくわけもなく、ほかのウォールフェイサーたちの失敗もあり、しだいにルオ・ジーは追いつめられていく。

凍てつく冬の湖面でルオ・ジーがついに起死回生の奇策をひらめく瞬間も(もちろんこれで万事解決ではなく、むしろこの後がほんとうの苦労の始まりといえるが)、そのヒントがすでに故人となった恩師とかつて交わした会話に埋めこまれていたことも、その恩師こそがイエ・ウェンジエその人であったことも、すべてが胸熱展開すぎる。

 

 

ダン・シモンズハイペリオン

<英語読書チャレンジ 45 / 365> D. Simmons “Hyperion”(邦題《ハイペリオン》) - コーヒータイム -Learning Optimism-

もうね、没入する。

SFだけれども遠い未来にほんとうにありそうな風景描写、日常描写、さらりとまぎれこんだ超光速通信や量子宇宙船などのSF設定、かと思えばキーツラフマニノフなど現代地球から受けついだものがちらほら。舞台は数百年後の銀河系だけれど、地球は消滅、植民星間連邦が成立、AIは独立して人間関係と協力関係にあり、一方で連邦をはぶれたアウスターと呼ばれる野蛮人軍団とは敵対関係にある(しかしなぜかアウスターの方が科学技術水準が高い)、と、「なにがどうしてこうなった!?」と好奇心をかきたてられる仕掛けの山、山、山、しかし読者が疲れたりついていけなくなったりしてしまわないように出し方は絶妙。幾重にも仕掛けられた世界観の鍵をにぎる辺境の一惑星ハイペリオンへの旅、旅の仲間たちの身の上話。およそ想像される物語仕様が全部ぶちこまれている超豪華全部盛りをお楽しみあれ。

 

ジェフリー・ディーヴァー『ウォッチメイカー』

脳みそを揺さぶられるミステリーの傑作『ウォッチメイカー』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

物語冒頭に犯人が名前付きで登場し、その後に犯人を追う側が登場するタイプのミステリーで、女のことしか頭にない衝動的な強姦魔と、感情を読み取らせない冷静沈着な殺人鬼という最悪コンビがどのようにつかまるのか楽しみにしていると、中盤あたりから「あれ?」「うわあ……」「はあ!?!?」「待て待てこれは連続殺人事件じゃ……」「騙すつもりが騙されてたということ……?」「理解能力が追いつかない……」と絶句する。これまで見ていたものが実はさかさまや裏返しであったことに気づく。しかもそれすら多面体の側面や背面でしかなかったことにさらに気づかされる。鮮やかさは圧巻。

《ウォッチメイカー》は、四肢麻痺で寝たきりながら鋭いキレの頭脳で手がかりを見逃さない科学犯罪捜査学者リンカーン・ライムと、優れた現場操作能力をもつ女刑事アメリア・サックスの名コンビが難事件を追うミステリーシリーズの第7作にして、文句なしの最高傑作。今作では名コンビにキネシクス(表情や身ぶりを研究する学問。言葉、表情、動作すべてを観察し、巧みに心理誘導することで、尋問対象の嘘偽りをあばき、隠そうとしていることを引き出せる)の天才であるキャサリン・ダンスが加わり、さらに充実している。いちばんの見どころは、「信頼できない(ように仕向けられた)語り手」により読者を全力で騙しにかかることで、見事なマジックショーを鑑賞したあとのような読後感を残してくれる。

 

 

アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ『熊と踊れ』

兄と、弟と、父親の陰《熊と踊れ》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

犯罪小説、と言ってしまっていいのかな?と迷う。主人公レオとその兄弟が銀行強盗を繰り返してついに警察に追い詰められるまでが主軸なのだけれど、レオと兄弟たちの成長過程にちらつくDV親父の陰、暴力にさらされながらそれでも父親を完全には見捨てられない微妙な心理、冷徹な犯罪計画、兄弟間の不協和音などは、ある面家族小説とも言える。リアリティがあるのは、レオの兄弟のひとりでありながら犯罪には手を染めなかった人が素材を提供したから。彼の目を通して見た兄弟たちは、これほどまでに切ない。

 

ケン・フォレット『大聖堂』

聖なるものは欲望から生まれる《大聖堂》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

ヴィクトール・ユゴーは彼の傑作小説《ノートルダムの鐘》の中で、建築物を書物にたとえたことがある。信仰心、人生観、欲望、願望、そういうものを言葉に残すかわりに荘重で華厳な建築物にこめたという。

それを描き出してみせるのがこの小説。大聖堂を中心に、大聖堂にかかわるさまざまな人間の人生、生き様、信仰心を描き出し、激動の十二世紀イングランドの歴史の一端につなげてゆく。

大聖堂は聖なるものだが、とりまく人間たちがもう俗物、俗物、俗物だらけ。大聖堂ができる、すなわち巡礼信者が増える、すなわち街が潤うということで、それをよく思わない隣街の有力者(こいつが婦女暴行のクズなのである)が執拗な嫌がらせを行うし、カトリック教会内部の腐敗や政治闘争もスパイスを効かせている。大聖堂再建に尽力するフィリップス神父からして善人なんかじゃないしね。大聖堂を建てることに執着する大工の棟梁トムも、自分の夢のために安定した仕事につくチャンスをぶん投げて各地を放浪し、極貧生活のあげく行き倒れて妻を死なせているんだから、家族の視点からするとクソ親父以外のなにものでもない。

だがそれが面白い。人間の欲望がからみあい小さく大きく歴史のうねりとなるさまが。人生は続くのだし、だれもが自分の生きた証としてなにかを後に残していきたいもの。この小説は、自分が何者かであることを証明したくてあがく人々の物語だ。

 

 

リン・シャンタラム『シャンタラム』

【おすすめ】全身全霊でおすすめする半自伝小説〜G.D.ロバーツ《シャンタラム》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

もうね、インドはボンベイを主要舞台にした史上最強の人情話だと思う。欲望と素朴さと狡猾さと権謀術数と生き強さをごった煮にして、仕上げに人間のもちうるうちで最上のすばらしい感情で味付けした絶品料理。「人間のもちうるうちで最上のすばらしい感情」はぜひ実際に読んでさぐってほしい……といいたいけれど、著者自身がプロローグでほぼ明かしている。著者自身が「選んだ」ことで骨格がなされ、さまざまな人々の人生そのものが縒り合わされて紡がれる物語が『シャンタラム』。

著者本人をモデルとした主人公は、オーストラリアの重装備刑務所を脱獄した重犯罪者。偽造パスポートでボンベイに飛び、リンという偽名を名乗り、やがて金が尽きてスラム街に紛れこむ。出会い、別れ、本気の恋、裏取引、ひどいめに遭ったり遭わせたりする日々の中、リンはシャンタラムーー “ 平和を愛する人” ーーの名前を得て、しだいに自分自身でも信じられないほどに変化してゆく。インドという国、ボンベイという街、ソ連アフガニスタン侵攻という時代背景、すべてが結び合わさり縒り合わさり、リンの内面変化に反映されるさまは壮大。この原稿は著者がオーストラリアに戻り、刑期満了後、出所して完成させたものだという。リンの内面変化はそのまま著者の内面変化を反映したものであるともいえる。

どのページを開いても、練られ、熟考された文字の間からたちのぼるのは、ボンベイのもわっとした熱気、陽気なインドの若者プラバカルの故郷の村に降り注ぐ豪雨のにおい、刑務所の腐敗臭、アフガニスタンの雪山の冷気、海岸に打ち寄せる波の音と潮の香り。オーストラリアの刑務所で、あるいは出所後暮らしているところで、著者がどれほど鮮やかに、慈しみすらこめて、かつての居場所、【自由】の二文字で結んだ物語がなされた地を思い起こしているかが伝わる。

 

 

古川日出男『アラビアの夜の種族』

アラビアの夜の種族 (古川日出男著) - コーヒータイム -Learning Optimism-

650ページ以上ある単行本が手に吸いついてまいります。やめられない止まらない。仕事?家事?全部放り出して読みふけることになります。

そもそも「寝食を忘れて夢中になる書物をつくる」という目標が本書冒頭にでてきて、その後、その書物の内容となる〈砂の年代記〉が稀代の女物語り師から語られる、という構成なのだから、面白くないわけがない。(しかもその構成自体にも仕掛けがあるのだからたまらない)

千夜一夜もかくやの〈砂の年代記〉にすぐさまとびこみたいところだけれど、物語が語られる背景となるエジプトの貴族屋敷の描写もみごと。これ一節だけでもどういうものかわかってもらえると思う。

この日は、主題を定めて料理人が奮闘したのか、食後の菓子類に目あたらしい品じなと群を抜いた華やかさがあった。扁桃や胡桃をたっぷりまぶして蜂蜜をかけた菱形のバスブーサ(セモリナ・ケーキ)やロズ・ビ・ラバン(ライス・プディング、砕いたココ椰子の果実を糖蜜で固めて焼いたクナーファ(筒状に巻かれたユニークな形状をしている)といったエジプトの名物はもちろん、断食月明けの祝祭で供されるカターイフ(餃子の皮のようなものでナッツ類や干し葡萄、ココ椰子の粉末をつつんで揚げ、シロップを一面に塗りつけたもの)から、大きな胡桃が混ぜこまれたフティラト・ジャザル(人参ケーキ)、何種類もの旬の果物が入った冷たいモハラベイヤ(アラブ世界で広範囲に食べられているババロアで、表面にはアーモンドやピスタチオ等がトッピングされている)、それに揚げたての温かいグラーシュ(薄い生地を重ねて、そこにナッツ類や干し葡萄をはさんだもの。邦訳者であるぼくの個人的な経験を書きつらねるのもおかしいが、日本で市販されている類いの春巻きの皮をつかっても美味しかった。しあげにシロップに浸して粉末状のココ椰子をふるとよい)まで。書家とヌビア人が名前を知らないような菓子もたっぷりあり、それらが種類も豊富で見るからに新鮮そうな果実類に囲われて、一品いっぴんの彩りをきわだたせている。

【おすすめ】小川一水《天冥の標》シリーズ

SFはあまり読まないのだけれど、ブログ「基本読書」の中の人が全身全霊でおすすめしていたから興味をもち、《天冥の標》シリーズを読んでみた。

生まれてきたこと、この本に出会うに至る人生の軌跡、その全てに感謝を捧げるレベルの傑作──《天冥の標》 - 基本読書

一言でいえば僕はこのシリーズを読んで生まれてきたことに感謝し、それどころか、生まれてからこの作品に出会うまでのすべての軌跡に感謝した。辛いことも苦しいことも多くあったが、天冥の標という作品に出会えたことはそのすべてを帳消しにするのにふさわしい。

予備知識なし、ネタバレ遮断、のんびり気が向いたときにすこしずつ読み進める、ときどき立ち止まりいろいろ考えてみる、というふうに読みながら、「基本読書」の中の人にここまで言わせる心の揺さぶりを感じるだろうか? という楽しみを抱くのはとても心地良い。

 

《第1部「メニー・メニー・シープ」読後感想》

な、ん、じゃこりゃあああ!!!

読後絶叫した(心の中で。近所迷惑だから)。

第2作以降でなぜこういう世界になったのか過去に遡り説明してくれるのよね?と、今すぐ全部放り出して第2部を読み始めたい。それくらい衝撃的なラスト。(あの人は死んじゃったかなぁ……生きていてほしいなぁ……でもあれじゃ助からないかなぁ……)と頭の中でグルグルグルグル廻る。

あらすじをまとめると、舞台は2800年代、人類は恒星間飛行を実現する科学力を手に入れ、さまざまな惑星に宇宙船を飛ばして植民地化しようと試みていた。しかし、惑星ハーブCでは、宇宙船〈シェパード号〉墜落のトラブルにより、高度技術設備の再生産が不可能になる。人々は数百年間、壊れていないものを大事に使いながら、羊を飼い、比較的不便ながらなんとか暮らしてきていた。

拡散時代とは、人類がまだ恒星間宇宙船を建造していた時代のことだ。しかしこの説明はやや不正確で、正しく言えば人類は今でもまだ恒星間宇宙船を建造している。ただ、植民地メニー・メニー・シープは不幸な事故と領主の施政により、そこから脱落してしまった。

植民地にも、たとえばこのフェオドールのように高度技術の産物は残っているが、それはあくまでも遺物でしかなく、その構造を理解したり、ましてや再生産することには成功していない。植民地で自作された最も高度な機械は、隣の部屋にあるレントゲン装置ぐらいのものだ。

植民星全体の電力供給をまかなう発電機は〈シェパード号〉にのみあり、〈シェパード号〉の甲板長の後継者である領主が電力配給の全権をもっていたが、当代の領主ユレイン3世はなんのつもりか厳しく電力供給制限を行う。人々の不満は高まり、反骨精神豊かで戦闘能力が高い〈海の一統〉アウレーリア家の次期当主、アクリラ・アウレーリアとその友人セアキ・カドムを中心とするさまざまな人々が、それぞれの思惑を絡ませつつ、ついに立ちあがろうとするーー。

始まりにしてひとつの到達点の物語。これから先どうなるかを知りたい、と、どうしてこういうことになったのかを知りたい、という読後感がせめぎあい、すぐにでも続きを読まずにはいられなくなる。

 

《第2部「救世群」読後感想》

第2作からは、過去に遡り、なぜ第1作はああいう世界になったのかがひもとかれる。

舞台は21世紀初頭。パラオのあるリゾート地で異常なウイルス感染症が広がる。麻疹並みの感染力、90%を越える致死率、回復しても感染力は保ち続けるという絶望的な感染症である。回復患者は目のまわりに両掌を押しつけられたような特徴的な斑紋があらわれるため、判別は容易である。感染症専門医である児玉圭吾と同僚の華奈子らは、患者を救おうと必死にかけずりまわるが、患者、とくに回復者に対する世間的迫害がどんどんひどくなるーー。

第1作よりわかりやすいし、コロナ禍もあり作中の出来事がイメージしやすい。第1作で出てきた名前が登場してニヤニヤする楽しみもある。回復者第一号であり、さまざまな絶望的体験の果てについに闇堕ちした千茅ちゃんは、なんとなく漫画「絶園のテンペスト」の登場人物を思わせる。

作中、なぜこの感染症が〈冥王斑〉と名付けられたか明らかになる場面がある。治療中の誤穿刺により発症を覚悟したアクランド医師の言葉だ。

「医業の道なかばにして倒れることを、心底無念に思う。しかし、賢明で果敢な同志たちの見守る中でこのような運命が私に訪れたことには、大きな喜びを覚える。冥王の裳裾に触れた者が、いかなる過程を経てその腕に抱かれていくのかを、私は我々の言葉で語ることができるだろう。その秘密が遠からぬ未来に暴かれ、人類の大切な財産としてすべての人々に共有されることを、私は信じる」

この言葉には感激に震える。みずからの死に意味を持たせてくれと訴え、志を同じくする医療従事者たちに後を託す。見事なり。

 

《第3部「アウレーリア一統」読後感想》

物語超序盤にドロテア・カルマハラップ少将が登場する時点で、ある程度話の落ちつく先が見えて安心できる親切設計。

サブタイトルから、主人公はアウレーリア家のアダムスとその一族、第1部に登場したアクリラ・アウレーリアの遡ること500年位前のご先祖さまではあるのだけれど、私はセアキ家(もちろんセアキ・カドムのご先祖である)とアウレーリア家が結ぶ縁のはじまりの物語として読んだ。

第2作での〈冥王斑〉生存患者たち、通称〈救世群〉のその後も知ることができる。まあこうなるしかないというある意味予想通り、しかし救いのない現状に暗澹とした気分になる。作中、〈救世群〉の一人であるグレアが悪意剥き出しでアダムスを嘲笑う場面は鳥肌がたつ。怨嗟と差別の中に生きる彼らにいつか救いがもたらされることを願わずにはいられない。

「誰が」

ずい、とアダムスのそばに影が立ち上がった。覆いかぶさる。底抜けの悪意を持つ見知らぬ魔物のように、視界を塞いで顔を寄せる。切れ長の細い二つの隙間に白い目が光っている。

「やめるか。こんなに気味のいいこと」

アダムスはシーツを蹴って後ずさろうとする。相手は心から嬉しそうに涼しげな笑いを漏らす。

「それが私の境地。救世群の境地。囲まれて奪われて突き落とされ叩かれる。苦しくて、痛くて、息もできないでしょう。どうして自分がそんな目に遭うのかって、呪わしいでしょう。人も神も何もかも遠ざけたくなるでしょう。――あなたがわかるわ、とてもよくわかる。生まれてきた新しい赤ん坊を見るような気持ちよ。ようこそアダムス、愛しいわ。今までで一番あなたを近くに感じる」

 

《第4部「機械じかけの子息たち」読後感想》

食と性は人間の二大本性だというけれど、第4部は性のお話。人間そのもののような身体と、人間に奉仕する精神を与えられた生体アンドロイド〈恋人たち〉は、第1部でも抜群の存在感を放っていたけれど、彼らの誕生、生業、目指す先を語る。

〈恋人たち〉の本業はようするに人間たちを性的に満足させることにあるため、第4部はいわゆるお色気場面満載。生殖不可能、人間なら致命傷になるような損傷でも修復可能な生体アンドロイド相手にはどんな制約も必要なく、〈恋人たち〉の本拠地である〈ハニカム〉を訪れるゲストたちは性的嗜好をとことん満足させる。

その中でも、複雑な事情をもち〈ハニカム〉に足を踏み入れたキリアンという少年が主人公だ。至高の性体験を求めるなどという、どこの中学生だみたいなものがキリアンの目的だとされるけれど、その真意は〈恋人たち〉の存在意義そのものを問うところにあり、後半になるにつれてなかなか哲学めいた展開になる。

ちなみに私は物語終盤、ある宇宙船が名前だけ登場する場面が、この第4部最高の盛り上がりどころだと信じて疑わない。あれはそうだったのか!!!!!と、ものすごく気持ちいい答え合わせになることうけあい。

 

《第5部「羊と猿と百掬の銀河」読後感想》

食と性は人間の二大本性だというけれど、第5部は食のお話。タイトルの「羊」「猿」にそれぞれある予感を抱きつつ、一宇宙農家のあれこれを農業エッセイよろしく楽しく読んだ。感想終わり。

……だったらよかったけど、そうはいかない仕掛けが用意されているのが《天冥の標》である。

この巻で初めて、重要なキーワードである〈被展開体〉の解説が入る。ようするに自分自身では増殖できないウイルスのようなものだけれど、意識そのものとして生物無生物問わずにとりついて繁殖できる、存在というよりも現象に近い、意識、情報(信号群?)としてのなにかといおうか。

この〈被展開体〉を軸に、話のスケールはいきなり宇宙規模まですっ飛ぶ。宇宙にはさまざまな超銀河団があり、超銀河団を構成するそれぞれの銀河があり、銀河には恒星間移動を果たす種族が登場することが語られる。そこまで大風呂敷を広げたうえで、しれっとわれわれの銀河、われわれの太陽系、われわれの小惑星帯に生きるわれわれの種族、その一農民とその娘に話を戻す。

後半の展開は胸糞物だが、いやなあ……これ、わが地球の人類史で実際にあったできごとを参照しているよなどう見ても……と、おそらく世界史をちょっとでもかじれば聞いたことがあるであろう超有名例に思いを馳せて遠い目になった。

ちなみにこの巻を読む前は「なかなか奇想天外で面白いSF小説だなー」というのが《天冥の標》シリーズの評価であったけれど、後半とある事件が立て続けに起き始め、いろいろなことが明らかになってからは「全人類!!読め!!」と全力推薦するレベルになった。アニー最高すぎる。

 

《第6部「宿怨」読後感想》
……感想を書けないほどの衝撃、衝撃、衝撃の連続。基本設定から結末にいたるまでジブリの某作品を思い起こさせずにはいられない(キーは真逆だが)。さりげなくシリーズ名《天冥の標》をタイトルに冠する章がでてくる。本作全体の核心である。

ちなみに《天冥の標》シリーズの名台詞として「私はあなたたちを愛しています」をあげるブロガーがいたが、登場するのはこの巻。戦慄。

 

《第7部「新世界ハーブC」読後感想》

第6作以上の衝撃は当分訪れないと思っていたのに、それを軽々と上回る衝撃、衝撃、絶望。限りない絶望感の中、真の現状が明かされる。

ようやく戻る。なぜ第1作『メニー・メニー・シープ』の世界ができたのか、その成り立ち、支配者層以外の人々からは失われていた真の歴史へと。

 

《第8部「ジャイアント・アーク」読後感想》

無理だろここまでの大風呂敷どう折り畳むんだよ。

というのが最初の数頁で浮かんだ感想。

あの人何時まで味方ごっこしてんの?

途中からはこの感想も加わる。

今作は第1作『メニー・メニー・シープ』がもう一人の視点から語られる。いわばフリップサイド。謎解き編。そして読者はついに本作全体を貫く問いかけの入口に立つ。

ここまでには数限りない布石が慎重に打たれてきた。作中に登場するさまざまな改造人間、アンドロイド、冥王斑生存者、宇宙飛来者と彼らの在り方を通して【人間とはなにか】という壮大な問いかけがすでに姿を見せつつある。それも太陽系を越え、銀河すら越えた、宇宙の一種族として。

しかしそれにさらに大きな問いかけが重なる。

【対立する者たちの共存はありや、なしや?】

【種族はどのように宇宙に向き合うべきか?】

シリーズ名そのものの意味は、『宿怨』ですでに明らかになった。

〈冥〉はいうまでもなく【冥王】ーー地底、暗闇、ローマ神話ではプルートと呼ばれる死者の国の王、その名を冠する冥王斑ウイルス保持者たちやその元凶である「たちの悪い雑草」。〈天〉とは〈冥〉の対立面に立つ者たち、この者たちがどういうものかは【人間とはなにか】という問いに答えられなければ説明できず、まだ答えがでない。対立する〈天〉と〈冥〉ーーその共存を探る者こそが〈標〉。

ここまできたらもはや徹夜本、一気読み以外ありえない。

 

《第9部「ヒトであるヒトとないヒトと」及び第10部「青葉よ、豊かなれ」読後感想》

終わりが近づくにつれて、終わってしまうのがもったいないという気持ちが芽生えた。もっともっとこの世界に浸りたい。カドムやイサリやアクリラ(彼の行く先は意外すぎたけどまあ一度死んだようなものだし……と自分を納得させる)の生き様を見たい。そう思いながら読み切った。

小さくは個人、大きくは宇宙。どのように生き、栄え、繁殖するのが良いか。どのように隣人と共存するか。とほうもないテーマを抱えながら、それぞれのーー過去生きた者もこれから生きる者もーー答えを示し、ぶつけあい、考える。

「立ち止まるな。押し潰されるな。生きられる場所を見つけて生きていけ。あんたたちが消えていい理由は何もない」

「生まれてから何も失ったことのない者が、何かを欲すると思いますか? 悲しみを覚えたことのない者が、喜びということがわかっていると思いますか?……」

来し方行く末をうたう宇宙叙事詩を通して、君たちはどう生きるか?と問いかけられているようにも感じる。この作品を読めたことに感謝を、己の生きる様をさぐる思考を止めないことに信念を。

<英語読書チャレンジ 49-51 / 365> Awesome Experiments for Kids シリーズ(2)

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。

今回読んだのは子ども向け実験シリーズ。身近なものを利用して楽しみながらSTEAM (Science, Technology, Engineering, Art and Mathmatics) の基礎知識を学ぶことができるという、日本でいえばNHK教育でやりそうなわくわく科学実験である。英語表現はやさしく、イラストや写真がふんだんにあるので理解しやすい。小学生以下のお子さんがいるなら、夏休みの自由研究や図工制作にもってこい。

シリーズは全部で11冊出ている。そのうち3冊を紹介。

実験シリーズでも屈指の面白さ。実験紹介というよりほぼレシピ。発酵前後のパン生地の厚みを比べてみたり、手作りドレッシングのサラダオイルとヴィネガーが混じりあわないことを確認したり、火を通してすぐ氷水で冷やしたさやえんどうを煮込みっぱなしのさやえんどうと並べてみたり。美味しいお料理やお菓子作りのついでにちょこっとサイエンス。『銀の匙』『食戟のソーマ』などのリアル寄りの料理漫画を読んだことのある読者であれば、見覚えがあるものもでてくるから楽しい。

たとえばこんなことをやってみようーー

フードプロセッサにバナナと水を入れてスムージー状にする。別に、透明なシャンプーをティースプーン1杯、塩2摘み、水を4杯、泡立たないようにそうっとかきまぜたものを用意する。これに「バナナスムージー」をティースプーン3杯分入れてゆっくりかきまぜ、しばらく置く。コーヒーフィルターで混合物を濾して、ティースプーン1杯分の透明な液体を得られたら、これに消毒用イソプロピルアルコールをごくゆっくりと流し入れ、表面に層ができるようにする。少し待とう。白いものが浮いてくるのが見えるだろう。バナナのDNAだ。

 

いわゆる野外理科実験ガイド。著者はミネソタ州の学校教師で自身も子育てしており、生徒たちや子どもたちとアウトドアで観察し、実験し、楽しんだことを本にまとめている。「まずどうなるか予測してから始めましょう」という方針で、科学者がとる問題提起→仮説→実験→結果論証というアプローチをなぞらえている。
たとえばこんなことをやってみようーー

❶ Solar Still (太陽熱蒸留装置) 。地面に浅い穴を掘り、真ん中に蓋なしのプラスチック容器を固定し、まわりに落ち葉などを敷き詰め、水を注ぐ。穴全体をビニールで覆い、石などのおもりを置いて、プラスチック容器の真上でビニールがへこむようにする。2日ほど放置し、蒸発した水がボトル内に凝縮されているのを観察しよう。

❷ 夜空を見上げ、北斗七星 (Big Dipper) やカシオペア座 (constellation Cassiopeia) から北極星 (Polaris) を見つけ、東西南北の方向を決めてみよう。

❸ 石、まつぼっくり、木の実、小枝など、野外でみつけたものを水槽に入れて、浮き沈みを観察してみる。浮くか沈むかを予測してみたり、なぜそうなるのか考えてみる。(ちなみにまつぼっくりは水に濡れるとだんだん閉じるのでそれも観察してみよう)

 

Q: What’s the difference between a toaster and a Roomba?

A: Toasters burn your bread, but you have to burn a lot of bread to buy a Roomba! HEY-O!

(If you didn’t understand that joke, “to burn a lot of bread” means to spend a lot of money.)

Q. トースターとルンバロボットのちがいは?

A. トースターはパンを焼く。ルンバを買うにはたくさんパンを焼かないといけないよ!ひゃっほー!

(解説:英語の「たくさんパンを焼く: to burn a lot of bread」はお金がたくさんかかるという意味)

ロボットと機械のちがいとして、本書は「機械は同じタスクを延々繰返すだけのもの、ロボットはまわりの状況を察知して動作を変えることができるもの」としている。このように考えるなら、ロボットにとり最も重要なのは、温度・圧力・明るさ・ものの形状などを感知し、電気信号として出力できるセンサーである(たいていは人間の五感を模している)。

本書はこのシリーズの中では比較的難しいほうだと思う。乾電池と豆電球を組み立てた直流回路、交流回路、ネオジム磁石と銅線を使った単極電動機 (homopolar motor) など、まあ積木の電気部品バージョンだと思えばそれまでだけど、子どもだけでチャレンジするよりも親子でいろいろ試すのに向いている。

<英語読書チャレンジ 46-48 / 365> Awesome Experiments for Kids シリーズ(1)

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。

今回読んだのは子ども向け実験シリーズ。身近なものを利用して楽しみながらSTEAM (Science, Technology, Engineering, Art and Mathmatics) の基礎知識を学ぶことができるという、日本でいえばNHK教育でやりそうなわくわく科学実験である。英語表現はやさしく、イラストや写真がふんだんにあるので理解しやすい。小学生以下のお子さんがいるなら、夏休みの自由研究や図工制作にもってこい。

シリーズは全部で11冊出ている。まずはそのうち3冊を紹介。残りもおいおい追加する。

子どもがレゴやプラレールを組み立てるのに夢中になり、工事現場や大型特殊機械に興味を持つのは世界中どこでも同じだけれど、こういう小学生向け理科実験シリーズでConstruction = 建設がとりあげられることは日本ではあまりないように思う。アメリカならではの社会的背景があるのかもしれない。とはいえこの本でとりあげられているのはいわゆるブルドーザーや掘削機やダンプだけではなく、土木や建設に関連する地質、構造、運輸、水資源、環境などの分野にわたる。

著者はトリニダード・トバゴ出身の移民であり、現在はProfessional Engineer (日本の技術士資格にあたる) 資格保持者として働いているという。エンジニアとしての専門知識に裏付けされた建設実験はどれも面白い。

たとえばこんなことをやってみようーー
❶ 2Lペットボトルの上、中間、下にそれぞれ小さな穴を開ける。水を注ぎ、下になるほど飛距離が遠くなることを観察する。もちろんこれは水深が深ければ水圧が高くなることの実験で、ダムなどの建設で考慮しなければならないことだ。
❷ 太いストローに等間隔で菱形の小さな穴を開け、すべての穴を塞ぐようにコーヒーフィルターを巻く。靴箱の中に入れた土に傾斜を入れて埋める。両端が靴箱から突き出すようにあらかじめ穴を開けよう。水を注ぎ、ストローの先端から水が流れ出る様子を観察してみよう。これは工事現場でよく使われる仮設排水管の仕組みを利用したものである。

レオナルド・ダ・ヴィンチが考案したという組み立て式の橋を、18本のバーアイスの棒でつくってみよう。接着剤も釘もいらないミニチュアの木橋ができるのを楽しもう。

 

電気 (electricity) や電磁気学 (electronics) はSTEAMの中でも重要な役割を果たすけれど、この本では理論説明は必要最低限にして、身近な食品を電池代わりにする、回路部品板 (Breadboard) にさまざまな電気部品を取りつけることで、特定の機能を果たす電気回路をいろいろつくる、など、実験に主眼をおいている。ようするに電気やら配線やらは自分でいじるのが一番上達する。

たとえばこんなことをやってみようーー
❶ 表紙にあるようにジャガイモに釘とコインを打ち込み、LEDにつないで点灯してみる。

❷ 銅リボンと色とりどりのLEDを厚紙に貼り付けて直列回路や並列回路をつくり、ホリデイのライトアップのように点灯してみる。

❸ 回路部品板にさまざまな電気部品をとりつけて簡単な電子回路をつくる。呼び出しブザー、スイッチで点灯できるライトなど。

 

STEAM (Science, Technology, Engineering, Art and Math) になぜArt(日本語ではふつう「芸術」と訳されると思う)が入る?他4つはバリバリ理系なのに?との疑問をを抱くのは私だけではないと思う。この本はその疑問に明快に答えている。Artとは、ものの見方や考え方であり、これまでにない観点や創造性のことである。Artを見るには美術館に行けばよいと考えるかもしれないが、Artの可能性は芸術作品にとどまるものではない。あたらしいものの考え方はどんな分野でも必要不可欠である。作品を完成させるための手順も同じーーask (問う)、imagine (想像する)、plan (計画する)、create (創作する)、そしてimprove (改善する)、これで全部。できたものが気に入らなければ、そばのごみ箱に捨ててやり直せばよい。

たとえばこんなことをやってみようーー

❶ 色紙を短冊状に切り、さまざまに折りたたんだり糊付けしたりして建物や木やその他の形をつくる。ボール紙に貼り付けて家のまわりの地図をつくってみよう。実際の地図はどのようにつくられるだろう?都市計画は?

❷ 硬紙を円状に切り、2色以上の色を塗り、中心に爪楊枝を刺してコマをつくる。コマを回転させてどのような混合色があらわれるかを見てみよう。
❸ 雑誌のイラストの切り抜きやコピーなどを画用紙に貼りつけ、組み合わせて、自分が表現したいもののモンタージュを作成してみよう。

<英語読書チャレンジ 45 / 365> D. Simmons “Hyperion”(邦題《ハイペリオン》)

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低100頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。

本書は超有名古典SFにして「徹夜本」といわれる傑作。英語版で少しずつ読み進めた。

星間旅行と超光速通信が実現され、銀河系にちらばるさまざまな惑星に人間が入植したはるか未来のお話(地球はなんらかの原因ですでに消滅していることがほのめかされている)。ある無人惑星で領事としておだやかな日々を過ごしていた男(名前は明かされない)が、上司命令で〈ハイペリオン〉という辺境の惑星に向かうことになる。目的は〈時間の墓場〉と呼ばれる場所の謎を解くこと。

領事は気が向かないながらも、〈シュライク〉と呼ばれる「物理法則を無視した」怪物(シュライク=百舌鳥という名前で、そいつが犠牲者になにをするのかがほのめかされている)が〈時間の墓場〉のまわりをうろつき、シュライクを荒ぶる神としてあがめるシュライク教団なる邪教集団が根付くハイペリオンを目指す。名目はシュライク教団に選ばれた巡礼者の一人である。同じ名目で宇宙船に同乗するのは領事を含む8人の男女(うち一人はまだ産まれてまもない赤ちゃん)。旅の途中、7人はそれぞれ、なぜ自分が巡礼者に選ばれたのかを語り始める。それはそのままそれぞれの半生記でもあったーー。


最初のホイト神父が語るオチでぎぃやああ!!以外の感想が浮かばないくらい衝撃を受けたが(マジで地獄第七層にたたきこまなくても……。「聖十字架に呪いあれ!その願望に災いあれ!」と叫びたくなる)、これはまだ1人目。詩人がハイペリオンでビリー悲嘆王と呼ばれる統治者の時代のできごとを詠み、学者が娘(巡礼の旅に連れてきた赤ちゃんである)にふりかかった過酷な運命を明らかにする。それぞれが紡ぐ想像を絶するものがたりの中で、〈時間の墓場〉の秘密、シュライクが「物理法則を無視した」怪物と呼ばれる理由がしだいに明かされる。伏線が張り巡らされ、謎が謎を呼び、やがて遭遇するであろうシュライクと〈時間の墓場〉が巡礼者たちに牙を剥く瞬間がすぐそこまで迫るーー。

 

ハイペリオン」「ハイペリオンの没落」「エンディミオン」はそれぞれイギリスの詩人キーツの作品名をなぞらえている。ハイペリオン (Hyperion) は英語読みで、ギリシャ語風にいえばヒュペリーオーンギリシャ神話にでてくるウラノスとガイアの息子の一人(ウラノスはクロノスの父、最高神ゼウスの父の父にあたる)の名前で「高みを行く者」の意味。7人の巡礼がそれぞれ物語を聞かせる構成はいうまでもなくチョーサーの《カンタベリー物語》のオマージュ。このように小説自体にもその背景にも二重三重の味わいがある。シリーズ1作目ゆえ続きが待ちきれない。